#scene04-08
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会議室ではヴィオレットとエヴラールが席に着き、ともに入ってきた護衛の者たちは後ろに控えている。
黒き新月の面々は、アーリックとジーナを除いたメンバーがすでに席についており、そこへ遅れてルイテルたちがやってきた。
「ああ、すまない。少し遅れたかな?」
「な、なぜここに帝国の第一皇子が!?」
「やあ、お久しぶりだね、王子――じゃなくて、今は女王か。おかしなことだけど、その姿を見れば納得する」
「ヴィオレット女王、どういうことだ?」
「いや、私にもわからん」
「この制服を着ているのがわからないかい?僕も正式な黒き新月のメンバーさ」
「それはわかったが皇位はどうした!?」
「そんなもの弟に丸投げしたよ。皇帝になってもいいことなんてないからね。君たちも王になってそれはわかってきただろう?まあ、僕の場合は微妙な立ち位置のところにナギが来たから、ナギの貴族関係のごたごたを僕が片付ける代わりに、ナギは僕が遊びまわれるように地盤固めをしてくれたというわけさ」
「なるほど、それは心から羨ましいと思う。それでは、改めて、我が国・イネスと」
「新生ルーツ王国から、ギルド“黒き新月”にお礼の言葉を送るよ」
「あーそれはどうも。まあ、たまたま通りかかっただけだから気にしなくていいよ、うん」
「……そういえばなぜ王国に?」
「ちょっと、ガルニカまでジーナ迎えに行って、それと、こちらのお爺様を迎えに行ってただけだな」
「お爺様……?貴公は、たしか……」
「お久しぶりですね、女王陛下。アーケイン・レヴェリッジです」
「やはりそうか。それでなぜアーケイン氏が?」
「いえ、ナギ君はこの度帝国で伯爵に任命されたとのことで、領地を貰えたから一緒に暮らさないかと。ナギ・シュヴラン伯爵は私の孫娘の夫ですから、仕事も辞めて寂しい老人に気を使ってくれたのでしょう」
「……つまり、アーケイン氏は王国を出る、と?」
「はい。私自身は王国の生まれですが、我がレヴェリッジ家は元々ルーツ王国の貴族家ですので、王国に恨みはあっても恩はありません」
「……アーケインさん、いくら何でも女王に直接それ言うのはまずいのでは」
「気にしなくていい。我が国は先々代あたりから無能が王になる習慣があったようだからな……」
ヴィオレットがため息をつく。
「まあ、とりあえずそれは良い。レヴェリッジが出ていくのは先代たちの落ち度だ――それで、アルティエリ子爵、なにか言いたいことがあるのではなかったのか?」
「それでは、陛下、失礼して」
後ろで控えていたアルティエリ子爵と呼ばれた一歩男が前に出る。
「ええ!?子爵!?うちは騎士爵では!?」
「ジーナ、落ち着きなさい。先ほど、色々と考慮していただいた結果、陛爵して頂いた。それで、お前はなぜそこにいるのだ?」
「えっと、それがですね、前々からナギさんにはギルドに入らないかと誘われていまして、先日職場に元婚約者が乗り込んできてかなり居づらくなったので、ギルドに入ることを承諾しました。それで、王都に父さんがいるかもしれないという知らせを受けて救援に来ました」
「なるほど……それでは、シュヴラン伯爵、ありがとうございます」
「いや、王都救うついでだったから気にしなくていいよ」
「それで、その大変申しあげにくいのですが……王国からの礼の一部として、うちの娘、ジーナ・アルティエリを妻としてもらって頂けないでしょうか」
「はぁ……ルイテル、これどうすりゃいいの?」
「王国側としてもナギとの直接のつながりがほしいんじゃないかな?ジーナならナギとも距離が近いし、城を守り切った功績で父親を無理やり子爵まで上げて価格を合わせようとしたみたいだし」
「なるほど……今更家格とか言われても、一応平民(豪商)の娘を2人娶ってるんだけど……一応確認するけど、嫁さん的にこれはあり?」
「まあ、仕方ないんじゃない?知らない女押し込んできてたら、今すぐ王国の最後の日にしてあげたけど、ジーナなら仕方ないか」
「ジーナさんもいい年ですから仕方ないでしょう」
「生娘なのは知っていますが、貴族としては年齢高めですからね」
「あの、皆さんほとんど歳変わりませんよ、私。シャノンさんに関しては私より年上ですし!」
「1つだけではないですか。それに、ナギ様より年下なのでセーフです」
「……という感じで4人目になるんだけどいい?」
「本来貴族とはそういうもんだろう」
「ジーナ、構わないか?」
「え?いやぁ……前の婚約者よりも強くて優しくて賢くてお金持ってますし、特に文句はないんですけど……お父さん、跡継ぎどうするんですか?」
「そこはお前に頑張ってもらうしかない……」
「……うう」
「……ジーナ、何想像したん?顔赤いで?」
