#scene04-ex4
◇雪華祭・後
祭も終わりに近づいてきているが、街の様子はまだまだ盛況だった。
売り切れた出店は早々に片づけを行い、今まで自分の店に詰めていた売り子たちが街に出始めているため、店舗や酒場が大いに盛り上がっている。
しかも、ここに早々に引き上げているという事は、それなりの売り上げもあったという事で財布にはたっぷり儲けが入っており、財布のひももゆるくなっている。
閉会まではあと2時間ほどで、政務部と警備担当の軍部は片付けの予定のために奔走しているが、
「――どうしてこんなところで飲んでるんですかね?」
「うわ、ナリス!?どっから湧いて出た!?」
「どっからって、僕の管轄である歓楽街の高級店で月将が二人も昼から飲んでればわかりますよ」
エストール領郡は、現在5つの隊に分かれている。
蒼月隊は、沿岸部・軍港の警備、海上の警備。
紅月隊は、領地内の警邏・不利益をもたらす魔物、犯罪者の排除。
紫月隊は、情報収集・情報整理・事務全般・潜入・護衛。
白月隊は、山間部の警備・坑道の警備。
桃月隊は、市内警備・要人警護・鉄道の警備。
今回の祭りで忙しいのは紫月隊と桃月隊で、蒼と紅もそれなりに仕事があるはずだが。
「いや、俺んとこの白月はそれほど仕事ねぇし」
「まあ、ボルス白月将はいいです、イザリーお前はダメだろ!」
「いだだだだだ、お前、女みたいな見た目のくせに力強すぎるだろ!?」
「当たり前です、月将なんですからそれなりに強いに決まってるでしょうが」
「というかお前こそ、領主様の警護はどうした?」
「アーリックさんが戻ってきたのでもうオフです」
「あー、いてー……それで、わざわざここに来た理由はなんなんだよ」
「ボルス白月将がいると聞いたのでたまには一緒に飲もうかと。普段ははなす機会も少ないので」
「俺は基本的に鉱山の方にいるからなぁ。もうちっと落ち着いたら戻ってこれるんだろうけどよ」
「ですねぇ。僕も歓楽街――というか観光特区でしたっけ。そこの整備に駆り出されてますしね」
「そう言われたら、オレなんか大抵外だぞ。今日ぐらい飲ませろや」
「いや、今日も仕事あるでしょうが」
「は?お前、昼に聞いた時、部下に全部任せてきたって言ってたよな?」
「そうそう、やってくれてるって、というか、オレもそろそろ仕事戻るし」
「……イザリー、そんなお前に領主様から伝言を預かっている」
「お、なんか嫌な予感が」
ナリスがカードを取り出し、イザリーに渡した。
イザリーがそれを恐る恐る開くと、無駄に達筆な字で『減給決定☆』と書かれていた。
「ぬおおおおお?!」
「はっはっは、ざまあないですね」
「それは身から出た錆だな」
「今から土下座しに行ったら何とかなるか?」
「まあ、あの領主様なら笑いながらきついペナルティくれて許してくれると思うけど」
「朝まで魔物狩りとかなら全然する。今、引っ越ししたばっかりで金ないから減給は困る!」
「領主さまは許してくれると思うけど、ヤイシュバラ紫月将まで通ってたらもう手遅れだね?」
「まず、マイカの機嫌取りからするか」
「残念ながら手遅れですよ、ロード紅月将」
「この声は」
店の入り口に制服を着込んだ二人の女性が立っている。
蒼月将と紫月将の階級章がついているということは、
「お疲れ様です、ヤイシュバラ紫月将」
「ルーレイド桃月将も、お疲れ様です。何やら警護中に酒飲んでたという噂を聞いてますが」
「ええっと」
「……まあ、領主様の許可が出ているらしいので見逃しますが」
「セーフ」
「お前も仕事しろよ!」
「いや、僕、今日本来はオフですからね。フロッド蒼月将も港の方は大丈夫ですか?」
「ええ、流石にこの時間から船の出入りはないだろうしー」
「じゃあ、飲みましょうか。領主様から小遣い貰ってるんで僕奢りますよ」
