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「あれからさ、一応あいつとはそれなりにうまくやってけてるよ」

 その報告を聞いたのは姫子がきちんと浩太に頭を下げてから何日か経過して、そういえば浩太と姫子は喧嘩せずにバイト出来てるのかなとか思い始めた頃の事。

 朝から元気の出る報告だ。

「そうか、それならよかった」

「ただねえ、あいつ……南奥高の話題が出たりすると盗み聞きしたり、南奥高の生徒が団体で来たりすると流石に逃げるように厨房に行くんだよね」

「そりゃあ……仕方が無いな」

 しばらくは浩太に協力してもらって客を捌うしかないが、いつまでもってわけじゃなく南奥高の生徒が来ても動じずに接客できるようにはなってのしいな。

「それと妙なんだよ」

「妙……? 何が?」

「彼女さ、昨日はいつもの帰り道とは逆の方に歩いていったんだ。それに暇な時間になれば考え事するのが多くなっててね」

 気にならない程度だけど、確かに昨日と今日は姫子の帰宅時間が少し遅かった。

 どこかへ寄り道しているようだが、気になるな。

 姫子は今日もバイト、夜にでもこっそり尾行するか?

 でも深夜ってほど遅く帰ってくるわけでもないのだから流石に尾行は過保護すぎるかも、何より気づかれたらなんと言い訳すればいいのかわからない。

「あとこれ、床に落ちてたんだ」

 浩太はくしゃくしゃになった紙を俺に手渡した。

 宗助、奏。

 二つの名前が記されており、その二つの名前の下には何か書こうとしていたように文字が続いていたが塗りつぶされていてうまく読み取れない。

 中、病、に、たい――これらでは何を書こうとしていたのか想像すら出来ないな。

「宗助……奏……」

「懐かしい名前だね、でもあの宗助と奏かな?」

「さあ、どうだろうな」

 姫子が寝室で寝込んていた時の寝言はこれで間違いない。

 藤崎宗助、彷彿とさせる記憶。

 漢字も同じなのが気になるところだ。

「あの二人、今どうしてるんだろうねえ。もうあれから三年くらいかあ。奏は五年? 六年くらい?」

「といってもあの二人と決まったわけでもないがな」

「そうだけど、でも懐かしいなって」

 確かに懐かしい、昔よく一緒に遊んだ仲だ。

 何度も彼の家に行った事があるので、久しぶりに訪ねみたい。

 奏はこの町に戻っているとはいえ以前住んでいた場所に戻っているとは考えられない、それに何よりあいつの自宅は知らない。

 今は宗助を訪ねるのがいいものの、姫子との関係は不明。

 まあ、関係なかったら昔話でもして話を終えればいいし訪ねるのは十分にありだな。

「あれから会ったりはしたか?」

 あれからってのは、最後に皆がよく行っていた思い出の場所で遊んでから。

「いんや、まったく」

 まあそうだろうな。

 奏は引っ越したし宗助の家は結構遠い、彼の通ってた中学はもっと遠いから尚更だ。

 偶然会うなんていうのも中々難しいしな、こちらから会いに行かない限りは絶対に会えない。

「宗助に今度会いに行こうか、喜ぶと思うよ。宗助は君を兄貴分のように慕ってたからね」

「あんな俺に……か」

 まったく、困っている人がいたら即座に助けに行っていたなんて俺の思い出とは思えない。

 今の俺は面倒事はなるべく避けて、クラスでも目立ちすぎず目立たなさ過ぎずの立ち位置を確認するくらいのつまらない人間だ。

 そんな俺が、面倒事の塊である姫子に話しかけたのは今でもなんでだったのかは解らん。

 ちょっとした好奇心、ああ、そういう感じだったかもな。

「でも楽しかったじゃん。宗助は奏が引っ越してから元気が無くなって以来疎遠になっちゃったし、また皆で遊びたいね」

 今思えばあいつも奏の事が好きだったのかもしれない。

 いや、好きだったんだ。

 俺とは違って、周りに知られても構わないという好意であり行為。

 宗助が俺に憧れてた?

