#scene04-04
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普通の人間から考えれば旅行というには強行過ぎる、三日という日程でガルニカからリュリュまで移動したナギたち。
コルテスで一泊したあと、リスティラを訪れ、ナギが宝飾店で金やプラチナなどの貴金属や、キーリーとアイヴィーが練習で作った失敗作の魔宝石(といっても魔法に使わなければ相応の美しい宝石)を売り払ったため、ギルドやナギの個人資産が2桁ほど増えたり、無理をして買取をした店舗がかなりやばいことになったりした。
その後、コルトーではなく、ルイだー側から入国した一行はまっすぐエリゼの街に進み、そこで一泊。特にトラブルもなく、ブッケル川まで移動し、前回同様川を下ってリュリュの付近まで移動する。
「川下り楽しかったね」
「高速すぎて景色を楽しむ余裕がありませんでした」
「そうかい?僕は楽しめたけど」
「ルイテル様……」
まだまだ朝は早い時間で、街道に人がいたり、出入りする冒険者がいてもおかしくはないのだが、リュリュ周辺は人気がない。
「シャノン、いつもこんな感じなの?」
「いえ、これはおそらく、我々のせいかと」
「あー、そういう事ね」
街の門にたどり着くと、前回とは異なり、王国騎士団の兵士が手続きをしてくれる。
「ようこそ、って言いたいところだけど、レヴェリッジが営業停止しちまったせいで住人はどっか行ってしまったし、領主は領主で、子爵に落とされてからますます仕事しなくなっちまってるし」
「そりゃ大変だな」
「ここ、赴任地として結構人気だったんだけど、今やハズレの代表格さ。アーケインさんも領主側に一切協力する気ないみたいだから、近いうちに領地取り上げられて新しい貴族が来るんじゃないかな」
「どうやって産業おこすんだ?」
「さあ?アーケインさんが協力してくれればまた何かするかもしれないけど、サイアーズも面倒だから機巧装置の生産はなぁ……」
「ですが、この街だと、あとは農業ぐらいしかすることはありませんよ?農地は全くないですが」
「そうなんだよなぁ……まあ、オレも近いうちに王都に戻るからもうどうでもいいや。領主の身から出た錆だろ」
愚痴を聞かせてくれた兵士の一人に礼を言ってまっすぐアーケインの屋敷に向かった。
以前は数人のメイドが出迎えてくれたが、声を掛けてしばらくして出てきたのはアーケインのみだった。
「悪いなぁ、わざわざ来てもらって」
「いえいえ、お迎えに参りましたよ、御爺様」
「それではさっそく荷物の引き取りを頼む、向こうの部屋にある」
「キーリー、頼めるか?」
「あいよー」
わざわざ持ち出す資料などをまとめておいてくれたらしく、入り口からほど近い広間に積み重なった荷物全てをキーリーが腕輪に収納していく。
「工房とかは?」
「この後頼む。加工用の機械は全部持ち出して、不要なものは屋敷も含めてすべて破壊してくれ」
「わかった」
「お爺様、よろしいのですか?」
「構わん。我々は元々ルーツの出身。王国にわざわざ残してやるものなど一つもない」
「え?そうなんですか?」
「シャノンも知らなかったのか?」
「ええ……」
「言っておらんかったか?元々は王国国境付近に領地を貰っていた。私の先先代ぐらいだっただろうか」
「知ってるか、アーリック」
「……レヴェリッジ伯爵家、というのがあったのは聞いたことがある。機巧魔法の原点ともいえる魔法工学の基礎を生んだ家だったはず」
「……初耳です」
「まあ、昔のことは良い。さあ、この屋敷も燃やすか」
そういうとアーケインは何か物騒な気配のする何の変哲もない赤いボタンを取り出した。
「御爺様それは」
「先先代からの預かりものだ。屋敷を捨てるときは押せと」
「まさかの自爆スイッチ!?」
全員急いで屋敷から退避した。
そしてアーケインは躊躇いもなくスイッチを押した。
「父から受け継いで、押したくてたまらなかったのだよ」
