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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
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#scene04-ex2

また遅れました、ごめんなさい!


◇雪華祭・前


年末まで残すところ数日となったある日。

エストールの街(仮)に雪が降り始める。


「あー、これ積もるかな?」

「どうでしょうか?王国ではあまり降りませんでしたから……」


新たに作った“エストール市役所”の領主政務室で書類にサインをする手を止めて窓の外を眺めていた。

そこへ、ドアをノックする音が聞こえる。


「はいよ」

「失礼します、シュヴラン伯」

「どうかしたのか?アレル市長」

「この書類なんですがね……」


入ってきた30代ほどの男はアレル・リブステインといい、法衣男爵の次男坊らしく、さっさと貴族を捨てて政務官になった非常に優秀な男だ。

ルイテルと知り合いだったらしく、ルイテルに呼ばれてこの街へやってきた。


そして、その能力を正しく評価した結果、この街の市長という役職についてもらうことになった。

いわゆる、代官という地位も含み、ナギが不在の場合、かつ、ルイテルもいない場合は彼がこの街の全権を握ることが出来るというわけだ。


「ところで、アレル市長。これって積もるかな?」

「どうでしょう……あまりたくさん積もられると工事に遅れが出るので早めに止んでほしいですね」

「窓から見てる分にはきれいなんだけど……おっと、ひらめいた」

「何をですか?」

「そろそろ年の瀬だし、軍部も政務部も勿論市民の皆にも相当無理して街を作ってもらってるからな、ここらで一つ息抜きをだな」

「なるほど、良いアイデアですね」

「シュヴラン伯、それ、我々の仕事増えませんよね?」

「無論増える」

「ひえええ」

「まあ、何とかする。仕事といっても、出店の許可とかそういうのだけ取ってくれれば」

「そのぐらいなら何とかしますが……」

「当日は半日休んでいいぞ」

「半日ですか」

「当日の業務もあるし全員抜けられると詰む。ただでさえ、陛下から早く街創って呼べってせっつかれてるのに」

「え?皇帝陛下がお越しになるんですか?」

「そのつもりらしい。だから、早めに祭とかやって領軍にも警備のシミュレーションをしてもらわんと」

「連絡いたしますか?」

「頼むわ、シャノン。とりあえず、向こうの警備能力がどんなもんかも見たいし、紫月隊と桃月隊を中心に計画を組むように伝えてくれ」

「わかりました」


シャノンが通信機で領軍の本部に連絡を付けている間に、ナギは適当な日にちを選んでアレルとすり合わせをする。

祭といっても今回用意できるのは少し出店が出る程度のささやかなものだが、他の都市と比べればかなり人口がいる街となっているエストールでは多くの人が動くに違いなかった。


「アレル市長。これ片付けたら、ベイリー商会と爺様のとこに行ってくるから」

「ええ、そのお二人には協力していただかないといけませんからね」


かくして、ナギの思い付きで計画された『雪華祭』は、着々と作り上げられていく。

大量の食料品や酒はベイリー商会が仕入れ、それぞれの商店や、屋台商に卸す。

変わった機巧装置や、おもちゃのようなものを“ミカヅキ”が販売する。

漁業組合ではその日のために新鮮な海産物を多く用意し、婦人会の皆々様が漁師料理の屋台や海産物の販売で一儲けしようと張り切った。

せっかくなのでと隣の領地にも声を掛けて、ディンガー、フェッツ、ラングからそれぞれの特産品を売る行商を呼んだ。


特にディンガーからは線路状況と輸送時間のテストをするため、鉄道のテスト走行と輸送を行ったため、多様な菓子や蒸留酒が届けられ、それに伴ってかなり多くの商人が祭りへと参加することとなる。