 俺のほうこそお前に憧れてたと思う、堂々と好きな人に接していくその姿がさ。

「そうだな、けどまあ……昔のように街中駆け巡ったり困ってる人を探したりなんていう遊びはやめておきたいが」

 この歳ではやるほどではない。

 昔の無垢さを今でも抱いていたら乗り気だっただろうが、今じゃあ俺は絶対にしないしやりたくない。

「ああ、そういえば奏の奴、最近会ったぜ。この街に戻ってみてるみたいだけど、中央病院に入院してるっぽい」

 だからとても気分は良い。

 また会えるかもしれない、そう考えるだけで気分は高揚してくる。

「入院……? 病気かな?」

 見た目では特に病気を患っているようにも見えなかったが、どうなんだろう。

「そういう風には見えなかったな、すげえ元気だった」

「どうなんだろう……なんにせよ、こりゃあ皆で集まるしかないね!」

「気が向いたらな」

「君はほんと、昔のような積極性が無くなったね」

 なんでだろうな、その積極性とやらがそこらへんに落ちてたら拾って付けてくれないか。

 付けたとしてもきっと消極性と相殺し合って今までどおりつまらない俺になるだけだろうけど。

「しかしこれ、何を書いてたんだろうな。他には何かあったか?」

「いいや、何も。金っていう文字もあるし変な事に巻き込まれてなければいいけど」

「巻き込まれてたとしても、俺がなんとかする」

「おー頼もしい。その頼もしさを普段も見せてくれればね」

「面倒だ」

 それから放課後にて、俺はいつもとは違う帰路を選んだ。

 しばらく歩いて帰路から外れて、いつもなら絶対に通らない道へ。

 あの紙の真意を確かめるべく宗助の家にこれから向かうつもりだ。

 奏にも話を聞きたいが、この街に戻っているとはいえ引っ越す前と同じ家に住んでいるのかも解らないし病院はここからでは遠すぎるので先ずは宗助の家。

 浩太も連れて行きたいところだがあいつは店の手伝いがあるから、かなり乗り気ではないが一人で向かうとした。

 これで姫子と関係が無かったら頭の中で渦巻いている疑問も少しは晴れるだろう。

 奏の名前もあったのは気になるところ。

 昔の記憶を頼りに俺は長い距離ではあるも、距離などなるべく考えないようにして足を動かした。

 しかし行動が浅はかだったなと思う。

 もしかしたら宗助はバイトしているかもしれないし、それか部活動をしているかもしれない。

 もしくは今は遠くの学校に通っていて帰宅がもっと遅い時間かもしれないし、もしかしたら引っ越している可能性もある。

 なので宗助の家に行ったところで空振りする可能性は高い。

 たとえ宗助が留守であれ、両親に宗助について聞けるし情報の質としてはやや薄くなるが得られるに越した事は無い。

 そうしてようやく到着したのは三十分後の事。

 まったく、久しぶりに長距離を歩いた気がする。

 目の前には記憶のままの一軒家が建っており、表札を確認すると藤崎と書かれているため引越しはしていないようだ。

「よしっ……」

 呼び鈴を押すだけ、たったそれだけだが決意が必要だ。

「行くか……」

 人差し指を呼び鈴へ伸ばす。

 心臓の鼓動が少しだけ早い、緊張してきてるのは否定しない。

 指がボタンに触れ、もう勢いに任せてさらに押して呼び鈴を鳴らしてみる。

 ……反応無し。

 両親すら居ないとなると結局空振り三振もいいとこ。

 帰るか……。

 まあいい、どうせ姫子と何か関係あるかどうかをはっきりさせたかっただけで急いでたわけじゃない。

 橙色の空が濁り始めて、俺は空に溜息を溶かして踵を返した。

「あ……」

 ん? なんだろう。

 誰かが声を上げていて、俺の鼓膜にその声が優しく刺激する。

 空に向けられていた視線を下げてみると、人影が一つ。

 夕焼けを背にしている人影はよく見てみると、

「姫子?」

 彼女だ、間違いなく。

 その手には手紙のようなものを持っており、俺を見るや一度手紙を落とした。

「よお、奇遇だな」

