#scene 01-02
「よお、帰ったぜ、ジーナちゃん」
「いやー、さすがですねバルクさん。“駆け馬”から声を掛けられるだけありますねぇ」
「今日はブラッドウルフ3体も仕留めましたからね」
明らかに頭の悪そうな冒険者が取り巻きを連れて帰ってきた。
ちなみに“駆け馬”とはこのガルニカに拠点を置く冒険者ギルドの一つで、誠実に力だけを追い求める、ナギに言わせれば脳筋集団である。
ギルドマスターはLv.7の斧術士らしい。
職業レベルは唯一強さの指標を示すもので、Lv.7ともなれば大陸でも指折りの実力者となり、街1つ程度なら壊滅させられるなどという物騒な話もある。
それほど大きなギルドではないが、このギルドマスターのおかげでこの“駆け馬”は大陸中にそれなりに名を知られるギルドとなっている。オーシプ自治州からの指名依頼も多く、結構儲かっているらしい。
「よし、買い取り金額は一枚6000Eだったか?」
「はい、それでは査定しますので現物をお願いします」
ジーナがそういうと、取り巻きの1人が担いでいた袋から血の滴る毛皮を取り出した。
どれも驚くほど処理が雑で、まだ肉がついている部分もある。
確かにブラッドウルフという赤い毛皮を持つ狼だが、こんなに汚してしまってはダメだろう。そもそも、剣でつけられた傷や魔法で焼かれたと思われる跡が多く存在している。
「……申し訳ありませんが、これには1Eの価値もございません」
「おいおい、そんなわけないだろ?ちゃんとブラッドウルフの毛皮だぜ?」
「ジーナちゃん冗談きついぜ?」
ブラッドウルフという魔物はただ狩る分にはさほど難しい相手ではない。
実際、このガルニカ周辺では最も弱い魔物だ。
ただし、毛皮を取るとなると話は変わってくる。毛皮はそれなりに頑丈であるが、仕留めるための攻撃を受けるとさすがに傷つく。そして今回の場合は王国が相手という事もあり、適切な処理を行わないと買い取ってもらう事はできない。許される損傷具合は端に少し傷があるといった程度までだ。
つまり、毛皮を集めるにはブラッドウルフを一撃で仕留めるだけの技能と、適切に解体する知識が必要となってくる。
どうやら、彼らにはどちらもなかったようだが。
「この損傷具合ですと最下級品として卸すこともできませんので我々“青い翼”では買い取ることができません」
「おい、そんなこと言ったってよ。傷つけずに狩れって言うのも無理な話だぜ?」
「一撃でブラッドウルフも仕留められないようではこのガルニカは危険ですので、狩りをするのはあきらめた方がよろしいかと……」
ジーナがきっぱりと言い切ると、バルクとかいう男は顔を真っ赤にして怒り出した。
「ふざけるな!こっちは依頼通りの品を持ってきてるんだぞ!」
ジーナに掴み掛ろうとするバルクだったが、その両脇にいる取り巻き二人によって抑えられる。
「バルクさん!ギルド内での暴力行為は一発アウトですよ!」
「そうです!“剣と車輪”から弾かれたらまともに働けなくなります!」
取り巻き立ちにたしなめられ、いったん落ち着くバルク。
「ちっ……それじゃあ、討伐の報酬だけもらうぞ」
「ブラッドウルフは討伐のクエストを出しておりませんので報酬はありません」
「クソっ!このアマっ!」
「バルクさん!」
わざと挑発するようにジーナが言うと再びバルクが怒りジーナに掴み掛る。
しかし、胸元を掴まれたジーナはひるむことなく続ける。
「その程度の腕で思い上がっているようでは、この町では長くもちませんよ?」
完全にブチ切れたバルクがジーナを殴りつけようと右手を振り上げ、そしてそのまま全身を脱力させ床に沈んだ。
「まったく、ジーナさんも煽りすぎだから……お前ら、早くソイツ連れていけよ。そんでガルニカはマジで実力不足だからやめとけ。その男は張り合えるだろうけど、お前ら二人のうちどっちかは死ぬぞ、たぶん」
「……え?は、はい!」
「失礼します!」
2人でバルドを抱えて慌ててギルドを出ていく。
「すいません、ナギさん」
「警告の為なんだろうけどさ、フリー冒険者なんて半分ごろつきみたいなもんなんだからああいう言い方はやめた方がいいんじゃない?」
「この仕事やって、1年になりますけど。優しく注意して死んだ冒険者が何人いると思いますか?殴られるぐらいは覚悟しています」
「まったく、女の子なんだからもう少し気を使おうぜ……」
そういうと、ナギは手に持っていた布きれを灰皿に入れ燃やし、処分した。
「そういえば何をしたんですか?」
「ああ、超即効性の睡眠薬を使った。10分ぐらいで目を醒ましてしまうっていうのが使いどころの難しいとこだが」
「そうなんですか……本当に錬金術師なんですね」
「あれ?信じてなかったの?」
落胆するナギをジーナが慰めていると豪快に扉が開いた。
一人の男を筆頭に十数人の冒険者が中に入ってくる。
