#scene 01-22
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――ああ、やらかした。
ナギは心の中で叫びながら、シャワーから冷水を浴びる。
先ほどの一瞬の間に体温は急上昇し、肩にはまだクレハの頭が乗っていた感覚が残っている。
我ながら早まった行為をしたものだ。
「はぁ……これはもう腹を括って結婚とか」
恋人、と言われるようなステップを飛ばしている気もするが、相手は一応伯爵家の令嬢。
ヒューゲルの家は政略結婚に踏み切るようなことはないと思われるが、恋人などという曖昧な繋がりでは、彼女を引き留めておくことは難しいだろう。
頭が冷えてきたので、シャワーを止め、湯船へと戻る。
今後の方針を考える。そうでもしないと煩悩が頭から離れそうにない。
――奴を倒す方法は。
心臓を破壊すれば回復力や抗魔能力が大幅に下がるのはわかった。
つまり、その直後に戦術級の魔法を叩き込み、頭でも落とせば削りきれるだろう。
回復力は異常な程に高い。そうなってくると、心臓の破壊から魔法までの間隔はなるべく少なくしたい。
――ジーナの協力が不可欠か……。
クレハだけでは隙を突くことができないだろう。自分は魔法の起動に集中しなければならない。となると遊撃を行う人間が必要となる。
ベアルクラスでも十分に役割を果たせると考えられるが、鈍重な斧術士にあの突発的な動きを繰り返す大猪の相手は辛いだろう。
いい具合に温まったので湯船を出る。
脱衣所の扉を開けると、服を着替えたクレハが横になっていた。
「速かったわね」
「ああ、とりあえずいろいろ整理してた」
腕輪から取り出した服を身につけながら、クレハとの会話を行う。
「ところで、さっきのは……」
「!!……お前、な」
何かを期待する眼でこちらを見るクレハに言葉を詰まらせるナギ。
そして、何とか言葉をひねりだす。
「――クレハは、許嫁とかいないのか?」
「一度、義父が連れてきたことがあったけど、斬り捨てたわ。伯爵家のお坊ちゃんでなんかイラついたから」
「お前、そんなことして大丈夫かよ……」
「大丈夫よ。義父も同じ気持ちだったみたいで、それの存在は闇に葬られたから」
「……貴族社会の闇を見たね」
「それで、私に許嫁がいたらどうなるのかしら?」
「いや、居たら居たでややこしいことになりそうだから、先に聞いておこうかな、と。でも話を聞く限り厄介な親父さんがいるみたいだしなぁ」
ナギが取り出した瓶ジュースを飲みながら考え込む。
「話を聞く限りだけど、それは遠回しのプロポーズと受け取ってもいいのかしら?」
「げほっ……お前、ストレートに言うなよ」
空き瓶を消滅させながらナギが咳き込む。
「まさか、出会って三日でプロポーズされるとは思わなかったけど」
「言っとくけど、先に言い出したのお前だからな?」
頭を抱えながらナギがそういうと、クレハの顔が少し赤くなる。
「ま、まあ、それはいいとして。恋人じゃダメなのかしら?」
「まあ、この世界では恋人なんて関係は弱いからなぁ……。貴族制が残っている以上、貴族の結婚はほとんど政略結婚みたいだし」
「お互い、一応貴族だものね……」
「それに、恋人になったとしてもしばらく離れるわけだ。その間に気が変わったり、他の男に口説かれたりするのは嫌だからな」
「貴方、思ったより独占欲強いのね」
「自分のモノ以外はどうでもいい。でも、自分のモノに勝手に触られるのは嫌だ」
「わがままね」
クレハがナギの手を取る。
ナギはその手を引き上げ、クレハを立たせる。
「明日までに決める」
「そうか」
「だから、今日は貴方のすべてを教えて」
「……喋れることは全部話したぞ?」
「じゃあ、“喋れないこと”もお願いね」
「おいおい」
脱衣所から、露天風呂の外に出る。
既に日は落ち、ガルニカの町の方では灯がともっているのが見える。
「とりあえず、宿に帰ろうか」
「そうね。で、ここどうするの?」
「そうだな……まあ、大丈夫だろ」
「どこから湧いてくるの?その自身」
「何が原因かはわからないけど、この露天風呂かなり魔力の密度が高くてな。たぶん、竜の封印が解けたせいで地脈の流れが少し変わってあの辺りで噴出してるんだと思うが」
「それがどう関係してるの?」
「たぶん魔力量の低い奴が近づいたら、気絶するんじゃないかな」
「私たちは大丈夫なの?」
「ああ、魔力がほぼカラの状態で入ったし、回復がかなり早くなるメリットがあると思うが、よっぽど長時間いない限りは意識を失うほど魔力が過充電されることはないはず」
「なるほど、だから調子が戻ってるのね」
クレハが手を握ったり開いたりして体の調子を確かめていると、町の方から人影がやってくるのが見えた。
「誰か来るな」
「ジーナだと思うけど」
クレハの読み通り、やってきたのはジーナ。
なぜか、半泣きの彼女がこちらの前まで走ってくると止まった。
「どうかしたか?」
「どうかしたか?じゃなくてですね!小一時間も帰ってこないんですか!?町までゆっくり歩いたとしても10分もかかりませんよね!?」
「ジーナがゆっくり帰って来いって言ったんだろー」
「そ、それはそうですけど……荒野で何をするっていうんですか」
「そりゃ、うん。アレだよ」
「アレ!?って何ですか!?」
「アレはアレだよ、うん」
「ふええええ!?」
何故か顔を真っ赤にするジーナと、ナギの背に隠れて爆笑するクレハ。
「ふふ、ジーナ。からかわれてるわよ?」
「え!?ええ!?」
「何もやましいことはないぞ、オレもクレハも血塗れだったから、ちょっと風呂に入ってた」
ナギが背後にある塀に囲まれた場所を指しながら言う。
「……あんなところにあんなものありましたっけ?」
「いや、創った」
「…………ナギさん」
最早言葉も出ずに、呆れるジーナ。
「で、なんだっけ?帰ればいいの?」
「はい、そろそろ門も閉じるそうです」
「いつも門閉めてたっけ」
「あんなものが近くで寝ている以上、冒険者たちをそう簡単に外に出すわけにはいかないです」
「あー、だよな」
ジーナを伴って、まっすぐ町へと向かう。
「それにしてもお風呂ですか。私も使っていいですかね?」
「ジーナなら大丈夫だと思う」
「そうね」
「……あの施設にいったい何があるんですか?」
「ちょっと地脈の流れの上に作ったから、エネルギーが溢れてると言うか」
「?」
「魔力量が少ない人は自然回復による過充電で昏倒するらしいわ」
「……え?それ大丈夫なんですか?」
「もし倒れる奴がいても、ほっとけば治るだろ。まあ、魔力量がC未満の奴はやめといたほうがいいかもしれない」
「そう、なんですか。とりあえず、その件もギルドに報告しておきますね……はぁ」
また厄介ごとが増えたなぁ、とつぶやきながらジーナがナギ達の後に続く。




