#scene 01-11
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「おう、起きたか。今日は随分遅いが、調子でも悪いのか?」
10時を過ぎたところで部屋から降りてきたナギに宿の主人が声をかける。
「あー……結局朝日が昇るまで作業しててな……」
「そうか、ところで試作してみたのだが、食ってくれないか?」
「なんやかんやで世話になってるからいいけど……」
食堂の席についたナギが器を受け取り、スプーンで口に運ぶ。
見た目はシチューのようだが、味は………
「――どうだ?」
「……いや、これどうだと言われてもな」
「そんなにまずいか?」
「いや、正直不味くはない。だが、しかし………」
「どういうことだ?」
「味が無い。おっさん、これ味見したのか?」
「製作途中ではしたんだがな……待ってくれよ」
自らの器から一口口に運ぶ。
「……なぜ無味なんだ」
「いい匂いはしてるんだけど……何かヤバい物入ってたりしないよな?」
「ぜんぶ今朝市場で買ったばかりの食材だぞ。レシピもあんたに貰った通りに作ったが」
「どうだろう、無味シチューとして名物にするというのは」
「……それで客が入るのか?」
「さあ?」
無責任な事を言うな、という目で睨まれているが、視線は合わせず、腹は減っているので器の中のシチューをかきこむ。
ちなみに解析した結果は“虚無のシチュー”だった。毒はないらしい。
「これだけ味無いのに腹は膨れるってなんか怖い」
「また客に出せないものができたか……」
「オレも客だぞ?……そういえばクレハはもう出たか?」
「黒髪の嬢ちゃんか。ああ、早くに出て行ったぞ」
「そうか、じゃあ、オレも行くかな」
立ち上がると、器をキッチンのカウンターの上にあげる。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ああ、夕飯は「いらん」……だよな」
残ったシチューの処分方法を考える主人を置いて“青い翼”へと向かう。
まっすぐ広場の方へ歩いていくと、何やら人だかりができている。
また、誰かが私闘でもしているのだろうか。
野次馬の1人に声をかける。
「おーい、なんかあったのか?」
「ん?ああ、黒髪の兄ちゃんか。ベアルの旦那がな、昨日のアンタらの闘いを見て、闘志に火がついたみたいでよ黒髪の嬢ちゃんに挑戦したんだが……」
「どうなった?」
「ああ、1分もかからないうちにベアルさんがやられたよ」
「……容赦ねーな、あの女」
「にしても、兄ちゃん強かったんだな」
「いやいや、昨日は向こうが本気出してなかっただけだって、じゃあ、行ってくるわ」
そういうと、クレハとぶっ倒れているベアルに近づいていく。
「おいおい、ベアルさん死んでねーだろうな」
「手加減はしたわ」
意識はないようだが、脈はある。大きな怪我もないようだ。
「まったく、オレの数少ない客に何してくれてんだか……」
「私もそうだけど?それで、注文の品はどんな調子かしら?」
「ああ、できたから後で渡す。それより、おーい、誰かベアルさん運んでやれー」
野次馬の中から“駆け馬”のメンバーが数人走り出て来る。
「たぶん、少ししたら起きるだろう。あ、ポーションはできてるから買うなら声かけてくれって伝えといて」
「は、はい」
「失礼します」
ベアルを抱えて去っていく冒険者を見送った後、ナギもギルドへと向かう。
「目的地は“青い翼”じゃないのかしら?」
「ああ、今日は“剣と車輪”の方に用がある」
何故かついてくるクレハを気にせず、統轄ギルド“剣と車輪”の扉を開ける。
「すいません、ギルド創設したいんですけど」
「はい、それでは書類を……はい、確認しますね」
受け取った書類を確認する。
「……ええっと、メンバーは1人でホームは未設定ですか」
「まあ、なんとかなるかと」
「とりあえず、創設費用は先払いです。それと、“青い翼”からは脱退することになりますのでギルドカードの返却をお願いします」
「費用は、金貨2枚だったな」
金貨とカードをカウンターに置く。
しばらくお待ちくださいと、受付嬢が奥へ引っ込む。
「本当にギルド創ったのね」
「そうだな。あとは腕利きの奴が入ってくれれば万々歳なんだが」
「傭兵ギルドなのかしら?」
「いや、その予定はないけど。まあ、“青い翼”以上の何でも屋?」
受付嬢が奥から戻り、ナギにカードを渡す。
黒色のカードに金の三日月の刻印。
「ギルド“クレセント”を承認しました。規約に従っての活動をお願いします」
「了解。あ、メンバー増える時は剣と車輪に言いに来ればいいのか?」
「そうですね。二人目以降のメンバーのカードの発行には手数料がかかりますので、お忘れなく」
「そうなのか。覚えとくよ。じゃあ」
剣と車輪の建物を出ると1つ伸びをする。
「よっし、ちょっと稼ぎに行くかな」
「私も、報告に行かないと」
そういうとクレハは向かいの“青い翼”へと入っていく。
「狼は狩りつくされてるだろうから、狙うとすると熊か猪か……」
門の外へと歩いていく。
舗装のされていない荒れ地を進む。
右手には深い森が、左手にはよくわからない古代文明の遺跡が存在する。
何千年か前の文明の遺跡らしい。
この世界は発展途上の世界。共和国の首都にある図書館にあった資料を見る限り、この世界には頻繁に異世界から人が堕とされているらしい。
そうしてその度にねじ曲がった発展をし、やり過ぎた文明は神の意志によって消し去られる。それを繰り返して今に至るようだ。
自分が生み出すモノが世界滅亡へのトリガーになるかもしれないとはなかなかスリリングな世界だ、とその程度の考えでこの2年を過ごしてきた。
そして、彼はまた一歩前へと進んだ。
それがこの世界の発展への道か、滅亡への道かはまだわからない。
今日の目的は今朝完成させた剣を試すためで、遺跡はゴーレムとか骨とかそういったジャンルの魔物が多いため不向きである。
森へと足を踏み入れると、狩りが行われた証拠として血の臭いが漂っている。
その分、獣たちもご機嫌といったようで、
「あーあ、いきなり囲まれるとは」
5頭の狼がナギを取り囲む。
「まあ、実験にはちょうどいいか」
腕輪から取り出したのは機巧装置が付属された太刀。
「コイツらの弱点は、風だったな。あとは、これもいるな」
柄の上部についているスライド部分を引き、中に翠の魔宝石を入れる。
そして、もう一つ取り出した魔宝石――真紅の石を右手の籠手へ。
一瞬吐き気に襲われるが、昨日のうちに何度かやって慣らした甲斐があったようで、すぐに動ける状態だ。
「さてと、ヒューゲル流皆伝者の剣術とやらはどこまでのもんかね」
刃はうっすらと風の属性の魔力を纏う。
狼たちは低く唸りこちらを警戒している。
「よしよし、待たせたな。だがまあ、こっちはまだ未完成だ、」
「本気で行くぞ?」
剣を低く構え、狼たちへと向かって行った。