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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
130/131

#scene04-24



結婚式の当日。町を挙げての大祝いムードの中、朝食に集ったオヤジたちは二日酔いでぐったりしているわけで。


「……想像以上に酷いね」

「だな――皆さん、酔い覚ましありますけどどうします?毒殺を恐れない方だけぐっといってください」


青い液体の入った小瓶をとりだしテーブルの上に並べるナギ。

なお、当の本人とルイテルは服用済みだ。


「いただきますね」

「申し訳ないが、私も戴きたい」


すぐに手に取ったのはシッファー伯とパウル子爵。

この二人はなんだかんだとナギたちと飲んでたりするので、この液体がいかに効くかは身をもって知っている。

そして、前皇ですら迷わず手を伸ばす。

気楽なもので、こちらに泊まっている間は酒も食事も大いに楽しんでおられるのだった。

勿論、息子共々酔いつぶれてこの青い液体のお世話になることもしばしば。

そしてもう一人の息子の方もよっぽど酷かったのか一息に煽った。


「……この効能、すばらしいな。食事会の翌日にこれがあればどれほど助かったか」

「まあ、私は3ダースほど常備していますが」

「おのれ宰相。なぜ分けない」

「この薬、食事前等に飲んでおけば毒も代謝してくれるという素晴らしいものでしてね。まあ、私などはしょっちゅう毒盛られるので必要不可欠でして」

「なおさら私にも必要だと思わんか?皇帝だぞ?」


工程と宰相のいつもの喧嘩が終わったのち、軽めの食事を済ませ、一同は教会へと向かうのだった。

このエストールという街を作った領主やそれを補助する公爵は少しおかしいところがあり、本来敵対している天神教会と地母神教会が同じ区画の、それも向かい合わせに建っている。その中央にある広場にはオベリスク的なものが建てられており、その周囲に特設ステージが用意されていた。



地母神教会側に用意された控室には、小心者のパウル子爵が固まるレベルの大物たちが集っている。


「存在が中央寄りのわたくしとしても、寄り子であるフェーレンシルト家の令嬢の結婚となれば参加するのが通りなのですが、ここまで大変なことになっているとは思わなかったですね」


そうこぼしたのは一晩止まったゲストたちよりも前に会場入りしていたフローエ候だ。

ナギ、ルイテル、アーリックは流石に自分の身支度の為不在だ。この場を取り仕切ることになっているディースブルク候それに答える。


「まあ、私としては東側の代表としてシッファー伯やオイレンブルグの奴とは頻繁に会っているで何とも言えないですが。個人的にはフローエ候はわかるとしてもドローレス候までいらっしゃるとは思わなかった」

「なに、隣の州の若者を一目見ようと来ただけだ。あとはそっちの宰相閣下が何を考えているのかを確認しにもな」


ははは、と気まずそうにシッファー伯が目を逸らす。

シッファー伯にとっては義父にあたるドローレス候だ。そしてそれは現皇帝の義父でもあるのでライズもそっと目を逸らしている。

其方には気にせずドローレス候は前皇に話しかけた。


「それで、前皇陛下はこの街に一月ほど滞在されていたと思いますが、どうでしたか?」

「新しい街だからというべきか、街並みや建造物がきれいなのは当然だな。区画の整理も上手くいっておる。元々小規模な漁村があったようだが、そちらのほうもきちんと取り込まれており、以前よりも漁業、農業ともに発達しているようだな」

「工業の方は?」

「レヴェリッジ社を技術者や機材ごとすべて王国から引き揚げさせたのがでかいな。鉱業の方はルーツ王国方面の伝手で結構な人数の技術者を連れてきている」

「なるほど、それであのような立派な天神教会も用意しているという事ですか」

「メリザンド方面からも商会を一つ丸ごと手中に入れて、教会からも聖女やら司教やらを回収している。アドリアからは優秀な教育者のみを雇用している。この時点でこの街からすると当面、警戒しないといけないのは西側の動きだけになる」

