#scene04-16
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「いや、しかし、ほんの数か月でここまでの街を、ここまでの体制を作り上げるとは」
「これでもまだ未完成なんですがね。エストールメトロが完成すればこの街はいったん落ち着きますね」
「しかし、この規模であると副都よりもすごいかもしれませんね。いや、面積的な問題ではもちろん副都の方がおおきいのですがね?使われている機巧技術のレベルや、それ以外にも街づくりに関しては最先端といっても過言ではないですね」
「初めから鉄道を中心に組み立てていればこうなりますよ」
「帝都は鉄道駅を地下に建設していますからね。我が領地は高架タイプの駅にするほうが格好いいでしょうか?」
「そうですね。勿論工事は手伝いますが、高架型にするとそれなりに強度とかが問題になりますから比例してお金もかかりますよ」
「多少は貯えがありますから。街の景観もある程度守りたいですし、広範囲牧場をつぶすのも問題です」
「なるほど、それは後程相談しましょう。鉄道系のギルドの長も呼びますので」
「よろしくお願い致します。シュヴラン伯」
「……お二人とも、仕事の話はそのあたりで。シッファー伯の奥様とお嬢様が退屈してらっしゃいますよ」
「これは申し訳ない」
「ああ、ふたりとも、すまない。つい熱中して」
よそ行きの口調のクレハに窘められて二人で母娘に謝罪する。
現在、シュヴラン邸にはシッファー伯ご一家が、エストールの開発進捗の確認という名目で遊びに来ている。
その対応をしているのはナギとクレハで、勿論といっていいものかシャノンもいるが、今日は珍しく補佐としてジーナが同席している。なお、アイヴィーは仕事でリュディとともにミカヅキにいる。
ちなみに、今日、ジーナが同席しているのにも理由があり、現在ほぼ断交状態の王国との国交、その玄関口となりえるのがジーナおよびアルティエリ子爵家だけという状況なのである。宰相としての仕事でジーナ経由で王国に情報を伝えたりするという役割もあるのだった。
当のジーナは割と必死に書記をしつつ、シャノンから与えられるお菓子を食べている。
「そう言えば年末に何度か祭をしていたようでしたが」
「ええ、二度ほど。12月20日に雪華祭、12月30日に年越祭というのをやりまして。急ピッチで開発ばかりでしたから、たまにはこういうのをしないと領民もつまらないだろうと思いましてね」
「なるほど、それは良い考えです。雪華祭の方はうちの領にも声を掛けていただいたようで、かなりの収益が出ていましたね。参考までにどういった催しかを教えていただいても?」
「それほど大したものはありませんよ。資料としてアーケイン氏に写真を撮っていただいておいたので、どうぞこれを」
そういうと、タイミングよくシャノンがアルバムらしきものを手渡し、ナギがそれを開いてテーブルの上に広げた。
色彩豊かなライトが輝き、様々な露店が並んでいる。広場ではバンドが演奏し。領民は嬉々と祭を楽しんでいるように見えた。
「これは、すごいですね」
「ミカヅキで実験的に作った多色照明のテストも兼ねてます」
「なるほど、これは華やかで美しい」
「ディースブルグ候やパウル子爵からはご好評をいただきましたね」
「ディースブルグ候が、帝都に居て残念であったなと言っていたのはこれですか……」
「年越祭の方は、これよりももっと規模の小さいものです。軍の人間や政務系のものなど、若くて所帯を持ってないものをたくさん登用してますから、独身向けに騒いで年を越せる場所を作ってやろうと思っただけです」
写真には、マイクに向かって歌うクレハの姿と、楽器を演奏するナギやルイテルが写っている。
「シュヴラン伯は楽器も演奏できるのですか?」
「昔、少しだけかじったのです。思い出すのに苦労しましたよ」
「なるほど。奥方殿は歌を?」
「いえ、習っていたという事はないんですが」
「そうですか。私は芸術方面の才能がないので少々羨ましいです」
「まあ、私も絵なんかはセンスがないと妹によく文句を言われます」
そんな話をしていると、ノックとともに特に確認することなくドアが開き、ルイテルが入ってくる。
「やあ、待たせたね」
「用事は済んだのか?」
「まあ、それなりに。ナギの手伝いをしてるだけなのに領地運営とはここまで忙しいかってかんじだね。一人で領主と宰相なんてしてるシッファー伯を尊敬するよ」
「まあ、うちの領地はほとんど代官に任せていますがね。さすがに同時に処理できるだけの能力は私にはないです。はやく宰相など辞めたいところですけど」
「宰相を辞めてもらってもいいけど、後任はしっかり見つけてからにしてね」
「それはわかっております。現在、探しているところです」
「ナギはダメだからね?僕が忙しくなってしまう」
「わかっていますよ」
「じゃあ、そろそろ食事にしようか。エストールの責任者には軒並みを声を掛けておいたから」
「それはありがたいです」