 それを慌てて拾い上げるが、もしも浩太が俺に見せたあの紙が下書きであって、ちゃんと本文を書いたものがその手紙だとすれば、興味深い。

「ど、どうしたの? 奇遇ね」

 声が震えている、動揺しているようだ。

「お前こそどうしたんだ?」

 彼女がどうしてここにいるのかは、宗助の家に用があるのだとほぼ確定させているものだが、彼女の口から聞きたい。

 姫子と最初に会ったあの日の寝言からここまでようやく繋がった。

 あの紙には奏の名前もあったし事情がいくつも絡んでいるように思われる。

「私は……散歩」

「散歩するにはちょっと遠出すぎやしないか? それにバイト前だぜ? 今から引き返さないと遅刻すると思うが」

「ちょっと散歩しすぎたの!」

 どうしても誤魔化したいらしいな。

「これ見ろよ、お前の字だろう?」

 俺は朝に浩太から受け取った紙を彼女に見せ付けた。

「宗助、それに奏。そう書いてるよなはっきりと。俺は二人と昔はよく遊んでた仲でよ、ここは宗助の家で間違いないんだが」

「……そ、そう、すごい偶然ね。その……た、たまたま! たまたま漢字の練習してたのよ」

 その言い訳はもはやわけがわからない。

 視線を合わせてくれないのは、嘘をついている自分への後ろめたさでも感じているのかな。

「なあ、宗助とは何か関係があるんだろ? 学校を辞めた理由もそれが関係してるのか?」

 俺は彼女へ歩み寄って、誤魔化して最後にははぐらかそうという流れを作る前に先回りして潰して問い詰めた。

 それでもまだ尚、視線を合わせてくれず俺から距離を取って彼女は言う。

「なんでもない、関係無い!」

「嘘つくなよ」

 溜息が出てくるね。

「ついてないわよ! 馬鹿なの? 死ぬの?」

 姫子は俺に背中を向けて歩き出した。

 バイトの時間が迫っているから別に止めはしないが、腰巾着が如くついていくとする。

 歩調も彼女に合わせて、暫しの沈黙。

 ここはそっとしておくのが一番か?

 彼女の様子を窺うと触れてはならないものに触れてしまうような気もするし、でももし宗助との何らかの関係を知る事が出来れば、学校を辞めた理由にも繋がるんじゃないだろうか。

 そう思うと気になってしまうのだ。

 彼女にはきちんと学校を辞めた理由を聞いてなかったしな。

「ついてこないでよ! ほんと逝ってよし!」

 しかし度々彼女の口から出てくる言葉は特徴的だ。

 昔はもっとお嬢様っぽい口調だったのに、その面影や何処。

「俺も帰り道がこっちなんだけど」

 再び沈黙、話題を切り替えるとしよう。

 宗助との関係は気になるものの無理やり聞いて俺のせいで荒れられたらバイトにも支障が出るし、彼女もこの話には触れられたくないようだから聞くのはやめておこう。

 いつか落ち着いた頃にでも聞けばいいさ。

「前から気になってたんだけどさ、その喋り方……何?

 どこかで聞いた事のあるっていうか、見た事のあるっていうか……何か頭の中には残っている感じがする。

 ワロスだってそうだ。

「ネットのとある用語」

「へー……昔はそんな口調じゃなかったのにな」

 昔といっても中学時代は記憶に浅いが、今では数年前のような感覚に思える。

 その頃はもっとおしとやかな口調で大富豪のお嬢様みたいな口調だったのにその面影や今はまったく無し。

「お嬢様っぽい性格は疲れるの、私の演技どうだった?」

「……え、演技?」

「そう、演技」

 随分上手な演技だこと、その演技にクラス全員が騙されていたわけだ。

 まったく変わったんじゃなくて、昔からこんな性格だったのかよ。

「クラスのヒロインは偽り……か」

「ヒロイン? ははっ! くそ吹いた!」

「その口調やめい、昔のお前という記憶どんどんぶっ壊されてる」

「はいはいワロスワロス、昔の私なんて頭に思い浮かべて叩いて砕いて鼻で吸ってろ」

 なんつう言い方しやがるこいつ。

「お前、俺以外にそんな言い方すんなよ?」

「しないわよ、あんたは別に人畜無害そうだから私もオープンになってるだけだし」

 そりゃ喜んでいいのかな?