「気持ちはわかる」
「僕もわかる。僕も城を破壊するスイッチ押そうとして怒られたことあるなぁ、子供の時に」
「ああ、あの先皇に5時間ぐらい説教されてたやつですか……」
「男のロマンというやつか?」
「そうそう」「そうだね」「そうだな」
アーリックもなにやらわかったような顔で頷いている。
なお、女性陣には伝わっていない模様であった。
屋敷は瓦礫、というレベルを超えたほどにバラバラに粉砕される。
それを見送って満足したアーケインとナギたちが工房に向かおうと道を歩いていると、領主の屋敷の方から人が大量にやってくるのが見えた。
「さすがに気づかれたか」
「シャノン、何人か連れて工房に。荷物回収したら順次破壊」
「わかりました。キーリー、アーリック、エレノラ、パンドラ手伝ってください」
「わかった」「うん」「りょうかーい」「いいわよ」
5人がシャノンに続いてこの場を離れる。
ナギはあえてこちらにやってくる人の方に向く。
集団の戦闘にいる男が、アーリックへと声を掛ける。
「レヴェリッジ、何をした!?すさまじい音がお前の屋敷の方から聞こえたらしいが!?」
「いえ、土地を売却しましたので屋敷を処分したまでです」
「それほど困窮していたのか?どうしてそんなことを?」
「どうしてといわれましても、孫娘とその旦那が私が会社を辞めたのを聞いて一緒に住もうと言ってくれましたので。まあ、どのみち町は出る予定でしたがね。それでは、領主様、私は工房の片づけがありますから」
その時少し離れた場所で爆音が聞こえた気がした。
「おや、もう片づけが終わったようですな」
「レヴェリッジ!お前がこの町を出ていくと」
「領主様、私は社員の生活のためにお手伝いをしていたにすぎません。そして、社員がいない今、この街には価値はありません。お貸ししていた金も領主代行の費用もすべて期日までにお支払いをよろしくお願いします」
2度目の爆音が聞こえた。
これ工房はあと1つだろう。
「その、金の支払いだが、ともかく以前から進めていた息子とそちらの孫娘との結婚でひとまず」
「――何度も言っているが」
アーケインが語調を強めた。
「あなたの親同様出来の悪い息子にシャノンをやるわけがありません。そもそも、シャノンはすでに結婚しています」
「くっ……しかし、貴族家に嫁入りすることがいかに名誉なことか」
「お爺様」
「どうしたナギ君」
「これは、喧嘩売られていると解釈してもよろしいので?」
「私は構わないが……おっと、終わったようだな」
「そうですね。じゃあ、行きましょうか。クレハ、今日中に王都に入るぞ」
「ええ、私もそのつもりよ」
「シャノンも」
「はい、ナギ様」
一番に戻ってきたシャノンをそっと抱き寄せてみせる。
足を踏まれたのでクレハも抱き寄せる。
「お爺様、お昼過ぎには王都に着くと思われますので、昼食は何にしましょうか」
「そうだな。久々に魚など食べたい」
「わかりました。ナギ様もそれで構いませんか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「それでは、領主様、もう二度とお会いすることはないと思いますが」
アーケインが頭を下げてナギたちが歩き出したところで、焦った領主が声をあげ、アーケインを兵士たちに留めさせようとするが、それとほぼ同時に十数人の兵士たちが一斉に倒れた。
「ふふ、そのようなできそこないの機巧装置を持っているからそういうことになるんです。ナギさんを下に見たことは許せませんから少々報復させてもらいました」
リュディに車椅子を押されながらアイヴィーが笑う。
「……ナギ君、彼女は何をしたのだ?」
「彼女はアイヴィー・サイアーズ。どこかの工房の作った機巧装置なんて持ってた日にはポケットに入れてるだけでもそれが彼女の武器になります」
「……どうやって引き抜いて来たんだ」
「それはまたおいおい」




