#scene 01-35
軽々と壁を登って行ったクレハから遅れること数分、ナギも何とか窪地から這い出る。
「遅かったわね」
「お前、これ5メートル近くあるぞ。人間が軽々昇っていい高さじゃないだろ……」
「とにかく、間に合ってよかったわ」
「何が?」
そういうと、クレハがこちらに向かってくる数人の人影を指して言う。
「たぶん、軍の人たち」
「見つかったら怒られてたな」
「その程度で済むのかしら?」
向こうがこちらに気付いて手を振っているのでこちらも合図を返す。
基本的には見通しのいい荒野なので突然こちらの影が現れれば普通怪しまれるのだが、距離のせいか、それとも向こうが抜けているのか特に問題はなかった。
「探しましたよ。あのですね……式の件なんですが」
「何かあったのか?」
「えっと、大尉が本国に帰らなければいけなくなったとかで、ええ、我々にも理由は知らされてないのでお家の事か、それとも上層部からの指示だと思われます、それで……」
「ああ、中止な。わかった。今日中に撤退するのか?」
「はい、詳しいことは大尉から説明がありますので、一度、我々のキャンプまで来ていただければ」
「オーケー、すぐ行くよ」
「何があったのかしらね」
「真顔で言うな。笑いそうになるだろう」
「「「「?」」」」
「あ、いや、気にしないでくれ」
先行するヴォルフの部下たちの後に続いて、町に戻ったころには既に日は傾き始めていた。
そういえば昼食も抜きで薬草摘みに励んでいた。朝食がそれほど速くなかったのであまり空腹感は感じていなかったが、そう考えると急に空腹感に襲われた。
「大尉、お二人発見しましたよ」
「通してくれ」
「どこへ行っていたのだ?まさか、遺跡に降りたのではないだろうな?」
「ぎく」
いらぬことを言ったナギの頭をクレハがひっぱたく。
「気にしないで」
「?……ああ、それでだな。式の件なのだが……」
「それはいいんだけど、王国にどうごまかす気だ?」
「いや、それが、『いくつか手違いが起きたため、中止となった。本国で執り行うものとする』と伝えたら意外と通ってな」
「マジかよ、王国の担当者バカだな」
「そんな事よりも、ジェナとは仲が良かった方だ、こちらとしても悪くないと思っていたが、こんな形になってしまうとは……」
「おいおい、それをオレらに言われてもどうにもなんねーぞ。というか、国家の一大事そんな事って言ったな?」
「いや、君たちが止めてくれればだな」
「過ぎたことを後悔しても仕方ないだろう。というか今回のケースはお前さんは悪くないよ、うん」
「まあ、そういったことで、一度本国に帰らなくならなくなってだな。本当に申し訳ない」
「別に構わないけれど、そんなに急ぐことなの?」
「ああ、両親に報告したらすぐに相手を連れて帰ってこい、と言われてな。私が結婚できるかどうか不安だったらしい」
疲れた顔で組んだ手に額をつけるヴォルフ。
「ヴェッセリーまで帰るとなると、ほとんど端から端まで移動することになるのか」
「ああ、一度コルテスまでかえって有給を貰った後、オーシプの指揮官を更迭するための書類を持って……そうだな、カレヴィ自治州に入って船でネストリ湖を越えることになるだろう」
「プライステッドからジークリート川を北上するルートが出てなかったか?それの方が速いんじゃないのか?」
「いや、どのみち帝都に寄らなければならないからあまり変わらないだろう。帝都から“鉄道”を使えばグルントまでは数時間で行ける」
「なるほど……鉄道なんてあるのか!?」
「ああ、試験的なものらしいから、基本的には軍の運搬用にしか使われていないし、区間も帝都と北端のペルシュの街を繋いでいるだけだ」
「さすが帝国……2年経って一番の情報だわ」
「君はどういうルートで帝国に向かう気だ?」
「そうだな……オレは王国と法国を抜ける気だけど、クレハは?」
「一旦、ブロッキによってキーリーに会った後、どうしようかしら……船を使ってもいいけど」
「公国には寄らなくていいのか?」
「副都バヘッジに義兄がいるからそこにだけ顔を出すつもり」
「だそうだ」
ナギが視線をヴォルフに戻す。
