#scene 01-26
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翌朝、ジーナは警備隊との連絡を済ませ、ナギにそれを伝えるために虎の子亭を訪れていた。
「おはようございます」
「ああ、ジーナちゃんか。朝飯食うか?」
「……えっと、朝飯というのはその手に持っているものですか?」
店主が手に持っている皿に盛られた、形容しがたい色のマテリアルを指して言う。
「ああ、見た目はちょっと悪いが味はまあまあだ」
「ちょっと、ですか?……すいません、朝食は済ませてきたもので」
「そうか、残念だ。それで、なんの用だ?ナギか?」
「はい、いくつか伝えることがありまして」
「そうか、アイツならまだ寝てるぞ。昨日も遅くまで作業してたんじゃないか?」
「そうですか」
「急ぎなら起こしに行けよ。アイツほっといたら無限に寝続けるから」
「じゃあ、起こしてきます。えっと、鍵は」
「ああ、マスターキーもってけ」
「私が言うのもなんですけど、それ渡してしまっていいんですか?」
鍵を受け取ると、二階へ上がるジーナ。
どうやら、他の客は既に出たようで、二階は静まり返っている。
客が元から居ないだけかもしれないが。
「えっと……」
ジーナ・アルティエリは騎士位を持つ家の長女であり、それなりのお嬢様である。
男性の知人などは許嫁ぐらいしかいないのだが、その寝室に入るなんてことは今までで一度もなかった。
「緊張しますね。ナギさん、朝ですよ…………………?」
ジーナが目撃したのは、床に脱ぎ散らかされた服と下着、乱れたシーツ。
布団でギリギリ隠れてはいるがおそらく全裸のナギとその胸に縋るようにして寝息を立てているクレハの姿。
「ちょ、え。あの、えっと……」
一瞬で顔を赤くするジーナ。
「……ん」
「ひゃ!?」
クレハが立てた声に驚いて変な声が出た。
そしてそれに反応して、ナギが目を醒ます。
「あー……全然寝た気がしない……ん?ジーナ、どうした?」
「え、あの、えっと……とりあえず服を、着てください」
「……ああ、悪い。ちょっと外に出ててくれないか」
「へ?そ、そうですよね。失礼します!」
勢いよくジーナが扉を閉める。
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10分ほどしたのち、ナギとクレハが階下へと降りてくる。
ジーナは赤くなったまま隅のテーブルに座っていた。
「お前、何やったんだ?ジーナちゃんさっきから固まってるんだけど」
「いや、あそこまで初心だとは思わなかったけど……おっさん、ジーナに変なもん食わせてないよな?」
「大丈夫だ。それより新作なんだが」
「うお!?何だその色!?」
その光景を見ていたクレハが少し微笑むと、ジーナの方へ移動し、向かいに座る。
「それで、ナギに何か用なの?」
「ふぇ!?あ、はい。すみません」
「……なんで謝ってるの?」
「えっと、クレハさんはナギさんとどういうご関係に……?」
「一応、結婚の約束はしたけど。この後、統轄ギルドに届出をだしに行くつもりよ」
「ええ!?ずいぶん性急ですね」
「ナギが人に盗られる前に決めてしまいたいって言うから」
「……熱いですね」
「そう?」
「何を話してる?」
ナギがクレハの隣へと座る。
「へ!?あの、ご結婚おめでとうございます?」
「ありがとう。それで、仕事の話?」
「はい、警備隊に連絡したのですが、少々、というか国的には緊急事態なんですけど」
「まさか、帝国軍が動いたとか?」
「はい、そのまさかです」
「帝国としてはできるだけオーシプに介入して恩を売っておきたいところだものね」
「まあ、帝国側からすれば、メリザンド法国を挟む分、直接王国からの攻撃を受けることはないしな。それに国力も軍の規模も練度も圧倒的に帝国が上だ。王国と戦争になってもまあ勝てるだろう」
「はい、でもオーシプがどうなるか……」
「――そのあたりは考えとくけど、とりあえず連携を取れるかどうかだよな」
ナギが立ち上がる。