「確かに法国も王国もアドリアも今はもうまともに戦争できるような経済状態ではないですな」

「特に王国は内戦でボロボロなうえ、そこに介入して戦果を挙げたのがシュヴラン伯だ。女王が生きているうちは、まず喧嘩を売ってきたりはしないであろうよ」


そんな話をして盛り上がっているところに、待合室の扉が開く。

入ってきたのは鷲の紋章のマントを身に着けた初老の男性だ。


「お、お前、来て大丈夫なのか!?」

「いやいや、兄上よ。甥っ子の結婚式に来ることに何の問題があるというんだね?」


前皇を兄上と呼んだのは実弟のクロート公爵。副都シュトフェルを治める領主だ。

当然といえば当然だがルイテルとライズの叔父でもある。


「あと、ライズよ。私の娘が来たがっていたから連れてきたぞ」

「ええ!?」

「おい、あとでザイフェルトの奴が煩いぞそんなことをしたら」

「そう言う戯言はシュヴラン伯以上に私に稼がせてから言ってほしいものだ」

「ほう、やはり儲かっていますか、クロート公」

「む、エッゲルト公」


聞き耳を立てていたエッゲルト公も参戦し、中央~東側のチーム老獪がそろったところで、そっと距離を取るシッファー伯とフローエ候。


「宰相、実際のところ西側の情勢はどんな感じなのですか?」

「肝心の人たちがここにいないのでお話しますが、グリーベルとロータルはもう黒確定でいいと思いますね。ザイフェルト公はさすがにそこまで馬鹿じゃないと思っていますが、まだグレーです」

「バルテン公が皇家に敵対する道を選ぶとは考えにくいんですがね」

「ルイテル様のところに婚約者を斡旋してたのは主にバルテン公で、関係強化して皇帝に置こうとしてたのに、継承破棄して中央派閥の貴族の娘と婚約。で、今の陛下の方は前々から決まっていたクロート公とドローレス候のところの娘と結婚。一応、陛下の母親のクリスティアーネ様はバルテン公の直系ですが、クリスティアーネ様はご実家が全く好きじゃないので、中央とのつながりが絶望的という状況ですね」

「うーむ……うちとしても今回の件で滅茶苦茶に儲かってますので、皇家や東側の皆さんとの関係を壊すような気はないのですが、バルテン公と敵対するのは嫌ですねぇ……」

「まあ、バルテン公が進んで、というよりはギルベルド候に押し切られた雰囲気はありますがね。あとは西の端のお年寄りたち」

「ああ……そういう。まあロータル州は、ベーデガーだけ何とかすればどうとでもなるので大丈夫でしょう。ギルベルド候の首あげて降伏させればご老人たちも大人しくなるかと」

「そうれはそうなんですけど、内戦する前提で話するのやめましょう?」


中央議会でも滅多に集まらない面子がそろっただけに表向きはなせないような内容の会話が進んでいるところ、案内役の執事が現れ、準備が整ったことを告げた。


  ☽


特設会場には簡易――というには作りこまれ過ぎている日除けと椅子が並べられており、K金糸で縫われた無数の旗が風に揺れていた。

国旗で皇家の紋章である不死鳥をはじめに、クニス州、ヴェルテ州、ヘルツ州の旗も上がっている。ここまでは良かったのだが、トレンメル州、ペーニッツ州、エメリヒ州の旗がなぜか、掲揚されたとき、少し離れた一般市民用の観覧席がどよめいた。

州の旗は州を管理している家の紋章が入った旗だ。

不死鳥と共に鷲とウミネコの旗がある、ということは公爵が2人この場にいることになる。

帝国では皇家と血縁のある公爵家には「鳥」の紋章が許される。そんなものに加えて侯爵家の旗までたくさん上がっているという事は、それだけの支持を得ての結婚で、それだけの支持がある街でことを示している。

反対側に公国貴族やイネスとルーツの王家の旗が掲揚されているのはなるべく見ないようにしながら、市民たちは貴賓席の滅多にお目にすることのない貴族たちを見るべく視線を向けたのだった。


