#scene04-18
◇
「……それで、ずいぶん楽しそうな報告だな、宰相」
「そんな、自分がいけなかったからって拗ねないでください、陛下」
シッファー伯が持ち帰った、エストールの開発状況に関する調査報告を読みながらライズがぼやく。
「まあ、実際楽しかったですけどね」
「ほら、楽しんではないか」
「そこはシュヴラン伯がかなり気を使ってくれましたから」
「まあ、あいつならそうだろうな。それに兄上もいたんだし」
「むしろルイテル様は率先して遊んでたような気もしますがね。しばらく軍に縛られていたせいか、揺り戻しがきてるんでしょうかね?」
「兄上の性格なら元からだろう。まあ、父上も特に何も言ってこないし……そういえば、こちらから送った偵察部隊はどうなっていた?」
「ああ、きっちり全員発見されて懐柔されていましたよ」
「それ、本当に言ってるのか……?」
「まあ、若いものには帝都よりもエストールの方が性に合っているのかもしれませんね」
「いやいや、色々と問題になるだろう……父上の代から仕えてくれてる家だっているんだぞ」
「まあ、本人がそっちの方がいいっていうのだから仕方ありません」
「宰相としてそれでいいのか……?」
報告書をため息をつきながら置いたライズに宰相の隣に座っていたエッゲルト公が尋ねる。
「あの若造、思った以上に周囲をしっかり固めておるようですな」
「エッゲルト公からしてもそう思うか?」
「まあ、私が要因の一つでもあるのだろうがね」
「そういえば、エッゲルト公。ダンツィの領主なんですが」
「ああ、あの馬鹿か。あれは私の領分ではない。西のバルテン公にでも文句を言ってくれ」
「西ですか……」
「ああ、西の奴らは、シッファー宰相では話が通じんか……まったく、あ奴らは昔から面倒しか起こさんのだ……」
「公国の動きも正直怪しいので、西側には警戒をしているのですがね」
「まあ、いざとなれば東側から兵を集めるしかなかろうな」
「副都もありますし――何よりも、」
「戦力としてナギ・シュヴラン伯がいる。それに、シュヴラン伯の第一夫人は公国、ヒューゲル家の人間、停戦交渉をもしやすかろう」
「そしてまたシュヴラン伯に権力が集中して、古い貴族たちが文句を言ってくるのだな」
「まあ、概ねそういう形になりますね、陛下」
「次、大きな功績を上げられると、たとえあの若造でも侯爵級の待遇をしなくてはならなくなりそうだが、そのあたり、どう考える?シッファー宰相」
「そうですね。エッゲルト公のご意見もわかりますが……それだと、ディースブルグ候の立場も厳しいので。しかし、何かしらの待遇を考えなければ、他国に逃げられます」
「……もっとも、公国が何もしてこなければいいのだがな」
「陛下、それは少し難しいですな」
「やはり、か」
憂鬱そうな表情で茶を口に含むライズ。
その表情を見てか、見ずか、それはそうと、と、話題を無理やりにでも変えるエッゲルト公。
「シュヴラン伯に頼んでいた件があるのだが、どういった調子か聞いているかね?シッファー伯」
「頼んでいた件……ああ、そういえば、エッゲルト公に会ったら渡しておいてほしいと託された書類があります」
「おお、それを見たかったのだ」
シッファー伯が手渡した封筒は、シュヴラン伯の紋章で封がされており、さらに、どうやって作っているのか封筒自体に、シュヴラン伯家の紋章とミカヅキのロゴが入っていた。
「エッゲルト公、何を頼んでいたのだ?」
「ああ、陛下。気になりますかな?」
「まあ、気になる。あなたがそれほど興奮した様子を見るのも初めてですし」
「どのみち陛下には言う事になりますので、少し早いですが公開しましょう」
エッゲルト公が封を切ると、取り出した書類の中から一枚を抜き取った。
それを二人に見える位置に置く。
「これは……船?」
「ええ、陛下はシュヴランとの協力で陸路での交易路を高速化した。ですが、私の街は海都と呼ばれる街。そこで私は、海上交易用の貨物船の作成を依頼していたのです」
「エッゲルト公の、自費でですか?」
