#scene04-22
なんやかんやあったものの、結婚の許可は出た。
ヒューゲル家の屋敷に一泊したナギたちは、優雅に朝食を食べていたのだが、そこにヒューゲル家の家令が慌てて飛び込んできた。
「何があった?」
「お食事中申し訳ありません。それが、ですね、ザヴィアー伯爵家がコーニッシュへ向けて出兵したとのことで」
「なぜ?」
「それが、娘を連れ戻すだのなんだのと」
「はぁ……クレハ、思い当たる節は?」
「ここに娘がいるわね」
「お父様、本当に鬱陶しい……」
「……なるほどね」
「……責任は自分で取る。迷惑をかけてごめんなさい」
「いえ、構わないけれど、どうするの?」
「お父様ごと消し飛ばす」
朝食のサラダを食べながら、ナギはエレノラも随分染まってきたな、と感じていた。
あと、ヒューゲル家の男性陣は固まっていた。
やけに張り切っているエレノラとともに、作戦会議――ともいえないような虐殺計画を立てるナギ。
ザヴィアー伯爵が率いるのは200名ほどの兵士らしいので、エレノラ単体でも過剰すぎるぐらいだ。それなのに、ナギとクレハ、ついでに元傭兵のシャノンが無駄な強化を施していく。
兵が到着するまで3日もあったのがザヴィアー伯爵の運の尽きであった。
平原、としか形容できない場所で一人立つエレノラ。
それに向かうは騎士を従えた父親。
「エレノラ、貴様、私の顔に泥を塗ったな。あそこで大人しくしておればいいものを」
「もうあなたのいう事は聞かない」
「ふざけたことを」
「そもそも――その程度で私に勝てると思っていることが間違い」
「なんだと?」
「やろうと思えばいつでも領地ごと、国ごと消し飛ばせた。それを今までしなかったことをひれ伏して感謝してほしい」
「ふざけたことを!お前たち、アレを捕らえろ!」
「概念結界――“智の探究に終わり無し”、“終焉は再生迎える儀式也”を展開」
エレノラから噴き出した魔力の渦が再形成され、エレノラを中心に緻密な魔法陣を構成していく。
「――展開完了」
「何をしたか知らないが、次の術が発動するまで時間がっ!?」
隊長格の男が一人焼け死んだ。
エレノラの持つ使い捨ての魔導書からページが一枚掻き消えた。
「なんだあの魔道具は!?」
「いいから攻めろ!あの魔道具とて無限ではあるまい!」
そんなことを言っているうちに、エレノラの魔法が完成する。
吐き出された魔法式は見たこともない様な複雑さであり、魔法に詳しくない者たちも直感でこれはヤバいと感じた。
「三日月衝」
出現した三日月型の魔力の塊は、前方にいた兵士たちを容赦なく両断した。
最早、防具の有無など関係ない。魔法というものは本来そういうものである。
続けて、エレノラは術式を展開する。
現在のエレノラには、詠唱時間や魔力の枯渇といった問題がほぼない。よって、ただでさえ倒し難い強さであったものが、今や不可能なレベルに達している。
展開された術式は、解けると同時に地面に浸みこんでいった。
今までの展開からもう死を覚悟している兵士たちの足元から、真紅の棘が生え、その脚を貫いた。
痛みで絶叫する全兵士。
残らず全員、エレノラはその大陸最高峰の魔力制御をもって、伯爵を除くすべての敵の足を地面に縫い付けた。
「―――血針鋲。ナギと作った術式の試し撃ちの的ぐらいにはなってくれてよかった」
「……この悪魔め」
「もうあなたなんてどうでもいい。さっさと家に帰ったらどう?」
「子を産むぐらいしか役に立たぬとは思っていたが、まさか親に牙をむくとはな!」
「……自分の親がここまで小物だと笑えて来る。ナギ、終わった」
「ああ、うん。見てた」
エレノラの背後からナギが姿を現す。
「さて、おっさん。賠償の話だけど」
「賠償だ、と?」
「それとエレノラへの慰謝料とか諸々も含めて5000万Eでいいよ。シュヴラン伯家とヒューゲル伯家に宣戦布告なしで戦争を仕掛けてきたんだから当然だろ?」
「そんなふざけた話が……」
「悪いけど、統括ギルド、ヒューゲル家家長、そして公国も通してあるから。払わないっていうなら、爵位ぐらい吹っ飛ばせるよ?公国の動きも鬱陶しいし、ここらで一つ領地焼き払って、国に賠償してもらっても構わないけど、その場合は払える額吹っ掛けるとは思わないことだな?1000年たっても返しきれないような負債を与えてやる」
「くっ……」
「まあ、まずはたった一人で無事に領地に帰れるかだな。そこの死にぞこないたちはどうするんだ?エレノラの魔術は正確だぞ、完全に脚を破壊している。Lv.3とかその程度のポーションでは治らない。そして支払いの期限は10日だ。少しでも超えたら新術式の実験台にしてやるから」
「くそっ、誰か、動ける者はいないのか!オーリアスはどうした!?」
オーリアスがだれかはわからないが、ナギの解析ではオーリアスだった肉塊が転がっているのは見える。最初に焼け死んだ者だ。
「で、エレノラ、どうする?」
「……家が滅んでくれた方が諸々手続きしなくていいから楽」
「一理あるな」
「……あと、お腹空いたから帰る」
「そうか、そうするか」
ナギたちがヒューゲル家に戻っていく後ろで、伯爵がポーションをかき集め、数人の主だったものをなんとか回復させ、撤退していった。
あのような魔法を食らって馬など生きているはずもなく、徒歩である。
そして、それを眺めていたシャノンはため息をついた。
「ナギ様の予想通り、ほとんどが捨て置かれましたね。どうしてこう貴族というものは、古くなるにつれて、腐敗していくのでしょうね。ナギ様に付け込まれるだけなのに……」
血の海に降り立ったシャノンは呻いている兵士たちに声を掛ける。
「我が主、我が夫、ナギ・シュヴラン伯爵の命によって、今からあなた方を回復させます。特に条件は求めませんが、仕事が無いものは帝国シュヴラン伯爵領エストールに来れば雇ってやる、とのことです。なお、この場で私との戦闘を臨む者は、その後に掛かってきなさい。即座に殺して差し上げます」
シャノンが機巧装置を起動すると、聖術の強力な治癒術式が発動し、兵士たちの足が治っていく。
もちろん、シャノンに襲い掛かるようなものはいない。今までどこに潜んでいたのかもわからない奴と戦闘するのは実力的に不可能だと思っていたし、そもそも、レベル差が圧倒的にものを言う事は先ほど嫌というほど思い知ったところだ。
そして、用を終えたシャノンはすぐに主のもとへと戻った。
「……ほんとに治ってる」
「後で金取られたりしないよな?」
「しかしなんだってあの伯爵様はオレたちを助けたんだ?」
「……そんなことより、あの野郎、何が娘連れ戻すだけだ。滅茶苦茶強いじゃねぇか」
「しかも、自分は逃げやがったし……」
「あの領地もうダメだな……」
「あれが本気かどうかわからんが、いっそシュヴラン伯爵とやらのところに行ってみるか?」
「そうだな……エイバリーの家族にも連絡しよう。どうせオレたちはエイバリーには戻れねぇし」
「つうか、また伯爵様に会ったらぶっ殺しちまいそうだわ」
「違いない」
普段から選民意識の高い伯爵であったようだが、流石にこの扱いを受けた後でついていこうというものは誰もいなかったようだ。
こうして、しばらくしてからまたエストールの住民が増えることになる。