  ☽


手始めに皇帝陛下による街の完成祝いとシュヴラン伯への叙勲がある。

これは事前に発表されていたことだ。


「今回のエストール設置及び帝国鉄道の設置に対する褒賞として、ナギ・クレセント・シュヴランには碧玉勲章を授与するものとする。また、イネス王国での活動により、我が国へともたらした数々の利益に対し改めて蒼玉勲章を授与する」


宰相により、直々に勲章がナギに手渡され、それを受け取ったナギは深く頭を下げた。


「――また、この勲章と合わせて、シュヴラン辺境伯家を設置する。また、先送りにしていた、我が兄、ルイテル・リゼリア・ヴィーラントについて現時点をもって継承権を凍結しヴィーラント皇家から除籍、新たにフィニクス公爵家を設置するものとする」


まったく自分には関係のないという顔でナギの隣に立っていたルイテルが、予想もしていなかった事態に思わず吹き出す。


「このままなぁなぁにしとけるかなと思ったんだけどな」

「観念するがいい」


皇帝陛下から直々に正式な任命書類を受け取りながら苦笑いを浮かべるルイテル。

それを見てにやにや笑っている実父に軽くキレながらもルイテルはナギの隣に戻る。

ついでにまた爵位が上がったナギも困惑気味に書類を受け取った。

なお、ナギのこともルイテルのことも何やかんやよく知っている領民たちは大盛り上がりだった。

まさしく拍手喝采である。


その後は恙なく式典は進み、続けざまに結婚式――といっても、教会側による祝福を受ける儀礼的な意味合いの強い物――が始まった。

手始めにアーリックとパンドラが両教会からの祝福を受け、次にナギとたくさんの嫁たちの番だ。

もうすでに男泣きをしているアルティエリ子爵の方を見ると笑いそうになるためそっちを見ないように気を付けながら、壇上に上がる。

キーリーが気合を入れに入れて作った純白のドレスはクレハ、ジーナ、シャノン、アイヴィーそれぞれに異なったデザインとなっている。勿論、パンドラやペトラのドレスにてを抜いたわけではないが何よりも4人並んでもそれぞれが見劣りしないような細かな工夫が施されている。

