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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
127/131

#04-ex7



◇エストール高等学院、開校


 エルヴィン・ヘイリスは、実家が特別貧乏というわけでもなかったが、帝都の学園に入れるほどの頭があるわけでもなく、また、官僚を目指せるような教育を受ける資金があるわけでもなかった。

 何やかんやで商家で雇ってもらい、細々と生活してきたわけだが、そんな折に東の新領地で大規模な学園が開かれると知った。

 幸い元手になるぐらいの資金はあったし、入学試験に合格できるだけの頭はあったようだ。合格通知を受け取ったときは、下宿で飛び上がったものである。

 そして、今、帝都の下宿を引き払い、シュヴラン伯爵領エストールへと足を踏み入れた。


列車に揺られること数時間、入学試験以来のエストールの街へとたどり着いた。

試験を受けたときは帝都の試験会場で受けたため、今回が初エストールになる。エストールまでの鉄道のチケットが取れないのではないかとかなり不安に感じていたのだが、シュヴラン伯爵が帝都から専用列車を出してくれたため、優雅な列車旅を楽しめた。


「いくら鉄道引くのに関わってるからって、列車1便貸し切りって尋常じゃないよな」


続々と列車から降りてくる同級生たちを眺めながら思わず口に出してしまった。


「ほんとにすごいよね」


そしてそれは誰かに聞かれていたらしい。

声を掛けてきたのは同い年ぐらいの少女。


「あなたもエストール高等学院生でしょ?」

「ああ、そうだよ。君もだね?」

「うん。元々、アドリアの魔法学園に行くつもりだったんだけど、エストールの方が専門的で色々学べるらしいって、それにこっちのが実家に近いし。で、幼馴染連れて一緒に入学した」

