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 まだ熱が引けてないので今日も休みます、俺はそう学校へ連絡しての朝を迎えた。

 一応本当の事である、風邪を引いているのは俺じゃなく大鰐なわけだけど。

 夏木先生の携帯電話の番号は履歴に残っているので直接連絡は出来たが、会話していると面倒な会話しか想像できないので学校に連絡して避けておく。

 看病しに行くとか言い出して本当に家へ来るかもしれないしな、やりかねないよあの人は。

 寝室に行くと大鰐は着替え中だったようで、

「ちょ……」

「あっ……」

 下着姿の彼女はとても魅力的、胸のふくらみはなかなかのもの、とかまじまじと見ていられる状況では無いのだが、こういうのは男の本能というか、それよりもこんな事を考えている場合じゃない。

 心臓の鼓動が激しくなる中、頭の中にある卑しい思考を払拭して改めて考える。

 落ち着け、こういう時は慌てふためくよりも、冷静にだ。

 俺は何事も無かったかのように扉を閉めた。

 その五分後、彼女は扉を開けて俺の双眸を突き刺すような視線で見つめる。

 着替えは無事に終えていて母さんが貸した予備のパジャマは些か大きめではあるが裾を捲くったりして調整していた。

 何を着ていても似合うものだね、彼女の容姿がどんな服装であっても可愛らしく映してしまう。

 さて、どう謝罪しようか。

 むしろここは褒めるべきかな? いやいや、それじゃあ駄目だな。

 彼女の怒りをどうにか逸らすような台詞を言わなくては。

「うん、並みってところだな。俺はもう少しふくらみがあれば文句無いんだが」

「よし、歯ぁ食いしばれこら」

 食いしばる猶予も無く思い切り頬を殴られた。

「痛っ……! ちょっと、ぐーで殴るのは無いんじゃ……」

「本当は殺してやりたいんですけどー。マジあったまるわー、体あったまるわー」

 殺さないでください、お願いします。

 しばらく睨み続けた彼女は溜息をついた後にて布団へ。

 窓を見つめて俺の方なんか見てもくれない。

「ほんとすいません。ああ、そうだ。買出しに行くから、何か食べたいものある? そろそろおかゆ以外のもの食べたいだろ?」

「……お好み焼きキボンヌ」

 これはまた似合わない、ていうか朝からお好み焼きもどうかと思う。

 つーかキボンヌって何……?

 しかしお好み焼きの粉や具材など意外と材料集めが面倒ではあるが、彼女の下着姿を見てしまった罪悪感が了承させる。

 それに食欲が戻っているのだから、いっぱい食べて薬を飲んで元気になってもらおう。

 今日は朝から太陽が出ていて五月らしくない暑さだなと空を仰ぎ、俺は近くのスーパーへ向かう。

 それにしても風邪が治ったら大鰐はどうするのだろう。

 家には帰りたくないとは言っていたが、彼女が帰りたくなくともこちらからはどうにか両親に連絡はしておきたい。

 家出の理由やら色々と聞きたいのもある、それらの話を切り出そうとは思っていたが俺の不注意で不機嫌になってしまったから、言い出せない。お好み焼きを食べて満足してもらったら切り出してみるとしよう。

 そうしていつもの公園を通りかかり俺はいつものように一瞥。

 今日は特に変わった様子も無く、人影は無し。

 すると俺は裾を引っ張られ、唐突だったので軽く肩を震わせて振り返った。

「ここはどこかな?」

 白い服かと思いきやパジャマ姿の少女が目の前にいた。

 その服故に赤毛の短髪が実に目立つ。

 彼女は俺の裾を引っ張りながらそう呟くが、ここはどこかという説明には住宅街としか言いようが無い。

 いいやそれよりも、別の返答が優先される。

「……もしかして、風間浦? お前、風間浦奏じゃないか?」

 昔、ああ……まだ俺が小学生だった頃、初恋を抱いた少女の名前。

「何故知ってる? 君はもしかして……」

 もしかして?

