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二か月後(前)

 ――あれから、2ヶ月たった。

 『あの事件』以降、ハルの生活は一変した。

 かつての生活は過去のものとなり、こうして、第二の人生を歩むこととなる。

 あの結末が、そしてこの『今』がハルにとって良かったかどうかは、解らない。

 しかし……


「だから、僕は、彼女に告白したんだ! なのに、あいつ、ぼ、僕を振りやがった! ちくしょう、あいつ俺がデブだからって、馬鹿にしやがって!」

 こういうことは、正直勘弁して欲しいと切に思う。

 ハルが着ているのはシスターのきるような修道服、そして、この場所は、七森町の一角にあるとある教会だ。

 現在、懺悔を聞いている真っ最中。内容的に、懺悔に相応しいかは別として、廃墟のようにも見えるこの場所が、神の家としての役割を全う出来るは正直、うれしく思う。

 そんなハルを祝福するかのように、ステンドガラスから差し込む光がハルを照らす。

 その光の下にいるハルは、まるで聖女のよう。

 鈴蘭のように控え目で、しかし、見る者を引きつける容姿、小麦畑を連想させる茶に近い金髪、そして、無駄な肉の無いその肢体、そのすべてが手を出すことが憚れるような神聖ささえ感じさせる。

「あなたの気持ちもよく解ります」

 穏やかな、小さくもよく通る声が、教会に響き渡る。

「告白すること、それはとても、勇気がいることです。今回は、失敗だったとしても、貴方の努力はきっと神が……」

「神? 神って何? それ、魔族の僕に言う言葉?」

 もっとも、そういった演出も目の前の男には通用しないようだ。

 魔族、人以外の知的生命体の総称だ。目の前の少年も一見、丸々と太っていることを除けば普通の少年だが、魔術師(ハル)の目には全く違ったのもが映し出される。

 まず、印象的なのはその豚顔だ。それは、比喩でも何でもなく、本当に豚。それが、学校の制服を着て、二足歩行をしている。

 それは、魔族の中でポピュラーな種族、オークだ。どうも、彼は、同じ高校に通う人間の少女に恋をし、そして、告白をしたらしい。その結果は見ての通りだ。

「人間様が信じる神なんてどーでもいいよ! 僕は、どーすれば、あの子と付き合えるようになるか聞きたいだけなの!」

「そ、そうですね」

 困った。実の処、ハルには、色恋沙汰の経験は余り無い。その少ない経験から何とか絞りだそうとする。

 アドバイスをしようにも、相手の女の子の性格も知らないし、性格のことは指摘出来ても、さすがに体型のことは強く突っ込めない。

「何? 見つからないの? じゃあ、君が僕と付き合ってよ」

「はい?」

 つい、ハルは聞き返してしまった。

「うん、君の容姿なら僕も納得出来る。 君、シスターでしょ?ほら、哀れな子羊を救うような気持ちで」

「え、えーとですね」

何というか、あまりの思考と吹っ飛び具合に、さすがにハルも言い淀む。

「お願い付き合ってよ。それとも何?まさか、聖職者のあんたが、容姿で差別するの? ねぇ?」

「あ、あはははは」

 ハルの天使のような笑みが次第にこわばってくる。もし、目の前の少年が冷静であれば、ハルの額に青筋が浮かんでいるのに気づいたかもしれない。

 が、この少年は調子に乗りすぎて気づいていない。ハルが何も言わないことをいいことに、更に言葉をたたみかける。

「あ~あ、結局容姿かよ。たっく、だから女って嫌なんだよ。ん? 何黙り込んで、ほら、反論あるなら言ってよ。ねぇ!」

「ち……」

 ハルの口から、うめき声のような声を上げ、震える手で胸元で十字を切る。

(ああ、これ以上耐え切れそうもありません、申し訳ございません――クソッタレな神様よ!)

 そして――

「ちったぁ、黙れ。この糞豚ぁぁぁぁぁ!」

 相手の耳を引っ張り寄せて、怒鳴り声をたたき込む。

「ブヒィィィィィィィィ」

 突然、怒声を浴びて、少年が、椅子から転げ落ちる。

「な、何をする……ひっ」

 ガン、と少年の真横に何かが振り下ろされる。どこから取り出したのかそれは、武骨な鉄の斧。

「お、おの? し、シスターがこんなもの振るっちゃいけないんじゃ……」

「シスター言うな!」

 ガン、と二撃目が、少年の鼻先を空振りする。

「俺だって、好きでこんな格好している訳じゃねーんだよ。てめぇに解るか?女の格好しないといけない男の気持ちがよ!」

「はへ?『女の格好しないといけない男の気持ち』って、お、男!?」

「当たり前だ!何に見える」

 ハルが何やら凶悪そうな斧を片手を持って仁王立ちをする。

 成る程、確かに、きめ細かい白い肌といい。華奢な体つきといい、それでもって、頬を真っ赤に染めて怒るのは、男に見えなくも……

「いやいや、無理男に見えない! 女だよ! 美少女だよ! それ以外に何者でもないよ!!」

 その言葉に、豚を頬をパイプでぶん殴る。

「イタァ! ちょ、シスターがそんなことしていいのか!」

「だいじょーぶ、主は仰った、右頬叩かれたら、左頬を差し出せ、だ。ちなみに俺、ブラザー」 

 その言葉に、少年が、本格的にやばいと感じたのか、逃げだそうとする。

 パチン、と指を鳴らすと同時に教会のドアが一斉にすべて閉まる。

「ぶ、ぶひ、ぶひぃ」

 教会にカツーン、カツーンと靴の音が響き渡る。ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる足音。少年は、ブルブルと振るえながら振り返る。

