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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
129/131

#04-ex9


◇前夜祭(春)後篇


◆クラウジス家と教会組のテーブル

「サーモンとクリームチーズのカナッペとほうれん草とベーコンのキッシュか。さすがナギ、良いチョイスだ。どうだ、兄上、エージス」

「魚料理は久々だな」

「うむ、ありがたい限りだ。天神様でも地母神様でもよいから本日のこの素晴らしい糧に感謝をささげたい――うまい」


「さすが、大司教様わかっておられますね。やはり食えなければ人は生きていませんからねぇ―――久々のお酒はいいですね」

「ミリアーヌ、ほどほどにしておきなさいよ」

「あら、パンドラ。私がほとんど酔わないの知っているでしょう?」

「酔わないのはわかったからほどほどにしてね、姉さん」


「エージスも本当に来てくれるとは思わなかったな」

「いや、俺もそろそろ外に出てみようかと思っていたところでな。王国は酷かったが、帝国は良いところだな」

「意外とヴェルカ人がいるのだな」

「ああ、オレが子爵位を貰ったのを聞いて、外に出てたヴェルカ人たちが集まってきたみたいだな」

「出世頭がいる街ならそうひどい扱いも受けんだろうしな。俺でもそうする」

「……こんなに美味いもの毎日食ってたのかお前は」

「まあそうだな」

「そればかりはうらやましい限りだ」

「ルーツの方はまだまだ食料が安定していませんものね。しかし、いいのですか、アーリック兄様。留学費用負担していただいて」

「問題ない。それなりに稼いでいるし、屋敷の部屋も余っている。パンドラの許可もとっている」


「しかし、あなたがヴェルカ人と結婚するとは思ってもなかったわ」

「いや、だってあのへなちょこ聖騎士たちよりも頼りになるし、実際強いのよ?」

「パンドラさん、人を戦闘力で判断するのはやめた方がいいよ?まあ、実際いい人だってのは少し話してみてわかったけど」

「さすがミラン。見る目があるわね」



◆先皇とエッゲルト公、オイレンブルグ候のテーブル

「なぜ私が、このテーブルに……?」

「オイレンブルグ候よ。まあ、そう、気にするな。ほら次の料理が来たぞ」


オイレンブルグ候の奥方はかなり恐縮している。

次の料理の説明を受けたトライドがそれを祖父たちに伝える。


「オードブルはエストール産蛸とグレープフルーツのマリネ、フェッツ産マッシュルームのテリーヌ、無花果のパテドカンパーニュの三品ですね。しかし、これは美しい」

「味も良いな。フェッツの方は農林業が強いと聞いていたが、このようなマッシュルームが取れるのか。油断ならんな」

「うちも購入してみるか。後程パウル子爵に相談してみよう」

「あ、たしかに美味しいですね」

「ほら、奥方もそう言っておるぞ。買ってやれオイレンブルグ候」

「は、はぁ」


「ふむ、わざわざ産地を書いたという事は、こうなることを見越しての事か。たしかに、美味いのがわかっていれば買いやすいだろうな」

「シュヴラン伯の事ですから東側の食材を中心に使っているのでしょうね。そして我々が各領地から取り寄せるのを見越している」

「生モノの輸送には冷凍車みたいなのがいるよね。いや、さすがだ、シュヴラン伯は」


「……冷凍、冷蔵庫がついている輸送船を作ろうというのはこれが目的でしたか」

「おや、あの若伯爵。私の居ないうちにそんな話をお前にしていたか」

「はい、御爺様。ただ、冷凍庫付の船を作れば我が領の海産物もこちらに持ち込めるでしょう。市場を視察しましたが、こちらでは取れないものいくつかあるはずです」

「なるほど。いい着眼点だな」



◆ディースブルグ候、シッファー伯、パウル子爵のテーブル

「ふむ、これは、パンプキンポタージュですか」

「程よい甘みで実に美味だ。パウル子爵、このかぼちゃどれぐらい売れる?」

「実は、シュヴラン伯が品種改良したかぼちゃでして。安定した品質で結構な量が取れるのですよ。日持ちもするので備蓄にも一部回せますね」

「なるほど、それでは先ほどのマッシュルームと合わせていくらか輸入したいので後日商談を頼む」

「はい、わかりました。それではまた、後日」

「いいですね。うちの領地でも少し購入してみましょうか」

「何かあてはおありなんですか、あなた」

「ええ。これほどの上品な甘みであれば菓子にも使えるでしょう。幸い、上質な乳製品や小麦は領内にありますし、シュヴラン伯が蜂蜜や白砂糖の生産を行っているのを知っていますから、それを少し買えば新たな特産品になりますね」

