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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
115/131

#scene04-ex3



◇雪華祭・中


祭開始から約2時間が経過した。

市民は思い思い祭りを楽しんでいるようで、主催者側としてもかなり満足のいく結果となっている。

また、数自体は少ないが傭兵や冒険者といった流浪の職業の者たちもいくらかはこの祭りに参加している。

これが終わり次第この街の様子を大陸各地に伝えてくれるだろう。


「うーん、この雰囲気といい、最高だね」

「……ルイテル様、あの、毒味とかは」

「大丈夫大丈夫、ナギから抗毒の機巧装置貰ってるし」

「そういう問題ではなくてですね」

「ペトラも食べるかい?これなかなかイけるよ」

「え、あの、むぐ!?」


ルイテルが持っていたたこ焼きと呼ばれるそれをペトラの口の中に放り込んだ。

突然のことと熱さに目を白黒させるペトラ。

それを見て笑いながら、ルイテルは果実酒を煽った。


「あづいです……もう、酷いですよ、ルイテル様」

「美味しかっただろ?」

「ええ、それはそうですけど……」


本来、公爵様の身分でこんな風に街を好き勝手に歩き回って買い食いをするなど、色々と問題が出てくるものだが、それに気を使うべきナギがまったく気にしておらず、本人もこの性格なので、祭を謳歌していた。

むしろ、ルイテルの行動につき合わされてある程度慣れているとはいえ、貴族らしく育てられたペトラの方が困惑している。


そんなことを知っているが、ルイテルは気にせずに出店を冷やかしながら祭を楽しんでいた。


「そんなに心配しなくても、一応護衛はつけてもらってるしさ」

「いえ、そっち方面はまるで心配しておりませんが……」


ナギの付けたエストール領軍桃月隊の軍人が2人ほどルイテルとペトラについているが、ルイテルの奔放さに毒され始めている2人は、屋台で買った食事をつまんでいる。

ただ、腕自体は、ナギやアーリックといった規格外たちに扱かれているので相当なものである。


「おや、ルイテル様、ナギ様が領内で作る予定の果実を使ったデザートの店を数量限定で中央広場に出したみたいですよ」


無線で届いたふざけた情報を大真面目な顔でルイテルに伝える護衛(男)。


「いいね、そろそろ甘いものも食べたいと思ってたんだ」

「あの、ルイテル様」

「ペトラもたべるだろ?」

「食べます」


まだ見ぬ甘味の誘惑にあっさり折れたペトラを連れて、それなりに盛況している中央通りから公園内の広場に入った。


「おっと、結構並んでるねぇ」

「軍の無線まで使って情報を取得したのにこれほどとは」


少し悔しそうにしている護衛(女)。


「まあ、並ぼうじゃないか」

「ルイテル様って貴族らしくないですね……」

「こういうお祭だからね。並んで美味しいものを買うのも醍醐味だと思うよ。ねえ、パウル子爵」


ルイテルが前に並んでいたそれなりに身なりの良い男性に話しかける。

少し恰幅のいい、優しそうな顔をしたこの男性は、エストールの東に領地を持つパウル子爵であった。


「び、ヴィーラント公!お久しぶりです!」

「いいよいいよ、畏まらなくて。で、子爵もこのデザート求めて?」

「ええ、せっかくエストールに来させていただいたので、この機会に羽を伸ばそうかと。嫁や子供には文句も言われそうですが」


パウル子爵とともに彼の護衛と思われる人物も並んでいる。


「なんでも、果物をふんだんに使ったタルトを販売している様なのです。ただ甘いだけの菓子とは一線を画す美味しさがありますな」

「そうだねぇ。まあ、僕は、ナギと行動している分、砂糖を全力で入れたものを美味しい美味しいと食べている他の貴族たちが笑える程度にはいろいろ食べさせてもらってるけど、こういう菓子ならば見た目も良いし、紅茶の味を損なわないよね」