「帝国軍が着くまでにとりあえず私用を片付けておくか。とりあえず、こっちでも考えとくからジーナも戦闘の準備を頼む」
「あ、はい。それでは私は一度ギルドに戻りますね」
3人は立ち上がると、虎の子亭を出る。
ナギとクレハの目的地は統轄ギルド”剣と車輪”
扉を開けると頭を抱えて、書類を見つめる事務員が座っていた。
帝国軍の件で色々と問題があるのだろう。
「あー、えっと、大丈夫か?」
「!、すみません。ご用件は?」
「ギルドに一名登録、サブマスター権限を与えてくれ。それと、ギルド口座の開設とお金の移動。あとは婚姻届」
「はい、わかりました。それではギルドの方の登録と口座の作成をします。その間にこちらの書類をお願いします。それと、お二人のギルドカードをお願いします」
事務員にカードを渡したのち、受け取った白紙の婚姻届にためらいなくサインするナギ。
そして、それをクレハへと渡す。
「本当にいいの?」
「こっちの台詞だ。というかもう責任取るしかないだろ」
「そうだったわね。じゃあ、サインするわよ?」
クレハがサインをする。
魔法的効力を持つ紙でできているため、離婚の為には教会で解呪を行ってもらう必要がある恐ろしい契約書である。
そしてクレハがペンを置くと同時に、奥に戻っていた事務員が帰ってくる。
「よし、これでいいな」
「というか、妻の欄が平然と5つもあるのに驚いたわ」
「ああ、それオレも思った」
「こちらは貴族の方用の書類ですので。共和国では一夫一妻が当たり前ですから、私も最初は驚いたものです。ギルドの登録は終わってますのでカードの発行をお待ちください。銀行の方は只今問い合わせていますので、しばらくお待ちください。それでは、こちらは受理しますね。ナギ・C・シュヴラン様とクレハ・ヒューゲル様ですね……え?」
「どうかしたか?」
「いえ、あの、なんでもありません。それでは、少し確認をしてきますので」
いそいそと奥へと消えていく事務員。
このような辺境の街では統轄ギルドなどあまり使われることはないため基本的に人はいない。3つあるカウンターも機能しているのは一つだけである。
「結婚しちゃったな……」
「何?後悔?」
「いや、この生涯結婚なんてすることはないと思ってたんだが、こんなに早々に決まるとは」
「向こうだったらずいぶん早婚だものね」
「まあ、オレ好みの黒髪美女は現れないと思ってたんだけどなぁ……神様っているもんだな」
「そう。まあ、私は特に外見的特徴に好みはなかったのだけど」
「マジか」
「ちなみに貴方は別に普通だと思うわ」
「ありがと。傷ついた」
「お待たせしました!まずはカードですね」
いそいでやってきた事務員からクレハのカードを受け取る。
黒に金の三日月が刻印されているそれには、
「クレハ・ヒューゲル=シュヴラン……何だか違和感あるわね」
「ヒューゲル家の皆様に殺されないかな、オレ」
「安心して。その時は守ってあげるわ」
「うん、あんまり安心できないわ。いざとなったら見捨てそうだもん、お前」
「よくわかってるじゃない」
続いて説明を受ける。
「こちらの書類ですが、どこか希望があればそちらの国の役所までお届けしますがどうなさいますか?一応、2人目以降の奥様を迎えられるなどの際に必要となるのですが……」
「まあ、その予定があるかは微妙だけどとりあえず帝都ヴァルデマルに頼む」
「はい、了解しました。続いて、預金口座の件ですが――」
その後、事務員が凍りつくほどの額を動かしたのち、ナギとクレハはギルドを出た。
「さて、オレはこの後、風呂の辺りで錬金術で服を作るがどうする?」
「なんでそこまで行くの?」
「どうせ後で回復のために行くし」
「そう。じゃあ私は少し剣と機巧装置の調子を確かめてからそっちに行くわ。お風呂にも入りたいし」
「そんなに風呂好きだったのか?」
「嫌いではないけど……えっと、まだ中に入ってるような感じがして」
「――あの魔法は基本的に体表にしか効果ないのか……記録しておこう」
「しなくていい。やっぱり先にお風呂行こうかしら」
「じゃあ、ジーナにそれだけ伝えて向かうか」