「キーリー、そっとしておいてあげなさい」
「いやぁ、うちの姉さんになるなら好きにいじってええかなって」
「よくありません!」
「……まあ、正直、ナギ兄の嫁の中ではジーナが一番まともってことになりようやな」
「何か言った?」「何か言いましたか?」「キーリー、何か?」
「いやいや、何も言ってませんよ、ええ」
「結婚式、4人も嫁さんいるなら盛大にしないとダメだなぁ。ルイテルとアーリックも一緒にやるか?ああ、でも、領地の整備が先か……」
「まあ、とりあえず、領地だねぇ。弟は呼べないけど父は呼んであげようかな。適当に呼ぶと貴族が来過ぎて鬱陶しいから身内に絞ってやろうか」
「まあ、その時にはアルティエリの奴も呼んでやってくれ。私からも祝いの品を送る」
「了解しました」
「それでは次は」
「私の話だね」
エヴラール2世、そう呼ばれていた王が口を開いた。
「まずは、シュヴラン伯爵に感謝を。それと、アーリック、久しぶりだね」
「ええ、オレが家を出たからですね」
「まあ、お前がいなくなってから色々とあって、ルーツの王権は何とか復活したんだ。今は、クラウジス家も元の役目に戻ってもらっている」
「という事は、つまり?」
「そうだよ、アーリック。今は父上が近衛騎士団団長、で僕が補佐。クラウジス家も伯爵家に戻った」
「そうか。それは良かった」
「それで、だ。アーリック。帰ってくる気はあるか?」
「無い」
「言い切ったな。我々ヴェルカ人にとっては他の国は暮らしにくいだろう?」
「そうでもない。帝国でそういった扱いを受けた記憶はないし、今の生活が気に入っている。兄上と同じで、守るべき主もいる」
「それが、そこのシュヴラン伯爵か」
「ああ、そうだ。妹の恩もあるが、ナギには、王都で助けてもらったり、嫁を獲得するのを手伝ってもらったりという恩がある」
「嫁の件は後でしっかり聞くが、そうか、妹を救ってくれた錬金術師もシュヴランであったな」
「あの人は、ナギの兄弟子ですでに亡くなったそうだが。まあ、今はナギの作り上げる街がどうなるのかも見てみたいし、できることがあるなら可能な限り手伝いたいと思っている」
「わかった。お前がそうしたいのならそうするがいい」
「父上?いいのですか?」
「国に戻ってもアーリックには適当な貴族家に婿入りしてもらうだけになるだろう。やりたいことがあるのなら好きにしていればいい。それでも、結婚までしているとは思わなかったが」
「一目惚れだ」
「まあ、私もそうであったからわかるが、お嬢さん、お名前は」
「お初にお目にかかります。パンドラ・カステレードと申します、御義父様」
「んふっ……」
パンドラの名前を聞いた途端、ヴィオレット女王が噎せた。
「……どうかなされたか?」
「いや、エヴラール王、それがだな、パンドラ・カステレードといえば、法国の聖女と呼ばれた聖術師だったはずなのだが……」
「ええ。そうですよ。そして、檻を壊して私を攫ってくれたのがアーリックで、それを手伝ってくれたのがナギさんです」
「……ナギ君は本当に色々やっているな」
「面白い人材だったのでつい、ね」
「そんな感覚で聖女に手を出してくるな……」
ヴィオレット女王が頭を抱える。
「大丈夫です、法国には何の問題もありません。聖騎士が全員でかかってきてもナギさんかクレハさんが1人いれば勝てます」
「まあ、そうだろうが、そういう問題ではない」
「法国は先日の王国貴族たちによる攻撃で我々帝国にすさまじい量の借りがあるので、まあ、その程度のこと僕が出向くまでもなく潰してくれると思うけどね。東ネストリ同盟の悪用とリスティラ条約への違反で、王国諸共叩くことが出来るけど、やっていいのかい?」
「こちらからいう事はない。離反した貴族共は正しくは我が国民ではないという事になっているはずだ」
「そうだね。だから黙っててね、っていう」
「ルイテルがいると政治系の話が楽でいいなぁ」
「一応公爵だしねぇ。圧力なら任せてよ」
「――という感じだ、父上、兄上」
「お前の主がヤバいやつだという事はわかった」
「だろう?」
「そういえば、お前。魔人化していたようだが、体は大丈夫なのか?」
「問題ない。“狂魔力”の制御は十分に訓練している」
「アーリック、一つ問うが、訓練できるものなのか?」
「これを見てくれ」
アーリックが腕に填めたシンプルなブレスレットを見せる。
「お前が装飾品をつけているのは珍しいが、それがどうした?」
「これは、魔力の急激な上昇を抑える機巧装置だ。これがあれば、暴走することはまずない」
「そんなものをどこで……」
「ナギが創った」
「ああ、なるほど……」
「エヴラール王が買ってくれるならこれの作り方を売ってもらえるように頼んである。それと、暴走状態を抑えるための聖術がいくつかあるようだ」
「……詳しく話を聞きたい」
エヴラールが真剣な顔でアーリックに応じた。