「それはお茶の時間が楽しみになる話ですわね」



◆皇帝と兄のテーブル

「……次は魚料理か」

「ライズ、魚苦手だっけ?」

「帝都に居ますとあまり良い状態のものは入ってきませんものね」

「まあ、そりゃそうか。ペトラ、今日の魚は?」

「エストマ産の鮪のポワレですね」

「それは贅沢だねぇ」

「はい、大型の回遊魚は中々かかりませんから。ちなみに、ナギさん、トロ部分だけは別口で確保しているようですね」

「それは御刺身でいただきたいところだね」

「兄上、刺身とは?」

「ああ、生のまま食べるのさ。新鮮な魚なら割と大丈夫だよ」

「な、なまか……」

「醤油をつけてた刺身を食べて米の酒で脂を洗うのもいいけど、カルパッチョにして白ワインというのも乙なものだね」

「……兄上が普段からいいものを食っているというのはわかった」

「まあ、エストールは山の幸も海の幸もとれるし、畜産や農業を大規模にやっている領地と隣り合っているから、その季節の一番いいものを揃えるのはお手の物だよ」


「お父様、大丈夫ですか?お口にあいますか?」

「ああ、ペトラ。正直、我々のようなものが陛下と同じテーブルでこんな良いものを食べてていいものかと」

「緊張しすぎですよ……私はもう慣れました」



◆子供たちのテーブル


「牛肉と豚肉を使ったハンバーグステーキですね。私これ好きです」

「食べるの面倒なときに野菜と一緒にパンにはさんで食べると実に楽」

「エレノラちゃんが魔術の研究しながらかじってる奴?」

「そう。何かしながらでも食べれるし、美味しいから」


「確かに、これは美味しい」

「うちの領地で取れたものでこのような料理ができるとは……シュヴラン伯侮れませんね」

「でもこれでラングではこういう料理が作れるっていうのがわかったわけだろ?」

「そうですね。まあ、お父様が商品化とかするかもしれません」

「しかし、まだまだ子供である我々にこのように上品で高価な食事を用意されて……」

「ユーディット嬢、僕たちもいずれは貴族となって領地を支えなければならない。自分の領地の産物がどのような価値があるのかはよく知っておくべきだよ。それに舌を肥えさせておいて損はないさ。本当に美味しいものを知っていれば、それを基準に評価できる」