「幼馴染?」

「わたし」


少女のやや後方に立っていたもう一人が少し前に出てくる。


「それじゃあ君たちは二人とも魔法科?」

「私は魔法科と政務科の併科かな」

「わたしは工業科と農業科の併科」

「二人とも併科するのかすごいな」

「せっかくだから色々勉強したくて、あなたは?」

「僕はひとまず政務科一本かな。いろいろしてみたくはあるけど、それで手が回らなくなるようなことにはなりたくないし」

「なるほどね。あ、私はアルビナ。でこっちが」

「ラーレ。よろしく」

「ああ、僕はエルヴィン。よろしくね。とりあえず、学園の方まで行こうか。荷物はもう寮の部屋に入れておいてくれてるみたいだし」

「そうだね」「うん」


手荷物だけ持って、駅の出口を目指そうとしたところで、違う声が掛けられる。


「すまない、軍務科のスヴェン・デーツというものなんだが、道がよくわからんのでついていってもいいか?」

「構わないよ。僕は政務科のエルヴィン・ヘイリス。よろしく」

「ああ、よろしく頼む。そして悪い。大きな町に来たのははじめただから慣れなくて」

「僕は帝都出身だけど、エストールは帝都とは一味違うって聞いてるな。楽しみだよ」


4人はフロアを三つほど上がり、エストール駅の外へ出た。


「すごい!海も山も近い!」

「建物も新しくてすごくきれい」

「これはすごいね」

「ああ、しかも領軍の練度も高そうだな」

「そういうの分かるもんなんだ」

「ああ、少なくとも今の俺ではかなわんだろうな。それで、学園はどっちだ?」

「ここからだと西側かな。時間は結構あるから歩いていく?」

「そうだな」「そうだね、もっと街を見たいかも」「すでにあそこの屋台の料理がおいしそうじゅるり」

「あはは……」


本日の集合場所はそう離れているわけでもなく、思っていたよりも早く目的地に着いた。

大講堂の周りにはすでに多くの生徒が集っている。


「うわ、帝都の学園なんかより迫力あるよ」

「校舎がずらっと並んでるもんね」

「今さっき通ってきたところにあったのが政務科と軍務科の校舎らしいな」

「で、あっちにみえてるのが宗教科」

「まだ2区画分あるんでしょ?」

「聞いた話では各学科はそれぞれ専門施設で訓練とかさせてもらえるらしい。軍務科なら軍の訓練場とか、工業科なら工房とか」

「なんか政務科と魔術科にはあんまり関係なさそうね……」

「流石にね……」


講堂前でそんな話をしていると、見慣れない形の機巧車が入り口付近に着いた。

そこからは、自分たちと同じ年代の少年少女が数人おりてきた。


「わざわざ送っていただいてありがとうございます」

「いや気にしなくていいさ。今日は、入学祝いの食事会するから終わるころにまた迎えに来るよ。まあ、今日は手続きだけだから1時間位かな」

「ありがとうございます」


一番年上らしい青年が、車の中の人物と会話をしている。

そして視線をふと下に向けると、白に紫斑の毛玉が跳ねていた。


「なんだあの生き物……」

「さあ?」「初めて見た」「もふっとしているな」


見ていたのに気づいたのか、毛玉がこっちに跳ねてくる。


「あ、来た」

「あ、ミト!」


最年少に見える少女がそれを追ってこちらに来る。


「勝手に動かないでね。探すの大変だから」

「きゅ!」


そしてこちらに気付いた少女は声を掛けてくる。


「あ、お兄さんたちも入学手続ですか?」

「え、あ、はい。そうだけど。君も?」

「はい!背はあまりないんですけど、14歳ですよ?」

「あ、一つ下なんだ」

「あのすごい自動車から降りてきたけど、貴族様?」

「いえ、私は普通の農家の生まれです。魔術科と政務科と軍務科を併科します、リュディヴィーヌ・ルシェです。で、こっちがミト」

「きゅっ!」

「3科併科するんだ…」

「すご……」

「というか、軍務科は大丈夫なのか?」

「ちゃんと訓練付けてもらってますから大丈夫ですよ」


明るい小柄な少女と話していると、推定貴族の一団がこちらに向かってくる。


「あ、っと、あっちは普通に貴族の人かな」

「えっと、そうですけど、学院の中ならそんなに気にしなくていいと思いますよ」

「そうかな」

「緊張する」

「なんやかんやちゃんとした貴族を見るのは初めてかもしれん」


「リュディはすごい。もう仲良くなったの?」

「エレノラちゃんもご挨拶する?」

「一応?魔術科科長のエレノラ。よろしくね」

「科長?ってなんだエルヴィン」

「その科をまとめる学生の代表だね。で、今は入試が主席の人らしい」

「まあ、魔術科は私が半分以上問題作ってるから……」

「え?そうだったんですか?ナギさんそんなこと教えてくれなかったんですけど」

「内緒にしてもらってたから」

「で、4人は何科?」

「あ、僕はエルヴィンといいます。政務科です」

「政務科長ならそこにいる」

「え?」


エレノラがすこし後ろに立っている青年をさす。


「カミル・ディースブルグ政務科長」

「なんかその呼び方こそばゆいからやめてくれるかな、エレノラさん」

「じゃあ、次期ディースブルグ候」

「それも却下で」

「ディ、ディースブルグ侯爵家の跡取り?なんだってこっちに……」

「侯爵家の跡取りなら帝都の学園に行くもんだと……」

「あはは……、まあ、東側は人手不足でうちの領地も父だけだと手が足りなくてね。エストールならディンガーまで1時間で帰れるし」

「なるほど、合理的ですね」

「だろう?それに、帝都からもアドリアからも優秀な教官をヴィーラント公爵が引き抜きまくったみたいだから実質ここが大陸最高学府だよ」

「そうだったんだ……」

「シュヴラン伯もヴィーラント公はもちろんの事、うちの父に、オイレンブルク候に、シッファー伯もここには物凄い額投資してるからね。おっと、勿論パウル子爵も」

「いえ、あの、皆さんに比べるとうちは少額なので気を使って頂かなくとも……」

「そんなことありませんよ、ユーデット様。我々は新興貴族で下に見られがちですけど、古いことにとらわれ過ぎず何でもやってるみるのが大事だってお母さまが言ってましたし」

「私にできるでしょうか、フローラ様……不安です」

「ああ、そうだ、紹介が遅れて申し訳ない。私がカミル・ディースブルグ。こちらが、フローラ・シッファー政務科長補――まあ、つまり政務科の次席だね」

「まさか、お父様に教えていただいたのに負けるとは思いませんでしたが」

「まあ実務やってないとわかりにくい問題とかも出てたから。実際難しかったよね、エルヴィン君」

「え、ああ、そうですね。でも基本的な理論に沿ってたので必死に考えて、自分なんかはギリギリ通った感じですかね」

「私もそんな感じでした……というか、魔術科の試験の後に政務科の試験あるの辛かったです」

「俺――いや、自分は政務科の試験落ちました」

「え、そうだったんだ」

「今時、馬鹿では兵士もやってられないからな。一応勉強して受けてみた」

「まあ、軍務科でも座学は結構あるから大丈夫」

「軍務科はヴィーラント公が組んでますからね、カリキュラム。それよりも、手続きに行きましょう?お話は歩きながらでもできますよ。今日はお父様が後で合流しますから、あまり遅くなるわけにはいきませんし」

