#scene 01-17
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先ほどの一撃のせいか体がいう事を聞かずナギは困っていた。
あの激痛によって、本能的にクレハを恐れているようだ。
「これは、ドーピングがいるかな」
「指定数以上のポーションは使わないんじゃなかったの?」
クレハから大きく距離を取ったナギが取り出した赤い液体を見て、クレハが問いかける。
「ポーションじゃなくて、興奮剤?みたいなもんだから」
「へぇ、結構本気なのね」
「じゃないと死ぬからな」
加速→攻撃→回避。基本的にはこの繰り返しだ。
そこにクレハが放つ技を読み取り、あらかじめ防御策を取る。
こちらの攻撃は、技の練度が違うためあまりうまく決まらないが、それでもかすり傷程度のダメージは与えられていた。
「ん……?」
しかし、突然こちらの攻撃が一切通じなくなった。
これは、もしや
「超越奥義・剣盤指針だったか」
「もうバレたのね。でも、当たり前か」
こちらは解析――正式には天盤解読という魔法を常時使用でき、彼女の能力のコピーも得ている。
「貴方は使えないの?複製しているんでしょう?」
「残念ながら、複製しても超越奥義は固有らしくてな。使えないみたいだわ、今、知ったけど」
「良かったわね、実験ノートに記録しておきなさい」
「そうするよ」
剣盤指針――その能力は3秒先の未来を見るという無茶苦茶な能力。もはや剣術には何の関係もないように思えるが、剣による攻撃中のみ使用できるという合ってないような制約がある。
「攻撃、当たらないだろうなぁ」
「頑張ってね?」
このまま普通に戦えば、こちらの攻撃は当たらないだろう。
断言できる。
しかし、隙を作ればいい。一瞬でもクレハが能力を解けば隙はできる。
ギリギリでの回避は危険だ。たった3秒。されど3秒。
先ほどよりも大きく距離を取り、極力詰められないようにする。
「逃げてばかりじゃ、面白くないわよ?」
「オレは最高に楽しいぞ」
気分的には最悪だが、そう叫ぶことである程度クレハの調子を狂わせられればと思っての事だ。
そうこうしている間に、仕込みは完了した。
こちらから仕掛ける。
距離があるのでこの攻撃がクレハに着くのには3秒ほどかかるだろう。
そして、クレハはそれに対するための行動をとる。
もちろん、その動きによって3秒後の結果が大きく変わるのだ。
「!?」
つまり、自分の身に何が起こるのかも変わるわけで。
ナギの読み通り、攻撃をかわし、カウンターをかけるべくさらに加速したクレハは足元に仕掛けていた魔法を踏み抜いた。
「減速!?」
「五の型――遊星!」
「くっ……!」
剣でナギの攻撃を受けよろめく、それを好機と追撃を掛ける。
「そう簡単には、やられないわ」
無理やり体を加速で飛ばしたクレハは、空を切るナギの剣を確認すると、こちらへ向けて一気に加速し、攻撃を仕掛ける。
「七の型――流星」
ナギへとまっすぐ向かう剣。
対するナギは無防備な状態。クレハが勝利を悟るが、ナギの口から洩れた言葉を聞いて顔が凍りつく。
「八の型――銀月〈虹〉」
「!?」
攻撃は容易く受け流され、利き手に走る斬撃。
驚愕の表情でナギから距離を取る。
「まさか自分が使ってない技はオレが使えないとは思ってないだろうな?」
「……少し思っていたわ。しかも、いきなり応用してくるとはね」
「結構、幻属性と相性いいみたいだな。加速系じゃないし」
「そうみたいね」
さすがに利き手を潰されては戦いようがないため、クレハは2本目のポーションを飲む。
「しかし、そろそろ腕が疲れて来たな。重い」
「エクトル鋼じゃなかったの?」
「いや、機巧部がな……」
「情報化すればいいんじゃないかしら」
「――それだ」
一旦、魔宝石を取り出し、錬金術で機巧式を情報化し取り出す。
生み出された数式の渦をもう一度剣に焼き付ける。
「できた」
「思いつきで言ってみたら本当にできるとは……」
二三度素振りをする。
先ほどまでよりも全然楽だ。
鍔の無い太刀になってしまったため鍔迫り合いはできない。
そもそも鍔迫り合いなんかに勝ち目はないのでいいのだが。
刃の付け根に刻まれた刻印へ魔宝石を入れ、構える。
加速で距離を一気に詰める。
向こうは何故か攻撃をしてこないので、好機と見て踏み込むがすぐに失敗だったと悟る。
「こいつ、3秒先視えるんだった」
余裕の表情で躱され、カウンターを受けながらナギが吹き飛ぶ。
剣先は腹の皮膚を少し裂いただけだったが、この油断はもうできない。
「ちっ」
再び距離を取る、がそれも想定済みか、はたまた既にみられていたのか距離は詰められ追撃を受ける。
クレハの猛攻を防ぎきるという事わけにはいかず、いくらかダメージを受けながらだが急所を護って退路を探す。
その時、クレハに一瞬の隙ができた。
―――――――!