「今夜の食事会には陛下もいらしてますから、ここで出たお料理が真に美味しいという事は間違いありませんしね」

「ギルスはどうだい?」

「先日シュヴラン伯が買い付けに来ていた鮪がああなって出てくるとは思わなかった。そしてこの肉料理も美味い。錬金術師とは料理もできるものなのだろうか」

「あの人はちょっと特殊だとは思うけど……」



◆ミカヅキのテーブル


満足げに皿を開けたアーケインは、口直しのシャーベットを受け取ると満足げに頷いた。


「今日の料理もとても良い物ばかりだな」

「お爺様、私、こんなに美味い物初めて食べたレベルですよ」

「シュラインよ。この先、貴族とのかかわりで料理を出されることもあろう。だが、この様に本物の味を覚えておけば、それに惑わされることもないだろう」

「なるほど、勉強になります」

「お爺様、次はワイバーンのローストですよ」

「なんと、これは腹が減ってくるな」

「お爺様、最近よく食べる様になられましたよね」

「ああ、食事と酒が美味い。この歳にして生きていくうえではそれが一番大切だとそう学んだ」


「うーん、抜群な加減やな」

「そうですね。しっとりとしていて、でも、脂が強すぎない」

「アイヴィーも明日は忙しいんやから、しっかり食べてスタミナつけんとな」

「そうですね。明日ばかりはずっと車椅子というわけにもいきませんから」

「なぜかうちもアイヴィーの補助役で前出るしなぁ」

「よろしくお願いしますね」

「まあ、こればっかりは男連中にまかすわけにもいかんし」



◆シュヴラン伯、ヒューゲル伯、アルティエリ子爵のテーブル

ナギたちのテーブルに、生野菜のサラダとチーズが運ばれてくる。

コースの方もこれでほぼ終わりになる。


「どうでした、ヒューゲル伯」

「素晴らしかったです。洗練されていて、よく調和の取れた味でした」

「それはよかった。アルティエリ子爵の方はいかがでした?」

「陛下を差し置いて一介の騎士である私がこのような贅沢をしていいものか――そう思える程度には素晴らしい料理でした」


「王国の食糧事情はまだ怪しいですか?父さん」

「まあ、食えるだけならばなんとかなるレベルだが、味などを考えるとまだまだとしか言えぬな」

「ふむ、いくらか私の私費で援助いたしましょうか?」

「いや、大丈夫だ。それよりもジーナは次代の事を考えていてくれ」

「ぐ……っ、わかりました」


「うーん、公国に帰りたくないわねぇ」

「おい、ラーテ、どうした急に」

「ここまで文明の差を見せつけられるとどうしてもね」

「確かに市場は見てきたが、全体的に値段は落ち着いていた。良い商品が相応の値段で買える時点で我が国の市場よりは大きく発展しているだろうが……」

「ここの街だと偽物つかまされることもなさそうだしねぇ。とりあえず、帰りにエクトル鋼の剣を一振り買って帰りましょうかね」

「それはいったいいくらするのだ?ラーテ」



◆皇帝と兄のテーブル

「ペトラ、ペトラ」

「どうかされました?フィーネ様」

「このお菓子は一体?」

「こちらはですね、大陸の南側で良くとれるカカオという実を加工して作ったチョコレートと呼ばれるお菓子を主体に、クリームやガナッシュを積み重ねたケーキ――オペラと呼ぶそうですよ」