 そこには、一匹の修羅がいた。天使のように整った顔であるがゆえ、凄むと悪鬼のように恐ろしい。

「さーて、説教の時間だ」

 そして、哀れな子羊――いや、子豚の悲鳴が、教会の中に響き渡った。

 


「また、やってしまいましたね」

 教会に訪れた空鳴の第一声は、それだった。

 小柄な少女が、とことこと、入ってくる。

「オークのお兄さんが泣きながら走っていっていきましたよ。大方、また、問題起こしたのでしょう?」

「あ? 自分勝手なこと言いまくるんで、説教しただけだよ……軽く暴力も交えて、な」

 その言葉に、空鳴は苦笑で返す。

「大体、何で俺がシスターをやらないといけないんだよ。本来、俺は神父なんだぞ」

「まあまあ、バイトの募集要項が『シスター』でしたからね。仕方ないですよ」

「紹介したの、お前だろ」

「い、良いじゃないですか。女装、慣れているんだし」

「んな訳ねぇだろ」

 そう言いながら髪をかき分ける仕草が色っぽい。

「だから、そういったポーズが自然に慣れている時点でアウトですよ!もう、いいじゃないですか! これできましょう、男の娘路線、みんな喜ぶますよ。主に僕が!」

「こうなったのも、全部、てめぇのせいだろがっ! 大体、今日、お前もバイトの日だっただろう! どこにいっていやがった!」

「あ、あはは、急用が入りまして」

「そこの紙袋! どう考えても、虎っぽい店のだろ! 袋の中から腐った匂いがするぞ!」

「だ、だって! 新刊発売日だったんですよ! 赤子のバスケな本! 赤子×水神本ですよ!」

「知るか!」

 ハルの手が、空鳴の頭を掴み、ギリギリと締め上げる。

「ぼ、暴力は、条例に引っかかりますよ?」

「問題ない。 必要だったら条例なんざ無視して暴力だろうが何でもするぞ」

「うん、君は必要だったら本当に、何でもするでしょうね」

 ふと、空鳴の声のトーンが落ちる。

 そして、ハルの頬をそっと撫でる。ハルの手で顏が隠れた状態。そんな状況で、彼女の手がハルの頬をそっと撫でる。

 冷たく、柔らかな感触。冷たい手の人は、心が温かいとは誰が言ったか、傍から見れば、滑稽な光景。しかし、ハルは笑うことが出来ない。

「ハル、君は色々背負うことになった。ううん、僕が、背負わせてしまった。だから、だから心配です。君は、無鉄砲で、優し……ふあ、なにふぉふる!」

 ハルは、残った片方の手で、空鳴の頬を摘み引っ張る。

「おー、よく伸びるなぁ」

「はふ、はんだほー!」

 顔を真っ赤に染めて、両手でハルを叩こうとするが身長さで全く届かない。

「うん、やっぱ、てめぇはそうじゃないとな」

 そこには、先ほどの憂いを秘めた表情は消えている。

「たっく、心配し過ぎなんだよ。バーカ」

 そう言って、ハルは空鳴を解放し、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。

「……そうやって、子供扱いする」

 拗ねたように、言いながらも頬は僅かに赤みをさしている。

 その姿はまるで、妹のようだ。ハルの感覚的にも『妹』という単語が一番よく馴染む。だが、二人を見て血が繋がっているように見る者はいないだろう。

 身体的特徴が違いすぎた。ハルが西洋系の特徴をもっているのに対し、空鳴の容姿は、どこの人種にも当てはまらない。

 白い肌の少女。銀色の髪に、赤い瞳。色素が抜け落ちたその体は、幻想的で、だけど、その仕草はどこにでもいる少女そのものだ。

「じゃ、とっとと掃除しちゃいましょー」

 奇妙な関係だ、とハルは思う。こうして、彼女が隣に立っているのは奇跡にも等しい。

 何故なら、彼女は……

「い、いたぁぁぁぁ! な、ハル! こんなところに十字架置かないでくださいよ! 触ると結構痛いんですよ!」

 わるい、とハルは、軽く返事をする。空鳴がどうやら、十字架に触れてしまったらしい。

 見ると、彼女の体が、段々薄れていく。びっくりして、実体化を解いてしまったようだ。

「たっく、大丈夫か?」

「うぅ、ヒリヒリしますよー」

 姿が薄くなった彼女が返事をする。声の様子からすれば、問題ないだろう。

 そう、ハルと空鳴の関係は普通ではない。何故ならば……

 