足場が軽く揺れる。
地震に数瞬気を取られたクレハの脚を掬い、逃げるナギ。
すぐに持ち直してそれを追うクレハ。
「地震か……この辺りは、火山地帯でもないし。まあこの世界がどういう仕組みなのかはわからんけど、あんまりいい気がしないな」
「封印されてた魔王でも目覚めたんじゃないかしら?」
「お前、フラグになりそうなことホイホイいうなよ。っていうか、これギブアップ有だっけ?」
「一の型――寒星〈空〉」
「八の型――って、うわ!?」
カウンターで返そうとするナギの生み出した幻像ごと斬り捨てる。
勿論、本体の方にもダメージは通り、土壇場で回避を誤ったせいでひどい傷になっている。
「おい、物理現象じゃない幻像斬れるってどういうことだよ」
「そういう技なの」
「……まあ、そう返されるんじゃないかと薄々感づいてたけど。それでも納得できねぇ」
唯一有効な対抗策に思えた八の型もあっという間に対策を取られ、もはやこちらには打つ手なし。痛みで動きが鈍い体を動かすために、二本目のポーションをあおり、今更ながら弱点を探るため、解析を掛ける。
魔力がかなり低下している。
やはり超越奥義、燃費は良くないようだ。
MPポーションと言われるような便利なアイテムはなく、魔力は自然回復を待つ以外に回復する手立てはない。
そして、確認のためにナギは無意味な攻撃に踏み切った。
発動する加速魔法は5回分。
体調的にはこれでもキツイが、このぐらいはしないと意味がない。
瞬間的に加速して、クレハへ飛び込む。
「二の型――花月」
理屈はわからないがこの技自体に加速効果があるらしい。
クレハにあたるまで0.8秒。
向かう先のクレハは既にカウンターあわせる準備をしている。
この攻撃は当たらない。
しかし、そんなことはわかっている。
クレハに最接近するタイミングで無理やり体を逸らし、受ける傷を最小限に。
背中をざっくりいかれたが、この程度なら問題ない。
それよりも収穫はあった。
自然回復を合わせても10分以内であと3回使わせれば、とりあえずクレハは剣盤指針を発動できなくなる。
そしてもう一つ。花月を用いて加速の限界まで行けば、視切り以外で躱すのは難しいようだ。
「ならば、繰り返すだけ」
「くっ……」
一瞬二人の間に静寂が流れたが、すぐにナギの加速術がその静けさを突き破った。
「二の型――花月」
「っ!……せいっ、やぁっ!」
カウンターは受ける、しかし、ダメージは最小限に。
「っ―――――――二の型、花月っ!」
距離を取らず、そのまま突貫。
「!?」
ナギの刃は狙いを逸れ、腹の右側を少し裂く程度にに終わった。
「先読み捨てて、自力で受け流したのか」
「――ええ、さすがに攻撃に回す分ぐらいは残しておかないとね」
傷口を抑えながら、距離を取ると構える。
この後の展開を見越してか、ナギは機巧刀の魔宝石を時へと変える。
「お互い限界でしょう?」
「ああ、なら」
「「次の一撃で、決める!」」
ほぼ同時に加速を始める。
クレハの方が速いが、刃の走る速度ならばナギも負けていない。
「二の型――」
「――花月」
「「〈刹〉!」」