「そうだ。あんたの家にさ、パソコンはある?」

「あるけど?」

「使わせて」

 不敵な笑みを浮かべてそう言う姫子。

 嫌な予感しかしないな。

「えー……お前絶対引きこもるだろ」

「自宅警備員に少しは環境の改善を要求するニダ!」

 ニダじゃねえよこの野郎。

「携帯も家に置いてきちゃったし、ネットに接続するものがどこにも無いの。これはね、生き地獄なのよ。解る?」

「こういう時にあれ使えばいいのか?」

「何よ」

「逝ってよし」

「……にわか乙!」

 すぐさまに俺の太ももへローキック。

「……おおふ」

 防御力の低い部分へ的確に当たったからか、かなり痛い。

 一応居間にはデスクトップパソコンとワイヤレス接続できるノートパソコンもあるから、彼女に部屋で使わせてもいいが……嫌な予感しかしない。

「俺が買ったお菓子勝手に持ち出すなよ。それにバイトはしっかり続ける事、早寝早起きはもちろん、乱れた生活は送らないのを約束しろ。あと両親に対してもちゃんと話をしにいくなら考えてやる」

「親には会いたくないし話す事なんて無いわ」

 かなり不機嫌そうに眉間にしわを寄せる姫子。

 どうにも両親と喧嘩したのを思い出させるだけで彼女の怒気に燃料を投下するのと同じのようだ。

「でも今のままずっと過ごすわけにもいかないだろ」

「バイト代のいくつかをあんたの家に入れて、あの部屋に住む」

「何馬鹿な事言ってんだよ」

「私はマジと書いて本気、あんたと書いて下僕」

 はったおすぞこの野郎。

 しかし女友達の家に泊まってるという事になっていても流石に長期間では怪しまれるんじゃないかな。

 せめて連絡先さえ知れればなあ。

 思いきって姫子の通ってた学校に連絡して、連絡先を教えてもらうようお願いしてみるか?

 とりあえずこれ以上この状況を長引かせるのもあまりよろしくはない。

 両親と和解してもらいたいが、考えるたびに先は日本列島横断くらい長そうだ。

「ちゃんと両親と話し合えよ」

「何を話し合うっていうの? 親子の縁を切れって言えばいいのかな?」

「違う、和解だ和解。いつまでも引きずってみっともないぞ、反抗期まっしぐらの子供かお前は」

 ちょっと言いすぎかな。

 しかし言ってしまったものはもう手遅れ、姫子の表情にはやや怒気が滲み出るように表れる。

「そんな挑発釣られないクマー」

 またわけ解らん事を言う。

 しかも足取りは早まり、俺から距離を取ろうとする姫子。

 まあ、急いでもらったほうがバイトに間に合うから止めはしないが怒らせちゃったようで、中々言葉を掛けづらい。

 でもこの雰囲気を彼女が引きずったままバイトに行かせたくない。

「パソコンは部屋に置いておくぞ」

「え? いいの?」

 するとさきほどの怒気は何処にいったのやら、満面の笑みで振り返る姫子。

「のめりこむなよ、ほどほどにな。あとさっき俺が出した条件、守れよ」

「……えー」

 両親となるとすぐ嫌そうな顔するの止めろよなあ。

 結局両親に頼らないと生きていけないじゃないか、今は我が家に住み着いてるから何とか鳴ってるが、俺がいなかったらお前は今頃公園のホームレスだぞ?

「せめて少しは話し合え」

「……気が向いたら」

 気が向いたら、ね……。

 何時になれば気が向くかは解らんし、俺が気を向かせる努力をしていこう。

 それからは何とか駆け足で喫茶店へ彼女を送って何とかバイトの時間に間に合った。

 店でコーヒーでも、とは思ったが夕食の準備もあるしノートパソコンも運んでおかなきゃならんしで長居は出来ない、しかし微妙に時間はあるので店の前にあるベンチに座る。

 宗助、奏、手に持っていた手紙。

 これらの素材を合成させても姫子のやりたい事が解らない。

「もし」

「え? おわっ!」

 唐突に近距離から顔を覗かれて俺は飛び上がった。

 女性、ああ、女性だ。

 驚いた俺に対して微動だにせず、じっと俺の双眸を見詰めてさらに顔を近づける。

「ここの店、看板はどこにあります? 店名を確認したいのですが」

 客のようだ、それも初めてのご来店。

 大人びた女性だが制服を着ているので高校生、それに南奥高のもの。姫子は大丈夫かな……? 流石にそろそろ対応力も身についたとは思うが。

 それにしても手に持ってるのは高校生が手軽に持ち運びできる大きさの鞄ではなく、これから海外旅行にでも行くのかといいたくなるくらいの大きさのトランクキャリーは何なのだろう。