「なるほど、私、甘いものと一緒に蒸留酒など戴くのが好きなのですが」

「おお、いい趣味だね。今度、ナギに頼んで食事会でもしようじゃないか」

「いいのですか?私としては願ってもないことですが」


そんな話をしている間に、パウル子爵の順番が回ってくる。


「おや、パウル子爵。言ってくだされば並ばずとも用意しましたのに」

「いえいえ、シュヴラン伯、こういうのは並んでこそ美味しさがわかるというものです。2つお願いできますか?」

「わかりました。銅貨10枚です」


ナギから手渡されたのは、その場でかぶりつくことを想定された形に成形されたフルーツたると出会った。

桃や蜜柑、梨といった果実が、シロップを纏って輝いている。

公園内の開いているベンチが近くにあったため、そこに座り、2つ買ったうちの1つを護衛の男に渡す。


「お前も食うといい」

「え、いいんですか?」

「せっかくの祭りだというのに、何もなければつまらないだろう?」


そういうと、パウル子爵はフルーツタルトに齧り付いた。

少々、行儀が悪いとも思ったが、口いっぱいに味わえるフルーツたちの味と、タルト生地のザクザクした食感は、こういった食べ方でしか味わえないとも思った。

中に入っているカスタードも、上品な味わいで、いままで食べてきた菓子よりもおいしく感じられた。


「おお、これはすごい。生菓子だから持って帰れないのが残念でならんな。これさえ持って帰れば、自分だけ遊びに行ってと文句も言われまい」

「確かに、これは……見ためからしてすごい高そうな一品ですけど……期待を裏切らない味ですね」

「エストールと鉄道網が完成すれば、ラングからの乳製品も入ってきやすくなる。うちの領地でもこういったものが食べれる日も遠くない」

「おお、そういわれると、私にもシュヴラン伯と懇意にする意味が分かりやすいです」

「彼自身が人間的におもしろい人物だというのもあるが、領主である以上、領民の発展を祈るのは当たり前だよ。エストールの人口が増えれば、うちの領の木工もよく売れるし」


先ほど確認しに行ったところ、自分の領地から来ている商人たちは、順調に商品を売っており、とても幸福そうであった。


「ここに居たのか、パウル子爵」

「おや、ディースブルグ候。来られていたのですか」

「シュヴラン伯がまた何かやらかすと聞いてな。おっと、勿論妻もつれてきている、抜かりはない」

「お久しぶりです」


挨拶をするディースブルグ候の奥方に挨拶を返す。


「しかし、エストールがこの調子で発展してくれれば、お互い交易だけでそれなりにもうけが出るな」

「そうですね。まだまだ人口は増えるでしょうし、うちの家具も飛ぶように売れています」

「子爵の領の家具は丈夫でデザインも優れているからな」

「ありがとうございます。それで、まあ、うちの領はしばらくは好景気が続くでしょうね」

「ディンガーも州都としてより発展させなければな」

「ディンガーやリューベックには古代遺跡の名残がありますからね、街並みがとてもきれいで羨ましい限りです」

「ありがとう。まあ、エストールもかなり先進的で整った街になっている。州都として負けないように努めるが、これはこれで素晴らしいものだ」

「オールディス半島の玄関口になる街ですから、それなりの華やかさがなければ、中央の領地無し共に我々までなめられましょうよ」

「そういう意味では、本当によくやってくれたと思っている」

「よくこの短期間でここまで町を作ったものだと思いますね」

「我々には流石に真似できんからな……ところで、パウル子爵、その菓子は?」

「おお、これはですね、シュヴラン伯があちらで販売していたフルーツタルトです。非常に美味です」

「そうか、気になるから私も買いに行こう」

「数量限定といっていましたので急いだほうがよろしいかと。私が購入したときはあと7割ほど残っていましたが」

「なんと、それは急がねば。それでは、また」

「ええ、また」


ディースブルグ候とその妻を見送ったパウル子爵はエストール観光を再開するのだった。


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