「え?シッファー伯結構な頻度でこっち来てるけど大丈夫なのかい?」

「最近後任が見つかったらしいですよ」

「へえ……」


フローラの先導でカミル、そして、ユーディット・パウル令嬢が移動し始める。

それに何となくついていくエルヴィン達。


「カリキュラム組んでるのがヴィーラント公ってすごいな……」

「だがそういわれるとあの試験の難しさは納得だ」

「そういえば、魔術科のカリキュラムは……?エレノラさんが作られたんですか?」

「そっちはナギが。農林・工業・魔術はナギ、軍務と政務はルイテル、水産だけは専門家と地元の漁師たちから話聞いて、カリキュラム組んでた。政務はリブステイン市長、工業はレヴェリッジ会長が一部関わってる」

「そ、そうそうたる面子ですね」

「私こっちの学園にしてよかったかな……?」

「アドリアに行くつもりだったの?」

「ええっと、一応」

「あそこの魔術理論、物凄く古くて使えないからこっち選んで正解」

「エレノラちゃんは元々アドリアに居ましたもんね」

「そう。つまんないから逃げてきた」


アドリアにあった魔法学園は、エレノラが脱走するまでは間違いなく大陸一の魔法機関だった。ただし、1時間足らずで女3人に壊滅させられたため、その威厳はもはやないに等しい。

それでもそこを目指す者たちは多いのだが、それも次年度からはぐっと減ると思われる。


ここは教育機関であり、研究機関ではない。

それが学園都市との一番の違いだ。

研究者というのは基本的には利己的で、教育には向かない。しかし、ここに集められたのは、一流の教師ばかり。

今まさに、入学のための手続きを行う彼らの成長が帝国に、そして大陸にどのように影響するのかが非常に楽しみである


「待ちに待った、市民証ですね」

「私は何度かシュヴラン伯を訪ねてるけど、ゲストカードじゃないだけでなんか優越感がある。学生の間持てるこの濃赤色の市民証が嬉しいね」

「そう言えば、エストールは住人全員ギルド所属に近い扱いで市民証がもらえるんだった」


自分の名前と所属科が書いてある学生証を見ながらエルヴィンがつぶやく。


「ギルド入ってなくても身分証代わりになるし、学生証もってると割引してくれるお店とかもあるみたい」

「ふむ、それは得だな。助かる」


「いつもの白いカードだと変に気を使わせてしまうこともありますからね」

「まあ、フローラさんも何かと狙われがちだから気を付けてもらうに越したことはないと思うけど……」


「そういえばわたしの前に手続きしてた人紺と赤半々の色だった」

「この街の住民は紺のカードで、そこから学生になったから」

「ナギさんが、面白いからっそうしようって決まったんですね」

「さっきから出てくる“ナギさん”ってもしかしなくてもシュヴラン伯の事?」

「そうですよ」「そう」

「もしかしなくても二人とも大物なんだよね……」


書類手続きを終え、次に向かったのは一般的なホールだったが、ここは男女別れて制服の採寸を行うようだ。


「私たちはすでに作成済みですので、皆さんどうぞ行ってきてください」

「ここでまってますよ」

「え?いや、そんなわざわざ待っていただかなくても……」


いいからいいから、と貴族3人+シュヴラン伯の関係者2名に送り出され、おろおろしながら入る4人。

中では服飾専門の職人に加え、魔術や錬金術、機巧術の職人も控えている。


「えっと、どれをどうすれば?」

「入学おめでとうございます。あなたの制服は、通常制服に魔術科用の加工になりますね。あとは訓練着一式かな」

「え、あ、そうなんですね」

「一応、属性を確認しますね。合わないエンチャントを掛けると術式効果が弱まったりするので」

「へぇ……そうなんですね」

「今日は数値だけ測って、入学式までに確実に寮に届けます。もし、サイズが合わなかったり不具合があった場合は学園の窓口か、百貨店のエストールワークス、職人区画にあるミカヅキ縫製店のどれかを訪ねてください。直しますので」