そんな嫁たちに様子にナギが圧倒されている中、祝福の言葉が始まった。

主に教典から引用した夫婦となるものが誓うべき文言を聞き、宣言をした。


その瞬間。


ナギの心臓が大きく鼓動した。

そんな風に感じた。


「―――?」

「どうかしたの?ナギ」

「いや、なんか変な感じが……」


おもわず己のステータスを確認した。

呪いとか毒の類は確認できない。

魔力は―――なぜか上がっている。


「あれ?」

「ほんとにどうしたの?」

「いや、健康状況には問題ないんだけど……は?」


視るべきはステータスのもっと上だった。


「レベルが」

「え?レベルって」

「レベルが何かよくわからんことになってる」


その場にいた全員が思わず頭上にクエッションマークを浮かべたところでナギがギルドカードを取り出してレベルを表示させた状態でルイテルに投げた。


「は?なにこれ」

「オレにもわからん。でもまあ、大事はないし後でいいや」


ルイテル以外がとても気になるという顔をしたまま、大トリのルイテルの儀式に入り、そちらについては何事も起きることなく終了した。


 ☽


今回のゲストたちを引き連れて宴会場へと移動する。

乾杯の準備よりも皆、先ほどのことが気になっているようだった。


「それで、ナギ、さっきのなんだったの?」

「いや、これ見てみ」


ナギのカードには『錬金術師 Lv.★/操武具師 Lv.6』と表記されている。


「……突っ込みどころが多い」


そういいながらクレハはカードをシャノンにパスした。

シャノンも同じような顔でそれをジーナに投げた。

そんなことを言いつつも、何か思いついた顔で自分のカードを取り出したクレハは、一瞬固まった後、カードをナギに投げつけた。


「いてっ」


顔に張り付いたカードを確認するとクレハのカードには『剣術師 Lv.★/時魔導師 Lv.4』と表記されていた。


「神前で婚約の誓いをするとレベル上がるなんて聞いてないわよ!?」

「いや、オレに言われても……」


クレハがそういったのに反応して全員自分のレベルを確認すると、今日儀式をした者はレベルが上がっているのだった。


「いやあ、Lv.10の次でカンストになって2つ目のJobが入手できるんだね」

「人類でLv.10超えたのはお二人が初めてなのですけどね」


お互いLv.9に上がったルイテルとペトラが(というよりルイテルが一方的に)陽気にはなしている。一方教会組は初めての事例に困惑していた。

まあ、おそらくは双方の教典に対して宣誓をしたことが何か関係あるのだろうとは思っていた。なにせ、天神教会と地母神教会は基本的に交わることのなかったものだ。


そんなざわざわしている中、いつもの制服のナリスが入室し、ナギに耳打ちをする。


「はぁ……まじか」

「いかがします?」

「まあ、報告しないわけにはいかんよな」


ナギがルイテルとシッファー伯、ディースブルク候、パウル子爵を呼び寄せて、今、ナリスから聞いたことを伝えた。それと同時に、4人ともナギと同じような溜息をつく。


「まったく余計なことしかせんな……」

「というよりも、皇帝陛下がいる状態でそんなことをしでかすというのは明確な敵対行動になるのではないのでしょうか」

「そうなるでしょうね。もうこれを機に元からしっかり消し去ることにします。とりあえず、シュヴラン辺境伯とディースブルク候は私と一緒にお願いします」

「仕方がない」「承知しました」


ライズや他の公爵たちがいる場所へ赴くと、シッファー伯は前置きも何もなしに告げた。


「ダンツィの領主がエストールへ侵略的行動をとり、領軍によって即座に鎮圧された模様です。何を思っていたのか今回の来賓を含めてシュヴラン伯に味方する貴族は国賊として誅すると宣っていたそうです」

「ぶふっ?!」


予想外な事態にライズは思わず噴き出した。

そして、周りを見渡す。


まず自分と宰相、前皇、トレンメル州の州長である叔父のクロート公、実兄のフィニクス公。

ペーニッツ州の州長であるエッゲルト公にクニス州の州長であるディースブルク候。

もう数えるのも嫌になってきたところで、ヴェルテ州長のオイレンブルグ候。

エメリヒ州とヘルツ州のそれぞれ州長をやっているフローエ候とドローレス候。

正式な招待をもって参加していたが、周りがアレ過ぎてフェーレンシルト伯と隅の方で待機しているレンギン伯。あと帝国外の貴族たち多数。

何を期待してのセリフだったのかは知らないが、どんな後ろ盾があっても死ぬ未来しかない。


「シュヴラン辺境伯」

「はい」

「とりあえず後ろに誰がいるのかは」

「リッジ子爵だそうです」

「……私が帰るときに列車の貨物として積んで帰るからそれまで逃げないように拘留しておいてくれ。生きていれば状態は何でもいい。どうせ極刑以外はない。シッファー伯は帝都に帰り次第、ゲアラッハを没収する準備をしてからリッジ子爵を召喚してくれ。ディースブルク候はパウル子爵と協力してダンツィの管理を頼む。辺境伯はダンツィまで線路の延伸を頼む。兄上には建前上デュムラーあたりの領地を渡して実質上の管理はオイレンブルグ候に一任するとして「え?いまなんか妙なこと言わなかった?」ああ、そうだ。レンギン伯のところの次男が偶然ここに居たな」


次の領主が決まりかけたところで、話を切り上げ、各自が指示への承知を告げた後で、ルイテルが手を叩いて注目を集める。


「さて、いろいろ想定外の事態が起きたけど、とりあえず今日は式典に参加してくれてありがとう。エストールの領主補佐として礼をしたいと思う。ナギと相談していろいろな趣向を凝らしたご馳走を用意したのでどうぞ楽しんでいってほしい。もちろん、大陸中の銘酒もあるよ」


昨日よりも盛大に宴が始まるのだった。


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