「“駆け馬”、依頼の品を届けに来た。ブラッドウルフの毛皮45枚だ。確認よろしく頼む。2級品は職人ギルドに卸す手はずになっているから戻してくれ」
「了解しました。しかし、数が多いですね……他の職員が食事から戻るまで私一人なもので、時間かかりますけどいいですか?」
「そうか……お前ら、邪魔になるから先に帰って武器の手入れをしておけ。余裕があれば俺の分も頼む。俺は報酬を受け取ってから戻る」
「了解です。ベアルさん」
背に担いでいたハルバートを仲間に渡し、仲間がぞろぞろと帰っていくのを見送る。
この男こそが“駆け馬”のギルドマスター。部下からは慕われ、本人も実力があり、経験も積んでいる。まさしく、力を持つにふさわしい男だ。
「良ければオレも手伝おうか?」
「え?ナギさんわかるんですか?」
「……これでも錬金術師なのだけど」
「誰かと思えば、今朝の薬屋か」
「はは、毎度どうも」
「いや、こちらから礼を言わせてくれ。新人が一人死にかけたところお前の所で買ったポーションのおかげで何とかなった。Lv.5のポーションとなると並の錬金術師では作れないだろう。さすがの効果だった」
「Lv.5のポーションですか!?それって底値で10万Eはするんじゃ……」
「いや、この男から8万Eで買ったぞ。疑い半分だったが、本物だったようだな。贔屓にさせてもらう」
「……つくづく信頼されてねーな、オレ。あ、こっちの10枚終わったぞ。全部1級だ。綺麗に処理がされてある」
「は、はやいですね……」
ナギから受け取った毛皮をカウンターの端におきながらジーナが言う。
「ところで、薬屋。どこまでのレベルのポーションを用意できる?」
「そうだな……こないだの熊の肝はあるが、それ以外の素材があまりないから……Lv.6が限界だな。すまん」
「そうか、言い値で買うが、いくつ用意できる?今回のような事態のために少し備えておきたい」
「そうだなぁ……王国とかで売ると400万とかでも売れそうだが」
「そうですね、そのクラスのポーションになると大病を治すのにも使えますから」
「そうなのか……病気など久しくしたことがないからわからん」
本気で驚いているように見えるベアルに2人で呆れながら、ナギは頭の中で計算を進める。
「3本で70万E、Lv.2ポーションも10本つけよう。どうだ?」
「む……俺は構わないが、一度ギルドで相談させてくれ。明日もここにいるか?」
「ああ、ジーナさんと喋ってる」
「あの、こちらも仕事があるんですが……」
「そうなの?あ、もう十枚終わったよ」
ナギの働きによって半分の毛皮が片付いた。商談を進めている間にジーナも査定を続けていたのでほとんどが片付いている。
「Lv.2はいくつか作り置きがあるからすぐに用意できる。Lv.6も念のため明日までに用意しておく」
「すまない、任せた」
「終わりました!2枚はじいて43枚納品させていただきますね」
そういうとまず少し傷のある毛皮2枚をベアルに返す。
「10枚ごとに5000Eのボーナスが出ますので、36万4000Eになります。お確かめください」
カウンターの下から硬貨をじゃらじゃらと取出し、カウンターの上に積み上げる。
「ジーナさん、銀貨一枚足りない」
「え!?……………ほんとだ、ってなんでベアルさんより先に数え終ってるんですか?」
「金には汚いもんで」
ベアルがポケットから取り出した袋に硬貨を詰めていると、続々と冒険者たちが戻ってきた。
「ベアルの旦那、ずいぶん稼いでるな!」
「おっし、オレ達も続くぜ」
「え、すいません皆さん、ちょっと待ってください、もうそろそろ……あ、帰ってきた」
昼の休憩から戻った職員たちがカウンターに入り査定を行い始める。
それと同時にジーナはカウンターを抜ける。
「お疲れ、ジーナさん」
「ありがとうございます。あ、手伝っていただいたお礼を」
「それなら、オレのギルド入らない?」
「……え、諦めてなかったんですか、それ」
報酬を受け取った冒険者たちが、早速浪費すべく飲み屋に向かった行く中、入ってきた人物に視線が集中した。
黒。
今では差別が禁止されているため、気にするものも少なくなってきたが、未だに根強く残る“黒”の差別。
今は昔、今でも蔑称で魔人と呼ばれることの多い“ヴェルカ人”たちを排斥する運動を当時の教皇が始めたのが差別の始まりであった。
曰く、生まれながらにして黒き髪と紅き瞳を持つのは“魔”の者であり、反対する魔法属性である“聖”の象徴とする大地の神“アデライダ”の敵であると。
当時は今よりも敬虔な信者が多かったためその教えは大陸全土に広がった。
そして、ギルドの扉を潜ったのはまさしく黒の髪を持つ女性。
全員の視線が集まる中、その女性はカウンターに並ぶ列の後ろへと向かう。
しかし、何を思ったのかナギの姿を認めるとまっすぐこちらへ向かって来た。