「開発費用を負担する代わりに、我が領地とエストール間の海路をはじめに設置する件と、船に関する利権を2割もらうことになっています」
「抜け目ないですね……」
「……それは国にも利益を回してくれるのだろうな?」
「儲けた分の税金はお支払いしますとも」
「長期航海ができる大型の貨物船などが出来れば、大陸東回りでルーツとの貿易が出来る可能性があります。そうなってくると」
「我が領地にもルーツからの貨物を入れるのが簡単になる上に、エストールの機巧も入ってくることになろうな」
「……それで、この話をわざわざしたという事は、エッゲルト公」
「そうですな、我が領とダールベルクを繋ぐ線路を拡大してくだされば、エストールからの利益を広げやすいのではないだろうか?長距離を鉄道で運ぶのは都合が悪いものもあるだろう。それに海産物などを数時間で帝都まで卸すことが出来るというメリットもあるぞ?」
「海産物はほしいが、前の条件が微妙なところだな……」
「陛下、輸送量などの問題でエストールからの商品が副都で止まる可能性はかなりありますし、暖房器具といった寒い地方向けの商品を手に入れるのはペルシュ経由の方がたやすいかもしれません。エストールに比べれば帝都の方が北にありますし、そういったものは必要でしょう」
「なるほど、一理あるな」
「それに、南北線はある程度拡張してヴェンツェルまで延伸しなければなりませんし」
「ああ――ザイフェルト公か」
「ザイフェルト公、というよりも、ザイフェルト家はルイテル様の母君の実家ですから……」
「まあ、それぐらいはしてやらねば文句を言われるかもしれませんな」
「兄上、そのあたりも問題片付けてから出て行ってくれればよかったのにな」
◆
ナギは、政務館の屋上から大方組みあがった街を眺める。
「まあ、こんなものか」
「ナギ様、寒くありませんか?」
「特に問題はないかな。シャノンこそ、体冷やすなよ?」
「まだ子もいませんからそれほど心配していただく必要はありませんよ」
「――よし、そろそろ行くか」
「どこに向かわれるのです?」
「戦争――ヒューゲル家とな」
「ああ、なるほど。この街が出来上がれば結婚式が控えていますものね」
「街の様子からして、しばらく離れていても勝手にできるだろうし。アレル市長が何とか取り仕切ってくれるだろう」
「それでは、すぐに出発を?」
「いや、それがな、クレハに連絡とってもらってるんだけど」
「ああ、いい返事をもらえないのですね?」
「母親の方は問題ないらしいんだがな、父親が面倒だそうだ」
「うちの祖父も私を嫁に出すのは相当渋っていましたからね」
「え?」
「いや、ナギ様は特別です。なんか波長が合ったのでしょうね」
「そりゃよかった。アイヴィーのとこはいいとして、ジーナの親父さんにも連絡しなきゃな」
「逆にサイアーズを呼びつけてみるっていうのも面白いかもしれませんがね」
「あー、面白そうだけど面倒なことにもなりそうだから今回は自重する」
その時、ナギの背後の扉が開く。
そこからはクレハが顔をのぞかせた。
「こんなところで二人で何してるの?」
「いや、街もできてきたからそろそろ結婚式の準備しなきゃなって」
「そうねぇ、もう直接義父を殴りに行った方が早い気がしてきたし、ちょっと出かける?」
「誰を連れていくかなんだが……まあ、クレハは絶対として」
「私も同行します」
「シャノン連れていくと面倒なことになりそうな気しかしないわね」
「ああ、うん。でも何言っても絶対ついてくるだろうからもうあきらめる」
「良くわかっておいでですね」
「そう言えば、エレノラが公国に一度行きたいようなことを言ってたけど」
「あー……正式に家を出るための手続きをしに公都バヘッジに用があるんだっけ」
「公国の貴族って面倒ですね……」
「エレノラ、その手続き失敗したら私みたいにナギと結婚して無理やり帝国籍になるって言ってたわよ」
「マジかよ」
「まあ、それが一番楽なのは事実よね……」
「家格的にはつりあってるんでしょうかね?」
「いや、エレノラの家は結構歴史ある家だからな……」
「行くかどうかは私が確かめておくわ」
「頼む」