「ナギはかなり分権してるから、ナギだけに話通せば交易が成立――とはならないのがこの街のいやらしいところだよね」
「逆もまた然り、商家の頭取に話を付けるだけではなく、組合というコミュニティにとの交渉を成立させなければ大きな取引は行えないようになっているのですね」
「総合に縛っておけば、そう簡単に上と下の齟齬は発生しない――はずだよ。政務官も超優秀なものを引き抜いて来たからね。決められた税はきっちり持っていくし、収支が合わない会社は徹底的に突くからね」
ルイテルに連れられてシッファー伯が移動を始める。
「コレット様、フローラ様、ご案内しますね」
「ありがとうございます。シャノンさん。でもそんなに畏まらなくてもよろしいんですよ?」
「しかし、コレット様は侯爵家の方と聞いていますし。私はナギ様の妻ではありますが、平民ですので」
「私はあまりそういう事を気にしませんから。うちの父も。そうでなければ成り上がりの新興伯爵家に嫁いだりできませんわ」
「そう、でしょうか?」
「しかし、ナギ様はおきれいなお嬢さんばかりこんなにも囲って」
「私は元々傭兵でしたし、ナギ様と殺し合いをしたことがあります。クレハ様は家格は高い方ですが、ナギ様と出会った頃は冒険者をしていました。元々闘争心が高い方でしたのでナギ様と本気で戦ったことがあるそうです。ジーナも冒険者でしたし、アイヴィーは商売敵の家から攫ってきました。アイヴィーは足が不自由で、ほとんど歩くことが出来ませんが彼は特に気にした様子もなく、彼女と接しています。ジーナの真意はわかりませんが、少なくとも我々3人は、彼という男に惚れてここに居ますので」
「あの、シャノンさん。それだと、私がナギさんのこと嫌ってるみたいじゃないですか?」
「いえ、嫌ってはいないのは知っていますが」
「私だって、あの人と好きで一緒にいますよ。知ってますか?クレハさんより先に口説かれてたのは私なんですから」
「それは仲間にならないかって話では?」
「お母さま、なんだかシュヴラン伯爵様の奥方様の話は物語に出てくるような派手なお話ですね」
「そうですね。ですが、どれも真実であり、そういった行動をとれるからこそ、うちの旦那様も惚れ込んで一緒に仕事をしているのでしょう」
「なるほど……?」
「クレハさんは、そろそろ子どものご予定とかは?」
「そうですね、とりあえずナギがうちの両親に挨拶をしてからじゃないと、と言ってますから、最低でも式が終わってからですかね?」
「そうですか。うちのフローラは婿を取ることになりますから、女子を産んだら是非そちらの長男のお嫁にもらって頂きたいところですわ」
「うーん……そのあたりは何とも言えませんね。ディースブルグ候の方からもそういった話が来る可能性もあるので、現時点での了承はしかねますね」
「うふふ、そうですか」
「……?どうかされましたか?」
「いえ、皆様、想像以上に聡い方ばかりです。中央のお嬢様育ちの皆さんは、貴族の娘のくせに貴族の習わしには疎く、政治に疎く、軍事に疎く、魔法も使えず、武術も身に着けていない。そういった方ばかりですので、私とはあまりお話が合いませんの。これからも仲良くしくださいね、シュヴラン伯爵夫人の皆様」
「え、ええ」
「といっても、わたしよりも皆さんはフローラと年齢が近いぐらいですよね?」
「そうですね、私が19で、シャノンが20、ジーナも19で、アイヴィーは18でしたね」
「私がヴィリバルドに嫁いだのが16で、翌年にフローラを産みましたから、貴族の婚姻として遅い方でしょうか」
「そうですね。ナギはそもそも、貴族であることになっていたのを知ったのがつい半年ほど前ですし、私も結婚等するつもりはなかったですから」
「ヒューゲルが拾った剣の姫の名前は帝国にも届いていましたよ」
「それはお恥ずかしい限りです――あの頃はまだ未熟でしたから。今であれば、そんな悪名がとどろく前に、眼にしたものすべてを切り伏せることもたやすいというのに」
「あらあら、お転婆はいけませんよ」
「申し訳ありません、少し、剣士としての血が騒ぎまして」
「……クレハ様は、どれぐらい御強いんですか?」
「そうですね、フローラ様。この大陸で私に勝てるのはナギのみです。それ以外の者は私にとっては大差ありません。すべて瞬きする間に倒すことが出来ます」
「それではいまいちわからないかと、クレハさん」
「ああ、ごめんなさい。そうですね、簡単に言うと、私とナギの戦力は全帝国軍を鼻歌を歌いながら全滅させられる程度です」
「えっと……?」
「クレハさんの御姿からは想像できないでしょうけど、大陸にはそういった人がいるんですよ、フローラ」
「お母さま、本当なのですか?」
「ええ、まあ、そこまでとは思ってませんでしたけど……」
「まあ、流石にルイテルやペトラのクラスになれば瞬殺は難しいでしょうし、アーリックやシャノンが沢山一斉に来れば状況によっては苦戦するかもしれないけれど……」
「……クレハさん、お二人が引いてますから」
「おっと、失礼しました」