「君たち新婚なのに別々に旅をするのか?」
「まあ、別々に行かないと効率悪いし」
「貴方が、王国に行くのをやめたらいいんじゃないかとも思うのだけど?」
「今、荒れてるから色々いい人材を引き抜くなら今だろ?」
「……ギルドの事とか考えてたのね」
クレハが驚いた顔をする。
「どっちかというと、こんな辺境でお前みたいないい女捕まえられた方がびっくりだよ」
「神に感謝するといいわ。旅の事を考える度に思うのだけど、少し交通手段が発達していればね……」
「馬車の乗り心地最悪だしな。自動車は高いし」
「創れないの?」
「たぶん創れるけど……時間も金もかかるぞ。それより、いつ撤退するんだ?」
「明日には」
「そうか、じゃあオレたちも明日出るか」
「そうね。とりあえず、“青の翼”に報酬貰いに行きましょうか」
「あー、忘れてた。そうだな。そうしよう」
「参考までに聞かせてほしいのだが、どれぐらい吹っ掛けたのだ?」
ナギが記憶を頼りに計算した後、答える。
「455万Eだな」
「オーシプ支部潰れるんじゃないか?」
「だが、“開拓の障害となるモノを排除する”のが冒険者ギルドとやらの本来の役割だろう?」
「まあ、そうだが。そこのところが傭兵たちとは違うところだが、最近定義が曖昧になっている。話は異常だ。すまないな、長々と余計な話もしてしまった」
「いや、気にするな。じゃあ、オレたちは」
ナギが軽く右手を振ると、テントの外に出る。
「さて、資金回収にいくかね」
「今、悪役みたいな顔してるわよ?」
「マジで?」
混乱、緊張、そういったものがいくらか和らいでいる街をあるく。
恐らく、帝国軍が撤退すればこの街も元に戻るだろう。
“青の翼”の前には“駆け馬”の連中が集まり、次の目標について会議している。
先の戦闘でかなりの額のマイナス(主に治療費)が出たため、動ける奴らだけでも仕事を続けているようだ。
「ジーナ」
ドアを開いて開口一番、担当者の名前を呼ぶ。
その相手はというと、ナギの声にビクッと体を震わせた後、ゆっくりとこちらを向いた。
「報酬受け取りに来た」
「え゛、ちょ、ちょっと待ってくださいね?」
駆け足で奥へと入る。
直後、言い争う声が聞こた後、数発の打撃音が響き、ジーナが戻ってくる。
「255万Eです」
「残り200万は?」
「支部長曰く、金庫にある全額らしいです」
「そうか、じゃあ今すぐ“剣と車輪”で借りてくるか、ギルド口座から下ろしてこいと伝えてくれ」
「りょ、了解です」
ジーナが顔を引き攣らせながら奥へと入る。
「えぐいことするわね」
「お前ならどうした?」
「支部長とやらの首に剣を当てて同じこと言ったわね」
「オレよりひでぇ」
ナギが、硬貨を数えながら収納していく。
「聖貨2枚に、金貨が38枚だな」
「17枚足りないわね」
「潰すか、この支部」
ナギの低い声での呟きに、受付に立つ女性職員の顔色が悪くなる。
「ナギさん、ちょっと待っててくださいね、今、取りに行かせてますから」
「ああ、それとあと17万な。足りなかったぞ」
「ええ!?また、支部長、はぁ!!」
ジーナが叫びながら奥へと引っ込む。
今度は数秒で戻ってきた。
「すみません、とりあえず支部長の個人金庫から出してきました」
「おう、それで……」
入口の扉が開き、支部長が聖貨の入った袋を持ってくる。
「遅いですよ!それでは、ナギさんにこれを」
やけにたくさん硬貨の入っている袋を受け取り、中を確認すると、どう考えても額は足りず。
「50万たりねーぞ」
「だんだん借金取立てみたいになってきてるけど大丈夫かしら?」
「みたい、じゃなくて実際取り立ててるしな」
「支部長、諦めて借りてきてください」
既に灰になっている支部長に向けてジーナが残酷な命令を出す。
ふらふらと扉を出ていく背中を見送る。
「ナギさんのせいでギルドから追い出されるかもしれません」
「うーん、確かにオレが悪いんだろうけど、結構自分で首絞めてるだろ」
「そうですかね?」
「……無自覚なの?」
その後、真っ白に燃え尽きた支部長から残りの報酬を受け取り、2人は宿へと戻ることにした。