そこまでの規模となり、俄然盛り上がってくると無駄に張り切るのがナギとキーリーの似たもの兄妹である。

あっという間に中央公園や駅前の広場にかなり精密で立派なモニュメントを建てたりして行った。


また、珍しくクレハの興が乗ったため、クレハによる異世界風料理講座も開かれ、屋台に並ぶ料理が一気に多様になった。


「おいおい、ナギ。こんな楽しそうなことに僕を噛ませないつもりかい?」

「ルイテルか、何かしたいのか?」

「そうだな、じゃあ、僕は僕の伝手でバンドでも呼んであげようか?ジャズっていう変わった音楽なんだけど、僕は好きでね」

「おー、オレもジャズは好きだね。カミナさんが広めたんかね?」

「共和国が出自らしいけどね。まあ連絡はしてみるよ」

「そう言うのってどれぐらいギャラ払えばいいんだ?」

「彼らは僕が個人的に気に入ってるだけでそこまで売れてるわけじゃないからそう高くないけど全体で銀貨50枚も出せば十分かな。それと、ここまでの旅費と」

「というかもう3日ぐらいしかないんだけど来れるのか?」

「副都にいるはずだからね」

「じゃあ、何とかなるか……あれだったら車使ってくれ」

「いいのかい?あの大型の自動車気になっていたんだけど」

「あれもまだ試作品だけどなぁ。とんでもないコストがかかってるから売りに出せる代物じゃない」

「なるほど」

「というか、ルイテルが運転するの?」

「勿論」

「……公爵様直々に迎えに来るってどうよ。心臓に悪くないか?」

「大丈夫だよ、たぶん」

「……なんだその根拠のない自信」


そんな話からあっという間に3日が経過した。

街の完成度は未だ70%に届かない程度なのだが、他の地方都市と比べるとこれでも圧倒的に優れた都市になっている。機能性だけ言えば王都にも劣らないほどだ。


そんな中で突然告知された『雪華祭』なるお祭の予告に、市民は興奮していた。

ほんの数か月で街をここまで作り上げた領主の主催する祭である。期待しないはずもない。


当日目を覚ました市民たちは、街の様子の変わりように驚いた。

急ピッチで作られたモニュメントや風情ある形の街頭。

そして、雪華祭の名にふさわしい白雪がはらはらと舞い、街の中心部は提供:ミカヅキの機巧式電飾によってさまざまな色に彩られている。


今回は街が未完成なこともあり、開催地区は中央街区の中心部から北へ抜ける範囲のみだが、それでも多種多様な出店が出店していた。


「王国式エッグタルトのお店はこちらです!」――はーい、こちらはフェッツの出張店だよ!木工細工から家具まで取り扱ってるよ!」――クレハ様直伝のホットドッグの店はこっちだよ!」――おっと、うちのシチューはラングのミルクを使ってるからそらうめぇよ!」――ミカヅキ出張店舗でーす。機巧装置の修理やってまーす。勿論新品もありますよ!」――輸入雑貨の店ですー。あー、ベイリー商会でーす」――おっと、兄さん、今朝獲れた魚を使ったフィッシュアンドチップスはいかがな?」――むこうの店でも使ってる、ラング産のチーズはここで買えます!あと、ハムとかも取り揃えていますので是非!」――おい、お前ら酒は足りてるか!」――おい、そこの、酒のついでにつまみも買ってけ!昨日領主様に教わった恐ろしく酒の進む料理たちを味わうがいい!」――こちら政務部の露店です!やっぱこういうのは参加していかないとね!領主様直伝からあげはここでしか買えませんよー!」――ふふ、なんの我々軍部紅月隊はこの日のために、領主様に秘密兵器を依頼している!視よ、このたこ焼き機を!」


そしてステージの置かれた、中央公園では、開会宣言の直後、領主とそのクレハがキンキンに冷えたエールをステージの周りにいた親父共に配り、乾杯して朝から飲み始める事態に。

バックミュージックとしてルイテルのよんだバンドが演奏する小粋なジャズが流れ、アーケインがノリノリで用意したスピーカーによって音は街中に伝播していく。


「おーい、お前ら調子はどうだ?」


ナギの声が響くとあちらこちらで歓声が上がる。


「ここまで数か月相当無理してもらってるし、春までに街を仕上げるためにも、政務部も軍部も商業も農林水産も工業も鉱業もその他いろいろもまだまだ頑張ってもらわないといけないが、あと10日もしないうちに年が明けることだし、ここらで一度息抜きしても罰は当たらねぇよな?」

『うおおおお!!』

「今日は存分に飲み食い歌え!おっともちろん金は払ってもらうぜ?それと明日から29日まではノンストップで仕事だからなお前ら!」

『うおおおおお!!』

「今日仕事の奴もそうでない奴も祭を楽しんでくれ!あ、今日、警邏担当の軍部の奴ら、酒飲んだら明日の訓練量増やすからな?」


『横暴だー!』『チクショー!』という声が警備している軍人から上がるが、会場はそれを聞いて爆笑が起こる。


「まあ、安心しろ。なあ、ナリス」

「ええ、今日警備担当の人たちには、終わり次第領主様からねぎらいのスパークリングワインがありますので、僕のところに取りに来てくださいネ」

『いえええええええ!!』

「でも、領主様、これ超美味いですね」

「だろう、ディースブルグ候おすすめの奴だぜ?」


ステージで話をしていた、桃月隊の隊長、超絶美人の剣士(男)が持っていた瓶を一つ開け、ナギとともに飲み始めた。


「……これは、がんばれば飲み切れるか?」

『おい、隊長!』『ふざけんな!』『というか、仕事しろ!』

「いやいや、今日僕オフですし。というか、仕事ならしてます。今日はアーリックさんが奥さんとデートなので、領主様の後ろにちゃんと控えてますよ」

『護衛が酒飲んでんじゃねえええええ!』


かくして祭は騒がしく始まった。


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