#scene 01-13
ベアルによって半ば引き摺られてきたのは“駆け馬”のギルドホーム。
町の北東に位置するかなり巨大な建物だ。聞いた話では訓練設備とかも中にあるらしい。
男しかいない空間の応接室に座らされ、出された茶を飲むナギ。
「なんで、連れてこられたの?」
「とりあえず、ポーションの件ですが」
喋りはじめたのはベアルの隣に座る魔術師の男。
確かこのギルドのナンバー2だったはずだが。
「もう少し安く「ならない」……そこをなんとか「ならない」……」
値切り交渉をするという覚悟は認めるが、相手が悪かった。
「はっきり言っておくが、買ってもらわなくてもオレは構わない。これから王国に行く予定だ、向こうで売れば1000万以上ふかっけても買う奴はいる」
「ぐっ……」
「もうひとつ言っておくが、高額を提示されていると思うならそれは間違いだ。オレはこれでも超良心的な値段を提示している。ちなみにLv.6ポーションの今の底値は25万E。三本で75万。それに10万E相当のLv.2ポーションをつけてやると言っている」
「……………」
「それじゃあ、オレは帰るから。交渉するなら相手を選べよ。オレみたいな守銭奴には値切りは無駄だと覚えときな」
立ち上がり、ドアの方へ向かう。
扉付近にいた、メンバーが立ちふさがったが、腕輪から取り出した機巧杖ので思いっきり鳩尾を突いてやると泡を吹いて倒れた。
「ま、待ってください。とりあえず、座ってくれませんか」
「……………しゃーないな。それじゃあ、ポーションを買うか、買わないかはっきりしてもらおう。客なら大目に見てやらんことはない」
「買います、ええ」
「それじゃあ、いくら払うのかいってみ?もちろん、当初の金額で買えると思ってないよな?」
「ぐ……わかりました。80万Eでお願いします」
「仕方ねーな」
積み上げられた80枚の金貨を確認し、それを片付けると。ポーションの瓶を13本並べた。
「見分けは色でつくよな?それじゃあ、オレはこれで」
「待ってくれ」
立ち上がろうとしたナギを止めたのは魔術師ではなくベアル。
「薬屋、お前並の術士ではないな?戦ってみてわかったが、あの女、相当の手練れだぞ」
「さあ、運が良かったんじゃない?」
「謙遜することはない。どうか一度だけでいい、手合わせ願えないだろうか」
そういえば、この男こそがこの街一の戦闘中毒者だったのを忘れていた。
「断る。生憎、オレにはアンタと戦う理由がない」
「報酬を出そう。金貨5枚。もちろんオレのポケットマネーだが」
「金を出すと言われてもな……そもそも、オレは戦闘系の職業じゃないんだが」
「だが、昨日遣り合っていただろう?」
「そうだが、アレはオレに利益のある試合だったから仕方なくだな」
「そこを何とか頼む」
「はぁ……、戦闘大好きな人間の考えてることはよくわからんわ。じゃあ、金貨5枚でいいよ。先払いで、結果に対する文句は受け付けないからな」
「了解した」
金貨を受け取ると、案内に従って半地下にある訓練場へと案内される。
「まったく、めんどくさいから1分で片付けるぞ」
籠手に時の魔宝石を入れる。
構えるの借りものの木剣。ただし、一時的に錬金術で強化してあるため、強度は鋼並。
対する相手も木剣で来るようだ。たしか彼の職業は斧術士だったと思うが、ハンデのつもりだろうか。
「別に斧使ってくれてもいいぞ」
「気にしないでくれ。これでも剣はそこそこ扱える」
いくら心得があると言っても、職業によってその効果は大きく差が出る。
「いやいや、どうぞ本気で来てくれよ。どうせ、オレはまともに扱える武器がないし」
「そうか、ならば」
そういうと部下から愛用のハルバートを受け取る。
「行くぞ、薬屋」
「ああ、うん。まあ、さくっと終わらせようか」
超重量の武器を構えている割には速い速度で迫ってくるベアル。
ナギは冷静に、時の魔法を展開し、瞬間的に加速。
ベアルの後ろに回り込むと、後頭部に強い一撃を叩き込んだ。
気絶し、地面に沈むベアルを確認した後、木刀の強化を解除し、呆然とする部下に投げ渡した。
「じゃあ、オレは帰るから」
斧術士の高速戦闘への適性はかなり低い。
錬金術師というのはそもそも近接戦闘を行うような職業ではないが、術式の展開速度は本職の魔術師並みである。
もっとも、自らの能力のみで発動させる魔法や術に限るので、機巧魔法へは適応されないのだが。
現在のナギであれば時魔法を用いて加速し、ベアルの隙をつくことは容易いことだった。
勝ちに執着がないにしても、負けるのは気持ちの良いことでもないので思わず瞬殺してしまったが、あとになって後悔している。
良く考えたら負けた方が万事うまく行ったのではないだろうか。
明日以降執拗に絡まれる未来が容易に想像できる。
色々と思案しながら道を歩いていると、いつの間に宿までたどり着く。
「おう、遅かったな」
「ちょっと商売しててな。なんか精神的にすごく疲れたから今日は寝るわ」
「そうか。湯はいらないのか?」
「そうだな……起きてから水でも浴びるとするか」
「裏の井戸の水を好きに使うといい」
「了解した」
二階への階段を昇り、自分の部屋へ入ろうとした瞬間背後から声がかかる。
「ちょっといいかしら?」
「誰かさんのせいで疲れてるんだけど」
「やっぱりね。それで、ギルドでた途端脳筋に連れて行かれたみたいだけど、どうなったの?」
そのまま躊躇うことなく部屋に入り込んできたクレハ。
「どうもなにも、ポーション値切ってきたから値段吊り上げてやって。適当にやって帰ってきただけだけど?」
「そう……それで、どうやってあの男に勝ったのかしら?ああいう直感で戦ってるタイプには幻魔法は効きにくいでしょう?」
「まあ、何とかなったよ」
コートを脱ぎ、壁のフックにかける。
100%クレハを信用しているわけではないのでベストは脱がない。
「というかさ、あんまり挑戦とか受けるなよ……数字が大きくなるにつれて、レベルが一つ違うだけで天と地ほどの差が出るのはわかってるんだろう?」
「売られた喧嘩は買う主義なのよ」
「買うのはいいけど、こっちに被害出さないでくれよ……」
「考えておくわ」
そういうと、クレハは部屋から出るべく戸を開けた。
「案外すぐあきらめたな」
「長居しても何にも喋る気なそうだから。それとも添い寝でもしてあげましょうか?」
「ああ、是非頼む」
「嘘よ。明日にでもまた話を聞かせてもらいに行くわ」
そういうと、クレハはドアを閉めた。
「さて、どこまでごまかせるかね……まあ、明日もいろいろ厄介そうだから早めに寝るか……」
ドアに鍵を掛け、さっと着替えるとベッドの上に倒れ込んだ。