#scene 01-12
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「やっぱり少し強度に問題があったか……」
壊れた機巧刀の事を考えながらナギは“青い翼”の前に勝手に設置した鍋で、料理を作る。
「直接ぶつけるのがメインの闘い方になると、やっぱり機巧装置の方に問題が出て来るみたいだが」
鍋の中の油がある程度熱されたのを確認すると、大きめにカットし薄く小麦粉をまぶした芋を放り込む。
「まあこれぐらいならすぐ直るだろうし、直したらもう一回テストに行くか……」
「……それで、貴方はどうしてギルドの前でポテトを揚げているのかしら?」
どこからかやってきたクレハが、ナギの前に立つ。
「おう、調子はどうよ?」
「悪くないわ。それよりも、私の質問に答えなさい」
「いや、混んでて査定に時間かかるって言われたから、暇つぶしに」
「暇つぶしで揚げ物始める人間はそうそういないわよ?」
クレハへと返答を返さず、鍋に集中するナギ。
しばらくして、ナギがカラッと揚がったフライドポテトを油を切るための網の上にあげる。
そして全部あげた後は鍋ごと錬金術で処分する。
「よし」
「よし、じゃなくて」
「気にするな。食うか?」
「もらうけど」
食うのかよ、といいながらも塩を振ったそれをギルド前のベンチの上に置く。
「やっぱり皮付きで揚げた方が美味い」
「そうね。これなんて言う芋?ジャガイモ?」
「子爵芋とかそんな感じだった気がする」
「男爵位こえちゃったのね……」
2人でしばらく周囲の視線を集めながらポテトを摘まんでいると、ギルドの扉が開き、ジーナが現れる。
「ナギさん、査定終わりましたよ」
「ああ、ありがと」
ジーナからカードと数枚の銀貨を受けとり、腕輪にしまう。
「……何やってるんですか?」
「ん?小腹がすいたもんで」
「ああ、なんだかいい匂いがしてたのはナギさんの仕業でしたか……おかげで昼食がまだの職員たちが発狂しそうなんですが」
「気にすんなよ」
「いや、私もその一人なんですけど……」
「だからこんなところで作るなって言ったじゃない」
そう言いながらも、ポテトを食べることをやめないクレハ。
最後の一個を口に含んだ瞬間、ジーナがあっ、と声を漏らした。
よほど腹が減っているのか。
「ああ、そうだ。これ渡しとかないとな」
注文の品をクレハに手渡すと撤退の準備を始める。
「ありがとう。それで、どこへ行こうとしてるのかしら?」
肩を掴まれる。
「おい、解放しろ」
「それよりも、さっき独り言で言ってた“機巧装置”について話が聞きたいのだけど?」
「なんで睨む……仕方ないな、ジーナさんちょっと中借りて良いか?」
「構いませんけど……ナギさん機巧装置の調整もできるんですか?」
「まあ、できるけど」
「それなら私のも見てもらえませんか?最近調子悪くてですね……」
「構わないけど、どうして受付嬢がそんな物騒なものを持っているのか。なあ、どう思う?」
「そうね、もしかしたら「あ、お金ですね!ちょっと待ってください!金貨10枚でどうでしょう。ええ!」……あなた、それでいいの?」
「というかその金受け取ったら完全にオレたち悪者だろうが……」
金を出そうとするジーナの手を止め、席に着かせる。
カウンターの方は依然として混雑しているが、テーブルの並ぶこのクエストボード前のスペースは人が少ない。
その一番奥に腰掛けるとジーナから機巧装置を受け取った。
「だいぶ古いな……それに王国製か。国の紋章が入ってるってことは……確か、騎士の称号貰った家に国から贈られる奴だな」
「ああ、また自ら個人情報を流出させてしまいました……」
落ち込むジーナ。
それを無言で見つめるクレハ。
「それで、彼女の情報はもうわかってるんでしょう?」
「ああ、うん。これが決め手になったな……魔力を伝える導線が弱まってるな。それと、この型だと古すぎて相当効率悪いぞ?」
