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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#04 途上世界のクレセント
109/131

#scene04-12




妻と娘を伴ったシッファー伯がやってきたのは予想よりもはるかに速かった。

貴族の女性の準備なので突然出かけると言われても相当の時間が掛かると踏んでいたのだが。

クレハたちが最後のセッティングをしている時間稼ぎに、ナギが玄関で出迎える。


「ようこそ、伯爵夫人、それにフローラ様。シッファー伯も先ほどぶりです」

「ふふ、無理を言ってすまなかったね」

「いえいえ、今日は共和国の大統領家に伝わる“和食”というものをご用意させていただきました。変わったものが多いので、もしかしたらお口に合わないものもあるかもしれません」

「先日のチュウカ料理というのも本当に美味しかった。少々味が女性には少々味が強いかもしれないが」

「今日の料理は素材の味を楽しむような薄味の味付けですので、女性には良いかもしれません。野菜も多く使っていますのでヘルシーになってると思いますよ」

「そうか。それは良かった。ああ、そうだ、ルイテル様より許可をもらったので料理人を3人連れてきたのだが、本当に良かったのだろうか?」

「まあ、私は料理人ではありませんから、本職の方が作られればもう少し完成度は上がるかもしれませんね。さあ、どうぞ食堂の方へご案内します」


料理人たちはここが誰の屋敷か知っているので恐る恐るという感じでシッファー伯たちの後をついてくる。

ナギが扉を開けると、以前見た内装とは全く異なる風景がそこにはあった。


「シュヴラン伯、この部屋、壁紙すら変わっているように思えるのですが」

「ええ、料理に合わせて変えました――こんな風に」


ナギがパチリと指を鳴らすと一部の壁の色が淡いグリーンから暗いレッドに変色した。

それを見ていたエレノラとパンドラはその瞬間にすさまじい量の魔力が動いたのを見逃さなかった。


「なるほど……」


部屋は良く磨かれた木製のテーブルとイスがおかれ、壁の色は淡く暗いグリーン。それに合わせてか、ナギに言わせると障子と呼ばれるような装飾が飾られており、窓の数も増えている。窓の外の景色も心なしか以前と違うよな気もする。前回はあんなところに池はなかった。


ナギから勧められたのはルイテル、ペトラの座る6人席。どうやら料理人は別の席に座るらしい。平民と彼らからすると貴族とともに食事なんてしても味はわからなくなりそうなものだ。シッファー伯自身も、低い爵位からの成り上がりなので気持ちはよくわかるのだった。


既にそこには一人分の料理がならべられていた。

見慣れない皿に盛りつけられた料理はどれも見たことはないがおいしそうではある。


「申し訳ない、少し横着をさせてもらいました。といっても、料理はすべて今出来上がったばかりなので味が損なうようなことはないでしょう」


そういいながら、ナギは手に持ったなにかの機巧装置で置かれていた小鍋の下に火をつけた。


「こちら、火が消えたらお召し上がりください」

「なかなか面白い趣向ですね」

「ルイテルも、火、つけようか?」

「うーん、その持ってる道具が気になるから自分でやっていい?」

「いいけど、これほんとにボタン押したら少し火が付くだけだぞ?」


無駄に高等技術で作られたライターをナギが点火して見せる。


「こういうのを安価で売れるようになれば、一般家庭の暮らしも少しは楽になるのだろうか?――どうだい、アーケインさん」

「そうですな、このぐらいであれば、火の魔宝石よりも安い値段ではできそうです。職人に相当な技術が要りますが」


“発火”という単純な魔法式をエレノラの手を借りて効率化し、それを機巧式へと変換したナギは、さらにそこからアイヴィーの力を借りて機巧式を単純化し、“ボタンをおすと同時に魔力を流すだけで先端に火が点る”という道具の実物の軽量化に成功した。魔導と機巧のプロが3人がかりで開発しており、実はそう簡単に作り出せるものではなかったりする。


「――まあ、商売の話はまた今度にして、食事にしようか。シッファー伯、今日はナギが秘蔵の酒を出してくれたんだけど、飲むかい?かなり強いけど口当たりはいいよ」

「それはそれは……また陛下に文句を言われそうです」

「まあ、ライズはこの件にあまり絡んでないからいいんじゃないかな?宰相といえども大量の国外からの移民を通すのは簡単ではなかったと思うし」

「ええ、まあ、それなりに。貴族落ちの役人たちに色々と邪魔をされたのでとりあえずクビにしたり色々と……」


そこへ、氷水に浸かった徳利と猪口を4つナギが持ってきた。


「白ワインも用意してますのでお口に合わなければまた言ってください」


ナギは隣のテーブルでクレハたち嫁衆+アーケインとともにテーブルを囲んでいる。

ナギとクレハは見慣れない食器で器用に食事をしているが。


「ルイテル様、シュヴラン伯の使っているあの食器は?」

「ああ、あれは共和国でたまに使ってる人がいるみたいだね。どうやらシン・カミナが持ち込んだ食器で、こういった食事のときはあれの方が食べやすいみたいだね。でもまあ、初心者には扱いが難しいんだよね。最近教えてもらいながら、僕も今訓練中」