「父さん!?」

「絶対に違う」

 それよりも彼女が奏なのは確定したが、俺の事は憶えていないのかな。

 以前に会ったのは小学三年くらいの頃、思い返せば六年前くらい。

 今の俺は幼少期のような活発さは無いし髪形も昔の短髪とは違ってぼさぼさ。

 解らないのは無理ないかも。

 それは残念だけどこうして会えただけで気分はかなり高揚している。

 見た目ではきっとわからないだろうが、心臓の鼓動は激しく脈動しているし終始自分に落ち着け俺と言い聞かせている始末だ。

「それより私はどうしてここにいるのかな?」

 ……俺に聞かれても困るなあ。

 自分の胸に聞け、ああ、こういう格好良い台詞を突きつけてみたらどう反応するかちょっと試してみたい。

「君は何者かな?」

 俺? 俺は平輪中央高校に通うごく普通の生徒だよ、そんで君とは小学校の頃にクラスメイトだったんだけど。

 さらに秘密ではあるが昔、君に恋した奴でもある。

「あ、ちょっと待って。もっと重要な質問があったの。聞いていい?」

「ああ、言ってみて」

「ここはどこで私はどうしてここにいるの?」

 駄目だこりゃ。

「奏、お前頭でも打ったのか?」

「そう、私の名前は風間浦奏。しかし私が風間浦奏ではあるものの、ここがどこでどうしてここにいるのかは私には解らないし、私が奏であるからといって解るわけでもないの」

「何を言いたいのかさっぱり解らん」

 目を見る限り実に純粋な瞳で見つめてくるのだから、本人は俺をからかおうなんて思考を持ち合わせていない様子。

「もしかして迷子?」

「迷子になるような歳じゃないよ!」

 そりゃあそうだろうけど。

「観光通りを通ってたらいつの間にかここにいたの。あそこに戻らなくてはならないの……! そして私がここにいるのはおそらく……私は拉致された」

「誰に?」

「推理するに……貴方ね」

 俺は溜息をついた、君に推理をさせたら迷宮入りの事件が大量生産だ。

「名誉毀損で訴えるぞ」

「べ、弁護士に連絡を」

「その前に警察に迷子だと連絡しろ」

 といってもここで会ったのは何かの縁だ。

 スーパーへは観光通りからでも行けるから、ついでに彼女を観光通りまで案内するとしよう。

 観光通りまで行けばある程度の場所へ行けるだろうし近くには観光用に設置された地図もある。

 観光するものなんて無いんだがな、まったく意味の無い地図だ。

 でも観光通りとは逆の方へ行くと田んぼにたどり着くしそっちへ行かれちゃあ大変だ。

「ついてきなよ。観光通りまで案内してやるから」

「それなら拉致の件については許しましょう」

 拉致なんてしていないけどな。

 まったく近くのスーパーへ行くつもりがすごい遠回りだ。

 それでもこの子を放置したら危険な気がするので、無事に観光通りまで送り届けるとしよう。

 最近、出会いと面倒事が多い気がするが気にしないようにする。

「俺の事、憶えてない?」

 しばらく俺の顔を見るも首を傾げる奏。

「ナンパかね? 君もやるのう」

 まあ街中で普段着の君と出会ったらナンパしちゃうかもな。

 憶えていないようでかなりショック――だけど、表情には出さないようにしよう。

「でもなんでパジャマ姿?」

「起きて間もないのだ!」

 いや、だからといって外には出ないだろう。

「家はどこだっけ?」

 近くなら送りたいものだが、引越しでお別れになったんだよな。

 以前の家はかなり遠かったし観光通りとは逆方向、それでも彼女が寝起きでここにいるのはこの街に戻ってきて観光通りに無理なくいける距離の場所に今は住んでいるのかな。

「むむ……私の家、おそらく何者かが知っているはず」

 お前はどうして会話が成り立たずに捻じ曲がる?

