百華国の花嫁ミニミニ番外編 ~糸目のやさしい読み解き方~
とある夕暮れ時の紫龍城の外朝で。
新米御史の麗宝と青慎、そして春萌が、恵秀の居る御史部屋に来て仕事をしていた。
麗宝が、恵秀の糸目を見ながら話しかける。
「恵秀兄様・・・いえ、李御史。ずいぶん嬉しそうですわね。何かいい事でもありましたの?」
「さっき、以前から欲しかった本がようやく手に入ってね・・・」
二人の会話を耳にした春萌が、驚いて心の中でつぶやく。
(あれって、嬉しい顔だったんですね・・・)
「あら、李御史、どうなさいましたの?急にそんな心配そうなお顔をなさって」
「うん、それが・・・」
(あれが心配そうな表情・・・?)
「まあ、そんなに怖い顔をなさらなくても、大丈夫ですわよ、きっと」
(あれって、怖い顔だったんだ・・・???)
『糸目の表情が解読出来ない』と評判の、恵秀の百面相(?)を盗み見ながら、春萌がこっそり青慎にささやきかける。
「すごいですね、龍同年って。あの李御史の表情が読めるなんて」
僕には到底出来そうもないです、とこぼす彼に、青慎が同感だとばかりに深くうなずく。
麗宝が勝手に持ち込んだ豪華な家具や装飾品の数々に、時おり溜息をもらしながらも、溜まった仕事を何とか今日中に片付けようとして、しばらくの間無言で作業をしていた春萌だったが・・・。
(それにしても、李御史はずいぶん静かですね)
ふと顔を上げて恵秀を見ると、彼は何やら腕組みをしたまま、黙り込んでいた。
(あれ、何だろう。心なしかいつもよりも難しい顔をしているような・・・?)
同じく恵秀の様子に気付いた麗宝が、そっと彼の近くに寄って来ると、突然、糸目を見詰めながら求婚した。
「恵秀兄様・・・私と結婚して下さいませ!」
(えっ?!)
驚く春萌と、同時に振り向いた青慎が、揃って身を固くする。
この後また麗宝が、いつものごとく恵秀に振られて大泣きすることを予期し、つい身構えてしまったらしい。
ところが・・・。
「嬉しいですわ、恵秀兄様!ようやく私の愛を受け容れて下さいましたのね!」
(ええええええーっ!!!)
驚いた春萌達が、恵秀の顔を凝視するが、彼等には恵秀の表情が全く読みとれない。
「恵秀兄様も嬉しそうなご様子で、幸せですわ」
(全然分からない・・・! 僕には李御史が糸目ひとつ動かしているようにすら見えない・・・!!)
「婚礼はいつになさいます? 恵秀兄様は、子供は何人欲しいかしら?私、子供は恵秀兄様にそっくりな男の子が欲しいですわ」
ふいに、先程から麗宝にうなずいているように見えた恵秀の頭部が、がくんと大きく揺れた。
「はっ・・・いけない、どうやら僕は眠ってしまっていたらしいね。龍御史達の仕事はもう、終わったかい?」
「なんだ、眠っていたんだ・・・!」
部屋の隅で青慎が、ほっと胸を撫で下ろす。
(龍同年が、李御史が眠っている間に独り芝居をしていただけだったんですね・・・ああびっくりした)
同じ様に春萌も安堵のため息をつく中。
独り、麗宝だけが、不満そうにつぶやいた。
「もう少し眠っていて下さってもよかったのに・・・」
「君達、もう遅いから、今日はこれまでにして早くお帰り」
「はあ~い・・・」
「李御史はどうなさるんですか?」
「僕は眠ってしまった分、もう少し仕事をしてから帰ることにするよ。今日はお疲れ様」
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麗宝達が賑やかに帰って行った後。
御史部屋の静寂の中にたたずむ恵秀が独り、心の中でぽつりと彼女に返事をした。
(子供は麗宝にそっくりな女の子一人だけがいい・・・)
なぜなら、麗宝と二人きりで過ごせる時間が、もっともっと欲しいから。
あの時目を開けていたら、麗宝は彼のそんな気持ちすら読みとってしまっただろうか。
彼女への返事をそっと心の奥底にしまい込むと、相変わらずの糸目で窓から天を仰ぎ、恵秀はつぶやいた。
(いつの日か、きっと・・・)
彼の願いが天に届く日が来ることを、麗宝以上に切なく夢見ながら。