「見た目も綺麗なケーキね。上に載っているのは金?」

「ええ、金箔です。食用ですので大丈夫ですよ」

「へぇ……――うん、ほのかな苦みときつ過ぎない甘さ、あとは少しアルコールの香りもするわね。でもよくマッチしていて美味しいわ」

「それは良かったです」

「物は相談なんだけどテレーザのためにお土産のお菓子を頂いて帰ってもいいかしら」

「構いませんよ。ナギさんに言っておきますね」

「よろしくね」


「菓子というのはひたすらに甘いものだと思っていたが」

「ははは、ライズ。遅れてるねぇ。お菓子っていうのはこういう完成された食べられる芸術品のことを言うのさ。甘いだけの菓子なんて下品だよ」

「まあ、二度とあの手の菓子を美味いとは言えなくなった自信はあるが」

「よかったじゃん、皇帝なんだから舌は肥やしとかないと」

「それはそうなんだがな」



◆シュヴラン伯、ヒューゲル伯、アルティエリ子爵のテーブル


食後のお茶がと簡単につまめる菓子が運ばれて来て、これでコースは終了となる。

見た感じ、すべての客人に満足してもらえているように思う。


「ジーナさんは槍の名手だとか」

「えっと、さすがにヒューゲル伯相手だとかないませんが、そこそこには使えます」

「へぇ、ちなみに御父上とはどちらが強いの?」

「間違いなく私の方が強いですね」

「ジーナよ。父は泣くぞ」

「まあ、旅してた時分に色々と戦う必要がありましたからねぇ……」

「それを持ち出されるとこちらとしては何にも言えなくなるのだが……」


「ナギ、あなた、ギモーヴなんていつの間に作ってたの?」

「まともなゼラチンが用意できたからな。作ってみた」

「へぇ、このカラフルで可愛いのギモーヴっていうんですね」

「まあ、試作だけどフランボワーズ、青りんご、ブルーベリー、白桃、グレープフルーツの六種類用意しといた」

「少し硬いかしら?」

「やっぱりそう思うか?まあ、この辺はパティシエに相談だな」

「味はとても良いですよ。果実感もあって」

「そりゃよかった。果物とゼラチンの生産体制整ったらお土産品として生産するかな」

「日持ちしするかしら?」

「まあ、大丈夫だろ。いざとなったら保存の時魔法掛けるさ」

「そんなことに時魔法使うのは間違いなくあなたぐらいね」


しばらくしたのちに、ナギが本日のお開きを宣言し、食事会は終了となった。

子供が同行しているシッファー伯やディースブルグ候たちは、先に本日の宿へと移動を始める。

残った数名はというと、


「シュヴラン伯、明日は結婚式だからな。今日のところは我々に付き合え」

「え?ああ、そういう文化あるんですね」

「ルイテルもだぞ」

「あー、まあ、いいけどね。遊戯室の方へ行こうか」


前皇とエッゲルト公の声掛けによって、男連中に談話室に引きずられていくルイテルとナギ。

女性陣は女性陣で何やら集まって話をしている。


「ディースブルグ候たちも子供をホテルに送り届けたら合流する」

「まあ、敷地内にあるからすぐそこだけどもね、ホテル。それよりも、トラインって結婚してたっけ?」

「まだ婚約ですが、相手は決まってますね」

「へぇー……で、ライズが既婚者の先輩面でついてくるのは若干腹立つね」

「まあ、実際その点に関しては先輩であるし」

「腹立つなぁ……ナギ、酒だ酒」

「なにがいい?」

「キツイやつ。明日ライズが口上でミスるようなの」

「おい」


遊戯室に飾られている酒の中から、適当にブランデーを選び、氷とグラスを人数分用意するナギ。


「ほい、ティアアイラの15年物」

「流石ナギ、いいもの確保してるねぇ」


早速自分の分のグラスに氷を入れ、開栓するルイテル。


「お、ルイテル、父にも用意せんか」

「しょうがないな、父上は」

「ナギ君、私ももらっても」

「ええ、勿論ですよアーケイン御爺様」

「私ももらおうか。ティアアイラでその年代は滅多にお目に掛かれんし」


おっさんたちに酒を回し、最後に遠慮がちにトラインがグラスを受け取ったところで、乾杯の音頭が起こり、口を付けた。


「うむ、これは素晴らしい」

「兄上、私の分少なくないか?」

「気のせいでしょ」

「つまみ用にくすねてきたチョコレートともよく合いますね。エッゲルト公、アーケインさんいかがです」

「ふむ、これは……いいな」

「酒と甘味とはなかなか粋な組み合わせですな」


しばらくうだうだと酒を舐めながらくだらない話をしていると、ドアが開きシッファー伯が顔を出した。


「さて、シュヴラン伯とルイテル様の独身最後の夜ですから、パーッと行きましょうか。こちらお土産のデオ・ウラヴァム10年ものです」

「流石シッファー伯、わかっておるな」

「まあ、量はそれほど用意できませんでしたから皆様1杯ずつといったところで」


シッファー伯がナギとルイテルに高そうなワインを注いでくれる。


「たしかに、これは」

「葡萄の味がしっかりしてるけど、癖がないのはすごいね」


「ふむ、シッファー伯に先を越されてしまったな」

「我々よりもいいものを用意されると困るぞ」

「あはは、すいません」


ディースブルグ候とオレインブルグ候も合流し、土産に持ってきた珍しい酒をふるまう。

そこからはもうただの飲み会である。


「ナギ、酔い覚ましのストックは?」

「安心してくれ、大量にある」

「安心した」

「シュヴラン伯、私にもあとでくれ。父上が調子に乗っているからしこたま飲まされるぞこれは」

「シュヴラン伯、申し訳ないんですが私にもください」

「承知しました、陛下。トラインさん」

「ナギの酔い覚ましは効くよ。その効果は何度も体験してるからね」

「それはどうかと思うがな、兄上」


「シュヴラン伯、これは……」

「ああ、ティアアイラですか?結構飲まれちゃいましたけど、どうですか」

「ありがたくいただきます」


シッファー伯にブランデーのグラスを回し、チョコレートも付ける。


「おお、これはまさしく15年物。素晴らしい香りです」