装置を解体して中の線をいくつか取り替えていくナギ。
時折、錬金術を行使している光が見えるので、切れていてもそのまま使える線を、繋ぎ合わせたりもしているらしい。
「ジーナ・アルティエリ――イネス王国オーブリー市の出身で、父は騎士位を持つ武人。オーブリーを治めるアウレッタ子爵家の分家筋にあたる。で、なんで家出したのか知らないけどとりあえず家出して、メリザンド法国でしばらく冒険者として活動した後、“青い翼”の職員となってこの辺境で受付嬢をやってる、と」
「どうしてそれを……」
「ストーカーかしら?」
「ちげーよ。よし、直った。けど、早めに買い換えた方がいいぞ」
「ううう、判ってますけど………それで、私はその個人情報を流されないようにするのにいくら払えばいいのでしょう……」
「いや、別に金には困ってないんだけど。しいて言うならうちのギルドに入ってくれれば」
「もうその提案を飲むしかないのでしょうか……」
「脅迫?」
「……うん、違うとも言いにくい」
いくつかの工具を出したまま、故障した機巧刀を腕輪からだし、テーブルの上に置く。
故障した原因は衝撃による機巧部の故障。修理と補強をしなければ使い物にはならないだろう。
「最初から全部エクトル鋼で作ればよかったかな」
「さらっというけど、それをするのにいくらかかると思っているの?」
「さあ?イグナート山脈で結構とれるらしいぞ、最近は」
時々光を散らしながら修理を進めていくナギ。
「それで、これが件のものだけど。どうよ」
「この機巧がどんな働きをするのか聞いても?」
「魔剣みたいに属性かえるのを持たせるのと、あとは魔力の刃で斬れ味を良くするぐらいかな。自分でも大したことないと思ってるけど」
魔剣は鋼の段階で魔石塊の粉末を混ぜ込んで精錬していくらしく、限られた職人しか作れない逸品らしい。もちろんナギには作ることができない。
「……いえ、それが本当だとしたら歴史を覆すレベルの大発明なのですけど」
「こんな地味な感じじゃなくて、もっと派手なエフェクトでるような奴を作りたかったんだけどなぁ」
「それで、使い勝手はどうなのかしら?」
「本体にはまともに刃がついてなくて、斬れ味は魔力の刃に依存したものだから、戦闘中に血と脂で斬れ味が落ちることはないが、長時間の使用になってくると魔力量の低い人間には厳しいかもな――よし、直った」
余計な装置がついているせいでエクトル鋼を使っていても重いのだが、それでも普通の剣よりは軽い。
「とりあえず、オレはもう一回テストしてくるよ」
「というかナギさん、錬金術師なのに剣が扱えるんですか?」
「まあ、なんとなくだけど」
「何となくって……」
「まあ、心配は不要だ。なんとかなる」
「ええ!?……あ、でもナギさんがアレすれば私の過去を知る人物が減ると……」
「おい、聞こえてるぞ。というかアレってなんだ、アレって」
「な、なんでもないですよぉー……」
目を逸らすジーナをナギが睨む。
ジーナは昼食がまだだった、という言い訳を残してギルドを出ていく。
自分もそろそろ出ようかと思い、立ちあがる。
そのときクレハがこちらをじっと見つめているのに気付いた。
「なんだ……?」
「何もないわ。気にしないで」
そういうとクレハも先に出ていく。
「さてさて、そろそろ次の国へ行く支度もの整ったし、これだけ完成させてさっさとここを離れるとするか……。しっかし、仲間ってのはこうも見つからないものか……」
既に日は頂点より傾いている。
今からだとあまり森の奥には行けないが、テストには十分だろう。
色々思案しながら、門の方へと歩いていると、大柄な男とぶつかる。
「おっと、ごめんよ」
「ああ、こちらもすまなかった……って薬屋じゃないか、探していたんだぞ」
「おう?ああ、ベアルさんか。ポーションどうする?」
「それは買うぞ。だが、話もあるし一度来てくれないだろうか」
「構わないけど、どこに?」
「うちのギルドホームにだ」
「うへぇ、マジかよ」