他のテーブルを観察したところナギとクレハ以外はキーリー、アイヴィー、シャノンが使っている。


「彼女たちは器用だから」

「なるほど、たしかに慣れるまでは難しいそうですね」

「まあ、ナギ曰く、食事なんて無理に慣れない方法で食べて楽しめなくなるぐらいならいつもの食器使えばいい、らしいけど。椀とかが慣れなかったらたぶん、ナギが移し替えてくれるよ?」

「いえ、これはこれでいただきます。木製にしては不思議な質感ですね?」

「撥水作用のある植物の汁を塗って乾かしているらしいよ」

「なるほど」

「水が浸みなければ、その分長持ちもするし、薄くて軽いのが作れるよね?」

「こういったこまごまとした知恵が私たちには足り体なんでしょうね――ところで、コレット、お味はどうですか?」

「ええ、とても美味しいです。すいません、少し集中してしまいましたね」

「いえ、美味しいのなら何よりです。ルイテル様も少しお食事を邪魔してしまいましたね。もうしわけない」

「まあ、こういう話なら僕も楽しいからいいんだけどね。冷める前にいただこうか。僕はこの鍋が気になっているけど、もう少し完成にはかかりそうだし」


ペトラはやや緊張しつつも、時折フローラと言葉を交わしながら食事を楽しんでいた。


「ナギ様、こちらの天ぷらという揚げ料理ですが。美味しいですね。お肉は揚げていないようですが、野菜が主流なのでしょうか」

「うーん、鶏肉とか揚げたりすることも多いけど、今日は肉料理もあるし」

「個人的には野菜とお魚の天ぷらが最強だと思うわ」

「あー、うん。オレもそう思う。というかクレハ揚げるの巧いな」

「ええ、そうですね。とてもさくっと揚がっていて食感もいいです。お野菜も甘くておいしいですし」

「他の料理も薄味で、年寄にも食べやすい」

「お爺様はお肉の方が好きだったのでは?」

「肉は好きだが、流石に胃袋も衰えてきたのでな……しかし、この肉は美味いな」

「これは先日討伐したワイバーンですよ、御爺様」

「なんと、亜竜の肉などめったに食えるものではないのに。しかし、美味い。食感は鶏に似ているが、弾力が強め、脂は鶏に比べてさっぱりしているように思う」

「お爺様、ワイバーンぐらいならば食べてことおありでしょう?」

「いや、貴族の食事会で出てくるものは味がきつかったり、調理が下手だったり、量が少なかったりであまり味がわからないのだよ」


「あー、わかるよその気持ち。さすがアーケインさん。いい舌してるよね」

「はっはっは、伊達に長く生きてませんよ、ルイテル君」


隣のテーブルのルイテルと頷きあうアーケイン。

この二人、案外意気投合しているようだった。


「ああ、そうだ、食べながらでいいから聞いてくれないかい?シッファー伯」

「何でしょう」

「君に僕の仲間について紹介しておいた方がいいかなと思ってね。これからの外交にもかかわってくるだろうし」

「それは――どういった意味でしょうか」

「まずは、彼女だね。ジーナ・アルティエリ代替わりしたイネス王国のアルティエリ子爵家の娘さんで、王国からナギのところにお嫁に送られてきた――といいたいところだけど、彼女自身が優秀な槍術師で、ナギが前々から目を付けててスカウトしに行った人材だよ」

「ジーナ・アルティエリ=シュヴランと申します。よろしくお願いします、シッファー宰相閣下」

「他のナギのお嫁さんのことは知ってると思うから省略するね。で、アーリック」

「ああ、オレか――いや、私か」


二つ隣のテーブルのアーリックが立ち上がり、挨拶をする。


「改めまして、ルーツ王国、クラウジス伯爵家の次男、アーリック・クラウジスという。一応、実家の問題で幼少期からエヴラール2世陛下とも面識がある。ルーツとしてはシュヴランにかなり大きな恩があるため、ナギを通してくれれば交渉事はかなり楽に進むと思われる」

「……ルイテル様。シュヴラン伯はこういうヤバい人材を拾ってくるのが上手いようですね」

「僕も含めてね。アーリックのお嫁さんのパンドラは、法国の聖女と呼ばれていた人だし、エレノラも……家名でわかると思うけど公国のかなり強い力を持つ貴族家の一人娘だし、リュディは出自こそは普通の村娘だけど稀有な才能を持ってるしね」

「改めて聞くとすごいメンバーですね」

「正直な話、ナギたちがいれば、隣国のどちらかが攻めてきても負けはないよね。共和国だとどうかわからないけど」

「今心から味方で良かったと思っています。これからもどうぞよろしくお願いします、シュヴラン伯」

「いえ、こちらこそ。シッファー伯にはまだまだご迷惑をおかけすると思いますし」

「まあ、こんな話は大したことじゃないんだけど、今度またライズにお話ししに行くよ。僕がナギに同行して聞いて来た各国の裏事情とか」

「……本当に、ルイテル様は皇帝にならない方がよかったのかもしれませんね」

「でしょ?まあ、結局のところライズの方が皇帝らしくできるだろうっていうのはあったけど」


ルイテルは猪口に入った冷酒を飲み干した。


「宰相はわかってきたと思うけど、僕は自由に動けるほうが1000倍強いんだよ」


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