「え、そんなことまでして下さるんですか?」


「君は軍務科か、入学おめでとう」

「ありがとうございます」

「それでは通常制服に軍務科用加工だね。望むなら別料金で術式耐性用の加工もできるが」

「手持ちが少ないのもありますが、あまり優れた防具に頼りすぎるのもどうかと思うので通常で構いません」

「了解した。では入学式までにはきみの部屋に届くように手配する。それでは、計測するから腕を広げてくれ」


「いや、人が測られているのを見るのは割と面白いですね」

「フローラ様?なんでいるんです?」

「いやぁ、なかどうなってるのか見たいって言うから連れてきたんよ」

「キーリーさんが入れてくれました」

「キーリーさんってことは、キーリー・シュヴラン様?」

「そうやで。今はバイト中やな。じゃ、サクッと測るで――――――はい、終わり」

「え?」

「今ので終わりですか?」

「うん。ナギ兄の作ったこのモノクルには天盤解読が刻まれてるからな。一目見るだけでスリーサイズから内臓脂肪の量まで丸わかりや」

「すご……」

「君は工業科もやるんやろ?まあ、これは殆ど魔術の領分やけど、工業技術だけで作った道具がミカヅキのショップにも、職人区画にもゴロゴロしてるから今度見に行ってみ」

「は、はい」


「……あれ?僕が最初に終わったのか」

「まあ、他の学科は色々オプションあるしね」

「そうなんですね……ってカミル様?」

「フローラ嬢はキーリーさん見つけて突っ込んでいったし、ユーディット嬢はエレノラさんたちに連れられてどっか行ったし、ぶっちゃけ取り残されてね」

「なるほど……」

「君は学園卒業したらどうするとかの予定は決めてる?」

「そうですね……登用してもらえるなら政務官としてクニス州か帝都で働こうかなと」

「正直帝都に行くのは難しい様な気がするけどね……」

「そうですよね、僕みたいな凡庸な奴では」

「いや、そうじゃなくてね。たぶん、帝都の政務官って募集枠ほぼないから、だいたい帝都の学園から来る下級貴族の次男三男で埋まっちゃうんだよね」

「なるほど……」

「普通の役場職員とかならなれると思うけど、真っ当な政務官となるとちょっと難しいかもね」

「世知辛いですね」

「まあ、その点我がクニス州は万年人手不足だから、この学園卒業できるような優秀な人間なら即登用だね。というか、ここにいるってことはシュヴラン伯やヴィーラント公のお眼鏡にかなってってことだからあんまり自分を卑下する必要はないよ」

「そう、なんですかね」

「そうだよ。というわけだから2年間宜しく頼むよ」

「は、はい」

「ちょうどみんな戻ってきたみたいだし、そろそろ帰ろうかな」


「少しはしゃぎ過ぎたせいかお腹空いた」

「エレノラさん、帰ったら夕食会ですから頑張ってください」

「そういえば、今日の夕食会は皆さんいらっしゃるんですよね」

「ああ、今日はちょっと別件で外してるが、夕食会ではギルスとオイレンベルグ候も合流するよ」


「……シュヴラン伯とヴィーラント公、シッファー伯とディースブルグ候にオレインブルグ候が」

「……西部の年寄連中が効いたら発狂しそうだな」


「君も来るかい?先皇陛下もいらっしゃるよ」

「そんなとこ絶対無理です勘弁してください」

「はっはっは冗談だよ。じゃあ4人とも、また、学園で」


手を振り去っていくカミルと優雅に礼してからを車に向かうお嬢様2人。

エレノラは小さく手を振り、リュディは大きく手を振る。

先ほど見た車の中にはだれかがいるらしく、先に車に付いたフローラが何やら嬉しそうに話している。


「俺は西部の出身だから、年寄りたちに東側の悪口ばっかり聞かされてきたが、こっちの方が断然楽しそうだな」

「だね。こういう感想持っていいのかわかんないけど、カミル様も話しやすい人だったし」

「東側の大物貴族の集まる食事会、ちょっと気になる」

「たぶん、行っても料理の味わかんないと思うよ……あー、でもラーレなら大丈夫かな」

「何かの縁だし、領に帰る前に食事でもしないかい?」

「賛成!」「行く」「いいな」


表側に出ることがなかった青年たちの、本当の物語は今始まったばかり。


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