 ハルは、退魔師(エクソシスト)で、空鳴は幽霊(ゴースト)なのだから

 

 退魔師エクソシストは、世間一般のイメージだと悪霊を払うもの、とされている。

 ハルはその中でも過激派で、人から外れた異端すべてを狩る対象とする。つまり、さっきの魔族なども含まれている。

 無論、彼女を殺そうなどと今更考え無い。他の魔に属す者達を無闇矢鱈に狩ろうなどと考え無いし、場合によっては、守る側に回るかもしれない。

 こういった心情の変化も、『あの事件』の影響だ。

「でも、良かった」

背中に、重みが生まれる。どうやら、空鳴はハルに寄りかかった状態で実体化したようだ。

「あ? 何が?」

 背中越しに、ハルが答える。死んでいるはずなのに、空鳴の肩が呼吸に合わせて上下しているのを感じる。

「『あの事件』のこと、ハルを含めた多くの人が傷つきました。だけど、みんなが納得して終わることが出来た。多分、これって素晴らしいこと、ですよね?」

「…………」

 その問いかけに、ハルは返事をすることが出来なかった。

「ハル?」

「つーか、空鳴。まだ掃除終わってねぇぞ」

そんなハルを空鳴は、訝しげに見る。

 さて、どう誤魔化すか、そうハルが考えた矢先、彼の携帯が僅かに震える。どうやら、メールが届いたようだ。

「お、珍しくメールだ」

 ほっとしながら携帯を取り出し内容を確認する。

「ハル、どうしたの?」

 ハルの表情が変わる。しかし、それも一瞬のことだ。

 空鳴は思う。ここ数日、ハルの様子がおかしい。本人は普段通り接しているつもりだろうが、空鳴はわかる。

 それは、臨戦態勢。いつ来るか分からない敵を待っているかのような緊張感だ。

「わりぃ。急用が入った」

「え? ちょ、ちょっと、サボるのですか?」

「午前中、お前サボったんだから、午後はお前が働け。これでチャラにしてやるよ」

 そうハルが笑い、教会の門を閉める。

 扉の向こうから、「あ、ちょっと!」とか「逃げたなー!」と聞こえてくるが無視だ。

 そんな光景を、笑う者が一人。視線を向けると、失礼、と咳払いをする。

「すまんね。あまりにも楽しそうだったのんで、つい、な」

「変わりますか?」

「いや、彼女の相方は君にしか勤まらんよ」

 そういうのは燕尾服に片眼鏡をした老齢のゴブリン。

 片手にアイフォンを持ち、親しげな笑みを浮かべる。

「かなり、ハイテクな道具を使われるのですね。お爺様」

「はっはっは、いや、最初は子供の玩具だと思っていたが、使ってみるとなかなかでな。儂もこの玩具に夢中だよ」

「何かビジネスになりそうなことでも思いつきましたか?」

「ふーむ、色々と考えたがしっくりこないな。まぁ、こういったものは頭が固くなった老人より若手に任せるとしよう。儂がすべきことは、若手が活躍出来るよう道を作ることだ」

「その若手に私も入っていますか」

「でなければ、手伝いなどせんよ」

 そう、先程、メールを送った主がこの老人だ。

 『準備完了』それだけのメール。しかし、それで十分だ。下手に内容を書かれれば、空鳴には内緒で処理をするといった目的を達成することが出来ない。

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。あの事件を生き残った君にこんなことをいうのはなんだが……死ぬんじゃないよ」

「あはは、彼女を残して死ねませんよ」

 そうか、とだけゴブリンの老人は答える。互いに、これから先のことを避けることはできないことを知っている。

 だから、これ以上話すことはない。

 ぺこり、と頭を下げて、彼の横を通り過ぎる。

「あれから、2ヶ月か」

 すでに 9月。あの蒸し暑い夏の日々は終わりを告げ、涼しげな風が吹くようになった。

 『あの事件』。魔王と予言書をめぐる一連の騒動は、ハルの手によって終焉を迎えた。

 あの一件に関わった者の殆どが『あの事件』を過去のものとして捉えているだろう。

 事実、ハルも、二日前までは、新しい生活に慣れる為、この巫山戯たバイトに精を出していたのだから

「ま、気づいて良かった、か」

 苦笑する。気が付かなければ、これから先『奴』の手のひらで踊り続けていたはずだ。 

「蛇と出るか鬼と出るか」

 さあ、すべての出来事に回答を……

 手に持った予言書を握りしめ、ハルは前へ進む。



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 予言書『罪人の書(クリミナル・サイン)』20ページ


 『魔王』が落ち、仮初の平和が訪れる。

 『罪人』が訪れるは墓標。すべてを知り、一人咽び泣く。

 『罪人』は罪を償い、王の道を歩き出す。

 長い道のりの果て、『罪人』は真の平和をもたらすであろう。







プロローグのタイトルが『二か月後(前)』ですが

当然、『二か月後(後)』もあります。

それは、すべての物語の終わり。最後の謎はそこで、暴かれます。

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