#scene 01-14
☽
目ざめはあまりよくはなかった。
やはり自分の身体は戦闘という物とはあまり合ってないらしい。体の節々が痛い。
時魔法の加速術式というものを初めて使ったが、ここまで体に負担がかかるものだったのか。
それを涼しい顔で連発しているあの女は本当に人間なのかと、考えながら階段を下り、井戸で水を汲む。
大きな都市へ行けば上下水道が整っている場所もあるようだが、このガルニカの街は開拓の最前線で、そのようなものもあるはずはない。
水を満たした桶に顔を突っ込む。
「冷てぇ……」
おかげで目は覚めたが、既に夏は終わっており、この町でなければ日中でもそれなりに肌寒い季節。
そしてこの町であっても朝夕はそれなりに冷える。
少し後悔しながら行水を終わらせ、清潔な服に着替えたところで水を汲みに来た主人と出会う。
「寒くないのか」
「寒い」
「……昨日のシチューならあるぞ」
「んー……………もらうわ」
「えらく溜めたな……」
一度部屋に戻り、装備を整えてから味のないシチューとカッチカチのパンを難しい顔をしながら食べていると、二階からクレハが下りてくる。
「あら、おはよう。朝食?」
「ああ、虚無のシチューと(焦げて)黒いパンだ。どうだ?食欲そそられねーだろ?」
「ええ、まったく」
「お前さんたち喧嘩売ってんのか?」
「じゃあ、せめてパンだけでも焦がさないようにしろよ……。何年宿やってんだよ、おっさん」
「ぐぐぐ……」
「私は先に出るわね」
「おう、がんばってな」
クレハを見送りつつ、硬いパンを味のしないシチューで解しながら食べる。
「せめて味のあるもんが欲しかったな」
「茶、いるか?」
「んー……前に頼んだら七色の液体出てきたことあったじゃん?」
「アレは薬缶が壊れててだな」
「どんな薬缶使ってんだよ……」
残りを無理やり胃に詰め込んだナギは、食器をカウンターに置く。
「じゃあ、今日も行ってくるわ」
「そういえば、明々後日ぐらいで先払い分尽きるけど、どうするんだ?」
「あー……じゃあ、そろそろこの町出るかな」
「そうか」
まあ、それまでよろしく、というと宿を出る。今日は広場の方が騒がしいという事はなく、こちらに向く視線が一昨日までよりも多いという以外はハプニングはなく、まっすぐ“青い翼”へとたどり着いた。
「ども」
「あ、ナギさん。おはようございます・。今日は早いですね」
「ああ、そろそろ町出るから旅費も稼いどかないとな」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
クエストボードで目ぼしい依頼がないか確認するナギ。
「あれ?今日はギルド勧誘しないんですか?」
「え?ついに入ってくれる気になったの?」
「それはないですけど」
「ええー……もうギルドとか入ってくれなくてもいいから一緒に旅しよう」
「……その提案は思い切りすぎですね」
引き気味のジーナを見なかったことにして、ナギはギルドを出る。
背中にお気をつけてと声がかかった。
その声に手を上げて答えながら、門の外へ、今日は森の奥まで行く予定だ。
上手くいけば金貨10枚ほどの儲けが出るだろう。
ガルニカの門を出て、森の中へ。
植生としては熱帯に近いのかもしれないが、すぐそばに荒野があるため何とも言い難い。
そのあたりは“異世界”だからということで納得する。
この森の獣は肉食が多く、個々のレベルが高いためか餌を取るのが難しいらしく常に飢えている。
鎧を着こんで、殺意を出している戦士ならともかく、ナギのような反文福ニック気分で来ているようなお馬鹿は容赦なく餌として認識されるようで、
「えーっと、お前ら何だっけ。確かヘルタスクとかいう奴か」
大型の猪のような風貌だが、決定的に違うのは巨大な牙。
前方にいる物を刺し貫くまで止まらないという。
闘争心が高く、同種族でも平然と殺し合いを始める。
「なんでお前ら群れてんだよ……こっちみてんじゃねぇよ」
目を逸らさないようにしながら、武器を構える。
「とりあえず今日もこれだな」
真紅の魔宝石を籠手に入れる。
「とりあえず、一撃でも喰らったらやばいな……」
目の前にいる3体がそれぞれ地面を蹴りだした。
間もなく走り出すらしい。
「今のオレに、速度で勝てるかな、っと」
真っ直ぐ突っ込んできた一頭目をひらりと躱す。
簡単には勢いを殺せず、地面に蹄をくいこませながらしばらく進むヘルタスクを見送り、残りの二頭に向き直る。
「最大加速」
進行方向に展開した複数の時の魔法陣を、接触することによって砕きながら、その度に加速の力を得ていく。
「こっちだ、こっち」
足元の小枝を拾い、ぶつけて煽る。
所詮獣の知能、煽られたらそちらへまっすぐ突進する。
「読み通り」
10歩右へ。
ナギが持解いた場所に向かって走るヘルタスク。
その横腹目掛けて剣を振るう。
ピギイイイイイイイイ、と猪らしい悲鳴を上げて地に倒れる。
残り二匹が、この後どうすべきかを逡巡している間にナギは次の行動へ。
「七の型―流星」
勢いを殺さず、速度を剣に乗せたままヘルタスクの心臓目掛けて放つ突き。
硬い毛皮を貫き、一撃で絶命させる。
「さっすが、大陸最強の剣術」
血の臭いが蔓延しているせいか残り一頭は相当な興奮状態にある。
「よし、そのままこっちにこい」
手招きする。
意味は伝わっていないだろうが、向こうは既にこちらへ向かって、地を蹴っていた。
「悪いな」
一頭目と同じように横に逸れ、首をかき斬る。
「コイツらって、報酬いくらだったかな……」
手早く解体を済ませ、すべてを腕輪の中に放り込んだナギは続けて狩りをするかどうかを思案する。
もう少し狩りを続けてもいいが、この狂暴な猪一匹で金貨5枚ほどの報酬が出たような気がする。この森の獣系のモンスターの中では最強で、熊すら萎縮するという。
その時、
「―――!?」
背後からの殺気に振り向く。
剣を構え直し、眼を発動させる。
そして、木の陰でこちらを見る女を見つける。
「よ、よう、クレハ。何か用か?」
一番みられてはならない相手に見つかった。
「あら、もう戦闘は終わりかしら?」
「今日は帰ろうかな、と思ってたところだ。猪3匹とったし、十分だろう」
「貴方ヘルタスクを仕留められるほど強かったかしら」
「魔法使えば余裕だな」
「でも破壊系の魔法を使った痕跡はないのだけど?」
「……お前、どこから見てたか正直に言えや」
「二頭目を仕留めた辺りからかしら?」
ナギはため息を1つついてから返答する。
「で、何が望みだ?」
「死闘しましょうか」
「断ったら?」
「断れると思ってるの?」
睨み合う。
「わかったわかった。だが、場所を変えるぞ。そろそろ、他の魔物も集まってくる」
「ええ、それじゃあ移動しましょうか」
町の方へと移動し始めたクレハに続いてナギも歩きはじめる。
「あーあ、上手く行ってたんだけど、調子乗り過ぎたかな」
「何か言った?」
「なんでもない、それより、町でやる気か?」
「ダメなの?」
「面倒なことになりそうだからな……そうだな、遺跡でいいか。祭壇前に広場があった気がする」
「私はどこでも構わないけど、そんなところで戦ったら、罰でも当たるんじゃないかしら?」
「その時は、その時だ」