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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#01黒の剣姫編
22/131

#scene 01-21

                 ☽


クレハを降ろしたナギが杖で地面を突く。

それと同時に、光が広がり浴槽が出来上がった。

その後、洗い場を作り、適当に衝立を作り、ちょっとした脱衣所まで作り上げた。

ちなみにここまで30秒。


「それで、肝心のお湯は?」

「任せとけ」


機巧杖を起動させる。


「とりあえず、清潔(クリーン)


水属性の初歩ともいえる魔法。

戦闘を生業とする職業の者が、機巧装置を手に入れた際、必ず使えるようにするのはもはや常識と言っても良い。

さらに余裕が出てくれば、より上の水の魔宝石を買い、快癒(エイド)の魔法を使えるようにする。ちなみに、快癒の魔法は割と高位の魔法になるため、それなりの錬金術師でないと作れない純度の水の魔宝石が必要となる。


「それと……この辺でいいかな」


掘り下げた浴槽の壁に、触れながらナギが言う。

そして、魔宝石を黄色の物へと取り換えると。


「ええっと、たしか……温泉(スパ)、であってるな」


地属性を意味する刻印が展開され、壁に亀裂が走り、あいた穴から滾滾と湯が沸きだす。

その穴の形を整え、ナギが浴槽から出る。


「できたぞ」

「なんというか……能力の無駄遣いね」

「そういうなって、服は洗っておこうか?」

「ここまでボロになると処分しても構わないのだけど……」

「とりあえず、約束通り装備一式は作るが、急に何とかなるものでもないからとりあえず洗って、直しておくぞ」

「任せるわ」


ナギに体にも清潔の魔法を掛けてもらい血を掃った後、タオルを受け取り脱衣所へと入るクレハ。

そして、数分してタオルだけを巻いた状態で戻ってくる。


「……なんでいるの?」

「ああ、うん。ほかに出口作ってなくて。脱衣所に特攻するのはさすがにあれかと思って」

「そうね、来てたら三枚に下ろしてやったわ」


簡単に掛け湯をすると、湯船へと入る。


「――久しぶりね、お風呂」

「湯加減は?」

「問題ないわ。それより、服だけど……」

「渡してくれれば応急処置はするけど」

「――そういうと思って脱衣所においておいたわ」

「……ああ、うん。じゃあ行ってくる」


ナギが脱衣所へと消える。

下着も含めてすべて置いてきたのだが、今頃焦っているだろうか。

そんなことを考えながら、空を見上げるクレハ。

ずいぶんと彼に対して心を許している自分がいることに驚く。


「――同じ境遇だから?」


たぶん違う。

欲しいのは同情でもないし、この境遇を分かち合いたいとかそういうわけではない。


「――それとも、ナギが強いから?」


彼が本当に強いのかと言われると、頷けない。

彼自身の能力で得た者ではあるが、その力が純粋に彼のものであるのかと言われると納得できない。もっとも、彼自身もそれをわかっているようだが。


「――結局はそういう事よね」


湯を救い上げて、手からこぼしてみる。

自分と彼は何となく似ている。そんな気がした。

なにが似ているのかは今はわからないが、どこかで彼との共通点を見つけた、そんな気がした。


湯船から上がり、洗い場の椅子の上に座る。

いつの間にか設置されていたシャワーから湯を浴び、シャンプーを泡立てる。

柔らかな花のような香りのする泡で髪を洗いつつ、今後の事を考える。


彼に全てを奉げると、その言葉を撤回するつもりはない。

自分はナギの作った“三日月(クレセント)”というギルドに入る。

そして、彼が望むならば婚約も、

――でも、私にも依頼はあるし、彼にも予定はある。

――婚約したとしても、すぐに離れ離れになってしまう。

――そんなのは寂しい。


――寂しい!?