「香りってそんなに違いあるものですか?他の年代をあまり飲んでいないので比べようがなくてですね」

「ええ、結構変わりますよ。一般的な5、10年ものとはまた違った重めの香りがしますね」

「なるほど勉強になります」


ルイテルにもわかるか聞いてみようと振り返ったところ、父親に絡まれているところだったので見なかったことにしてシッファー伯の方に向き直った。


「これってどれぐらいやるのが慣例なんでしょうか」

「まあ、新郎が潰れるまでですかね」

「それ、翌日の式大丈夫なんです?」

「まあ、大体何とかなりますよ」


「遅くなりました、申し訳ない」

「お邪魔します」

「おお、皆様なかなか盛り上がっていますな」


アーリックを筆頭にヴェルカ人組がこの地獄に入室する。


「ああ、クラウジス子爵にクラジス次期伯。それに大司教殿か。ほら、駆け付け一杯」

「戴きます」


近くにいたディースブルグ候からグラスを渡され、飲むアーリック。


「こちらにも花婿を前日に潰す地獄の行事があるのか」

「まあ、私は未婚だからはやっとらんが」

「貴様がオレに1瓶蒸留酒飲ませたのを忘れておらんからな」

「そんなことあったか?」

「貴様が結婚するときは覚えておけよ」


「しかし、数が増えてきたら手狭だね、談話室だと」

「食堂の方は女衆が、新婦の方を構っておるから我々は入れんのだ」

「ああ、やっぱりそうなんだ」


アーリックたちが次々渡されるグラスを突破して部屋の中に入ったところで、新たに2人ほど入室する。


「シュヴラン伯、女王陛下から預かった祝い酒だ。明日用の物は別にとってある故、遠慮なく全部いくといい」

「シュヴラン伯、私がラーテと結婚する際に受けた試練の一つを持ってきた。最上級のアクアビットだ」

「……アルティエリ子爵、今抱えているの小さくとも樽に見えるのですが」

「そうだが、何か問題が?」

「で、アクアビットって何度ありましたっけ」

「これは65度だ」

「結婚する前に死ぬかもしれないな……」

「まあ、手伝うために我々がいるようなところもありますので――とりあえず、ヤバそうな樽の方から何とかしましょうか」

「シッファー伯がいて良かった……」


まずはアルティエリ子爵が樽に蛇口を取り付けなみなみとグラスに注ぎナギに渡す。


「5リットルはあるよなその樽……」


飲まないわけにもいかないので、口を付ける。

物自体は非常に良いワインで美味しくいただけた。


「いいワインですね」

「オーブリーは良質なワインの産地でな」

「なるほど……では、アルティエリ子爵もどうぞ」

「いただこう」

「イネス王国の女王陛下、アルティエリ子爵からのワインです。皆さんもどうぞ」

「気になるから戴こう」

「結構よいな。機会があれば輸入してみるか?」


こちらは放っておいたらおじさんたちが飲み干してくれると思われるので、


「問題はこいつだな」


四合瓶サイズの透明な蒸留酒。

アルコール度数的にもほぼ消毒用エタノールである。


「とりあえず、一杯はロックでいただこう」

「それでこそ、ヒューゲル家の人間を妻にする男である」

「うーむ……普通に飲みやすいな。キッツいことに変わりはないけど、すっきりしてる」

「だんだん喉が焼ける感覚が癖になってくるぞ」

「それはちょっとやだな――ジスランさんちょっと来てもらっていい?」

「どうした?」


ナギはバーカウンターに移動するとシェーカーにオレンジリキュールとライムジュースを適量量って入れた。


「で、ここにアクアビットを入れて」


しばらくシェークし、カクテルグラスに注ぐとジスランの前に出す。


「どうぞ。たぶん、飲みやすくなったと思います」

「ふむ」


ジスランが一口口を付ける。


「確かに」

「これなら割とスムーズに飲めるかな」


自分の分をさっさと作ると味見をするナギ。


「おや、珍しい飲みかたですね、シュヴラン伯」

「他のリキュールやジュースと混ぜることでまた違ったものとして楽しむ。お酒には、そういう手法もあります。カクテルと呼びますがね。シッファー伯もどうぞ、あ、ディースブルグ候もいかがです?」

「いただきましょう」「いただこう」


早速作って二人に出す。

この調子だと一杯で減るアクアビットは20mlほどだが、流石にこの度数の酒を煽り続けると死ぬのでちまちま消化していく作戦だ。


「確かに美味しいですね。ゆっくり楽しめそうです」

「そうだな。妻と酒を飲むのにもよさそうだ」

「あとでレシピノートお渡ししますね。いろんな組み合わせがあるので」

「それは気になる」

「それで、このカクテルはなんという名前で呼べばいい?」

「そうですね……」


おおよそ元の世界で同じものを作ると「コペンハーゲン」と呼称していたと思うが、さすがに脈絡がなさすぎるので、


「コーニッシュと名付けましょうか」

「良い名前だ。もう1杯戴こう。あと、そのリキュールとジュースを後程売ってくれ。レシピもな」

「ええ、ラーテグントさんにご馳走して上げてください」

「なるほどなるほど、カクテルに街の名前を付けてしまう。そういうのもありですね」

「シッファー伯、別のバリエーションで一つ作るとすると、どのようなものができる?」

「それでしたら」


チェリーのリキュールで同じように作ると。ディースブルグ候に出した。


「これは、香りが違ってまた美味いな」

「こうなってくると名前が気になりますね」


元の世界ではレッド・バイキングと呼ばれるとそれだが、案の定バイキングが通じないので、


「ここはイースト・ネイビーというのはどうでしょう」

「いいじゃないか。ちょともう一つ作ってくれ。オイレンブルグに飲ます」

「わかりました」


そこからもちまちまカクテルを作り続けなんとかアクアビットを消化しきったころには、皆死屍累々になっており、お開きとなった。


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