「よっしゃ!」
「イザリーはさっさと仕事行け」「お前は働けよ」「早くいかないと給料消しますよ」
「うぃっす」
イザリー・ロードが急いで現場へと走っていったのを確認してから、ナリスたちもソファに座り酒と軽食を注文した。
「領主様も、思い付きでこんなことなされるのは辞めてほしいのですが」
「いいじゃねぇか、楽しくて」
「ガルガンさんは今日忙しくないからいいですけど……」
「俺が忙しくないだけで、部下たちはみっちり警備中だがな。まあ、今日非番の奴らははしゃいでたが」
「鉱山の方までメトロが完成すれば、ちょっと昼からとかいうのもできるようになるかもしれませんがね」
「それができりゃ、交代制で祭りに参加できるようにシフト組んでやるぐらいのことはするさ」
「私は結構楽しかったよー。ディースブルグ候の船もあったから警備外せなくて、ずっと港にいたけど部下たちが色々差し入れもってきてくれたし」
「私も概ねそんな感じですね」
「僕は基本的にナギ様と一緒に遊んでただけですね」
「あー、私もそれがよかった」
「だな。あの領主様、割と頭おかしいけど、面白い人だし」
「ガルガンさん、領主様のことを悪く言ってはいけませんよ」
「褒めてるんだよ、これは」
「何やかんや言って、マイカちゃんは領主様のこと好きだよね?」
「それは、もう。女でこの歳でここまでの位をくれる貴族なんてそうそういませんからね」
「確かに、珍しいっちゃ珍しいか」
「軍部のトップは一応アーリックさんになってるけど、給料全般握ってるヤイシュバラ紫月将が実質のトップだよね」
「経理やらを学んでおいてよかったです、ええ」
そのタイミングで運ばれてきた食事とお酒にそれぞれ手を付ける。
「ルイテル王子経由で話が来たときはどうなるのかと思ったけど、王都に籠ってるよりは全然楽しいね」
「そういえば、ルーレイド桃月将は王都の軍にいたんですね」
「一応禁軍にね。イザリーもだけど」
「ロードが禁軍って考えられないわ」
「あれでも中隊長ぐらいだったと思うけど」
「ええっ」
「能力はあるんだよ、サボり癖があるだけで」
「それは矯正していかないといけませんね」
マイカ・ヤイシュバラが眼鏡を光らせる。
「ヤイシュバラ紫月将とボルス白月将は西側の出身だったよね?」
「はい。私はまあ、それほどでもない末端の部隊に」
「俺は公国との国境だな」
「あっちの方はあまり治安良くないようなことを聞きますけど」
「西側は古い貴族家が多いですからどうしても権力争いとかでごたつきますね」
「ああ、ほんと勘弁してほしいぜ」
「ここらはあんまりそういうの居ませんけど」
「いえ、いますよ」
「え?」
「先代がやらかしてこの僻地まで飛ばされた男爵が東側に」
「あー、そういえばそんなの居たねー」
「パウル子爵は領主様と仲良くしていますが、そのもう一つ向こうのボンクラはまだ挨拶にも来ませんからね」
「死にたいんですかね?」「死にたいのかな?」
「まあ、端っこに領地もっといて、領主様から鉄道っていう恩恵得られなかったら経済的に死ぬのは必至だな」
「エストールには色々なものが集まってますからねぇ。ここと交易できないと東側で生きていくのは辛いんじゃないですかね」
「それにうちの領地には虎の子であるルイテル様がいますから」
「ナギ様だけでも強いのに、そこにルイテル様の力まで乗っかると……」
「私、この領地に着任してよかったと思うことが二つあるんだよね?」
アイリス・フロッドが指を二つ立てる。
「一つは、好待遇で、こんなすごい町で働けて良かったってこと」
「まあ、私もそう思います」
「一つは、万が一の時にナギ様や奥様方、それに“黒き新月”の皆々様を敵に回さずに済んだってこと」
「ああ、俺もそれは心から思うぜ」
「僕も」