自分がそう思ったことに驚いた。

ナギとはまだ会って数日。だが、お互いの事情もあり、多くの事を語り合った。

たったそれだけの事で、そこまでの感情が芽生えるようなものなのだろうか。

この際、自分が心を許しているのは認める。

だがしかし、自分はこんなにも簡単に人を好きになれるような純粋な人間だっただろうか。


自分で考えついた“好き”という言葉に、顔が赤く染まるのがわかる。


「おーい、オレも入っていい?」

「――いい、けど」


――あれ!?


何故か口から出た許可の言葉に動揺する。

そして、向こうも予想外な事だったのか動揺してどこかに体をぶつける派手な音がした。


「痛っ……本気で言ってるのか?」

「ええ、もういいわ。好きにして」


一度言ってしまったことだしと、諦めをつけ、そう言い捨てると、ナギが恐る恐るといった感じで風呂場へと入ってきた。


「って、お前、隠さなくていいのか?」

「え!?きゃ!?」


そういえば、自分が洗い場で呆けていたことを忘れていた。

大急ぎで手持ちのタオルで隠す。

ナギは気まずそうにしながら湯に入っていき、こちらに背を向ける。


「――よく考えたら、もう慌てるほどでもないか……」

「どういう事だ?」


ナギからの疑問の声を無視して、体を手早く洗う。

そして、泡を流し終えると浴槽の中へと入る。

ナギの隣へ。


顔が上気しているのは湯の熱のせいか、それとも、


「貴方は――」


ナギがこちらへ視線を向ける。

クレハが疑問を投げかける。


「――私と似ているの?」

「……どういう事だ?」

「基本的に誰とでも仲良く会話をするし、時たま偽善とも思える行動をする。しかし、実際は自分の認めた人間にしか心を開かず、自分以下だとした人間は粗雑に扱うことが多い」

「――そうだな。まあ、そんな感じだ」

「一人は苦にならず、どちらかというと自分の空間を邪魔されることを極端に嫌い、ペースを乱されるものがあるならば、それが友人だとしても排除する超自己中心的人間」

「…………………………」

「と、これは私の話なんだけど」

「耳が痛い話だ」

「やっぱり、貴方は私と似ている」

「それがどうかした?」

「でも、私と貴方は根本的に違っていて、でも、大部分が似ているせいで一緒にいても苦にはならいない。だからこそ、」

「?」

「……惹かれるのかもしれない」

「!?」


ナギの肩にクレハの頭が乗る。


「……貴方は私を楽しませてくれるの?」

「ああ、そろそろ一人でいるのは飽きた頃だ」

「じゃあ、私は飽きるまで貴方の隣にいることにする」

「それならオレはお前が飽きないように頑張らないとな」

「そうね。頑張ってね」


クレハが、ナギの顔を覗き込んだと思うと唇を合わせる。

熱い、柔らかい感触。

二度目だ。

多分この人は、照れて自分ではこういうことはしない。

そう思っていたところ、唇を放した途端、再び合わさる。


「!?」

「――ここまでされたら、もう我慢はできない」

「ちょ、ちょっと、まって」

「どうした?」

「……のぼせ、る」


自分で考えていたせいもあるが、いろいろ限界に来ていたクレハが目を回す。何が起きたのか処理が追いつかず一瞬固まっていたナギは、タオルをかけたままのクレハを抱き上げ、脱衣所へ向かった。


「まったく、もっと早く言えよ」

「だって、あそこでキス返されると思ってなくて」

「はぁ……前途多難だわ」


脱衣所の中のベンチの上にクレハを寝かせる。


「なんか飲むか?」

「甘いのがいい」

「わかった」


腕輪から取り出したジュースの入った瓶を首筋に当てる。

よく冷えているため、クレハが奇妙な悲鳴を上げることになったが、彼なりの仕返しだろうか。


「服、置いといたから。落ち着いたら着ろ。オレはもう少し入ってる」


そういうとナギは頭を抑えながら脱衣所を出て行った。


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