「看板はありませんよ、この店に名前は無いんです」

 どうして店に名前が無いのかというとマスターが良い店名が思いつかず、そのままオープンして結局名前がつかぬまま時間だけが過ぎていった結果、看板も発注せずに人気店。

 そろそろ店名くらい考えて豪華な看板をつければいいのに。

「そうなのですか、良かった。ナナシ喫茶って店探しても見つからないものでしたから」

 絹糸のような繊細さの長い艶やかな黒髪を彼女はさらりと撫でながらそう言う。

 ナナシ喫茶、そう呼んでいる人もいるが、うちの学校では少ない。

「貴方はここは常連ですの?」

「そうだけど」

「ここに大鰐姫子という子が働いていると聞いたのですけど」

「知ってるよ、アルバイトだ」

 そんで俺の家に住み込んでいる世話のやける奴。

 しかしいきなり彼女の事を聞いてくるなんて、なんだろう?

「あの、あいつが何か?」

「いえちょっと。ありがとうございます、それでは」

 軽く会釈をした淡々とした様子、優しく鼓膜を撫でるような口調に、快活な足取りは思わず目で追ってしまいたくなるくらいその全ての動作に興味を抱いてしまう。

 中学時代の姫子なら、もちろん同じように思っていただろうが今の姫子は彼女のような雰囲気はどこかに落としてきたようだからね。

 俺の中で未だに輝く姫子の姿、それを今――彼女に重ねてある意味での懐かしさを得てしまう。

 そのちょっとした懐かしさ、俺がそれを探してきたら姫子にすぐさま渡したいところだが見つからないだろう。

 だがどうして姫子がいるか確認したのか、ちょっと気になるな。

 もしかしてクラスメイトか? それならどんな会話をするのか、どんな反応をするのか、えとせとらなわけで俺は好奇心に背中を押されるように店へ入る事にした。

 姫子は接客中、エプロン姿がとても似合う。

 俺はカウンターに座ってマスターに挨拶、そして店内を一瞥して先ほどの女性を探してみると、奥のカウンター席に座っていた。

 俺と同じくコーヒーを注文して口に運んで、何度か姫子に視線を送っている様子。

 すると姫子とその女性の目が合い、足を止めて口を開けて後ずさり。

 片やその女性はというと微笑して小さく手を振っていた。

 お互いに顔見知りらしい。

 友人関係なのか、それとも姉妹……いや、それはないか。

 顔付きも違うし似ている部分を探すのは難しい。 

「……どう、して」

「久しぶりですね、姫子」

 話が気になるので空いてるカウンター席にこっそりと移動して聞き耳を立てた。

「ここでバイトしてるって噂がありまして」

「そうなの……」

「ご両親にはかなり言葉不足の連絡だったようですね」

「別にいいでしょ、どうせあいつは心配なんてしないんだから。それに帰るつもりはまったくないし!」

「あいつなんて・・・…貴方のお父様でしょう? あいつなんて呼んじゃ駄目ですよ」

 軽く頭を叩かれる姫子はやけにおとなしい。

 蹴ったりはしないのかな、それは浩太や俺限定だとしたら何だか理不尽だ。

「今はどこに寝泊りしていますの? まさか野宿じゃあないでしょうね? 女友達だなんて、貴方は嘘付くときいつもそれ。さあ、本当の事言ってください」

「……別にいいでしょどこに泊まっていようが」

「もう……ちゃんと連絡してくださいね? 私はとっても心配しましたの、解ってます?」

「……解ってるわ」

 姫子の奴、やけに大人しいな。

 彼女には頭が上がらない様子だし、俺にもそんな態度を取って欲しいものだ。

「解ってないです、どれだけ私が心配したのか。もしも貴方が事故に遭っていたら、公園や橋の下で寝泊りしていたら、誘拐されていたらどうしようとここ数日はずっと眠れなかったのですから」

 すると抱きかかえて頭を撫でてよしよし。周りの客も思わず見とれてるが、注文は滞ってる。

「ちょ、ちょっと……止めて」

「もうちょっと……もうちょっとだけ」

 あ、姫子の奴……苛々してる。

 しわの寄った眉間に、開こうにも工具が必要なのではないかと思ってしまうくらいに硬く握られた両拳。

 爆弾を観察しているようで怖いな。

 途中からじたばたとし始めたその時、姫子と目が合った。

「た、助けなさい!」

 ……と、言われましても。



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