「貴様、知っているな!?」

「知らん」

「何故!?」

「いや、ああ……もう!」

 この会話、どこまで捻じ曲がるかもう知らん。

 兎に角観光通りまで行けば大丈夫そうだ。

「まあいいや、ちゃんとついてこいよ」

「この優しさ……」

 こうしていると昔を思い出す。

 昔の俺は誰かが困ってると手を差し伸べて、そんで満足するまで駆けずり回ったっけな。

 こいつも困っている奴の一人だった。

 といっても、憶えていなさそうだが。

「ヒーローだな貴様!」

「もうヒーローでも何でもいいよ……」

「その反応、気分は苦味~」

 この陽気な性格、昔から変わらないが変わらなすぎて困るぜ。

 せめて会話が成立すればいいのだが、この様子じゃ難しい。

「しかしながら、ここらは初めて通る場所だから、興味深い」

 まるで全てが興味の対象かのように奏はあたりに目をやった。

「そりゃ結構」

 この住宅街の住民では無いのがわかるね。

 しかしながらパジャマ姿で迷子なんて寝惚けてたとかそういう領域など通り越してしまっている。

 一体どうしてこうなったんだか。

 それにスリッパを履いているのと彼女がやや足を振り上げて歩いているからか、足音がぱたぱたと妙にうるさい。

 目を離せば勝手に歩いていってしまうので、後半は手を繋いでの行動。

「やっぱり外は気持ちいいねえ」

「そうだな」

 それほど普段は外に出ないのかなこの子は。

「でも歩くの疲れるねえ」

「観光通りまではほんの少し歩くくらいだ、我慢しろ」

「おんぶしてほしいかも」

 何だ、似たような事が昨日あったぞ。

 デジャブではない、確かにあったな。

「このままでは足が折れてしまう」

 そんな馬鹿な……お前の骨密度はどうなってるんだよ、いくらカルシウム不足でもその若さで歩行程度なのに足が折れるなんて脆すぎるぞ。

「ヒーロー骨折って感じのになりそう」

「疲労骨折な」

「それかもしれない! ……だがしかし、違うかもしれない」

「それだよ! いや、決してお前が疲労骨折しているわけじゃないけどな!」

 しかし嫌ではないのでここはおんぶをしてやるとする。

 スリッパでは歩きづらそうだしさ。

 俺は膝を折って屈むと少女はゆっくりと俺の背中に。

 随分と重さが感じられない、大鰐よりも軽いかも。

 でも幸せを得られる感触が無い。いや、それが目的で承知したのでは無いのだから勘違いしてほしくないものだがね。

「全速前進してしまえ」

「ゆっくり行くぞ」

 えーっ、と残念な声を上げられるも全速前進して俺のエンジンが切れたらスーパーまで行くのも疲れるのでな。

 そうしてようやく観光通りに到着したのはそれから十分後の事だ。

 観光通りに到着するや歩道でうろうろと何者かが誰かを探しているように歩き回っており、俺は奏を目を合わせた。

「もしかしてさ、お前を捜してるんじゃない?」

「そうかもしれないがしかし……私の命を狙う殺し屋かもしれない!」

「はいはい、解った解った」

 よく見れば看護士のような白を基調とした服装。

 そしてこいつはパジャマ。

 目をこらしてみると彼女の履いてるスリッパには平輪中央病院と小さな文字で書かれていた。

 つまり……病院から脱走したんだなこいつ。

 おいおい、平輪中央病院はここから結構な距離だぜ。

 よく歩いてこれたもんだ。

 思い切って近寄ってみると案の定、奏を捜していた看護士。

 入院しているにしては普通に元気そうだし病気を患っているとは思いがたい。

 普通に歩いて看護士に寄り添う様子から、特に歩行に関しては苦にならないようだしな。

 なら何故俺におんぶを求めたのか、それは多分……歩くのが面倒なだけだったのかも。

「またおんぶしてもらうとするよ」

「またおんぶしてやる」

 看護士に何度も頭を下げられるも、こちらとしても頭を下げたい気分だった。

「お前、どこか身体悪いの?」

「健康体の塊に何を言うか!」

「ああ、悪かったよもう」

 結局、彼女がどうして入院しているかは聞けず。

 しかし昔の思い出に浸れるような感じで気分がいい。

 昔はこう一緒に皆と駆け回ったりして、奏は見ず知らずの子でも一人で寂しくしているようなら誘って一緒に遊んでしまうくらいに明るい性格で、それは今も変わらない様子だ。

 ただどこも怪我をしている様子でもなかったのに入院していたところを見ると病気でも患ったのかとも思うが、奏曰く健康体の塊らしいし益々解らんな。

 平輪中央病院、今度お見舞いに行こうかな。

 病室とか電話番号とか色々と聞くべきだった、本当に俺って奴は肝心なところが抜けている。

「まあ……そのうち会えるだろ。行くか……」

 ようやくスーパーへ行けるが、どうにも遠回りをしたおかげで目的地へ向かうのすら面倒だ。これがゲームだったらセーブしてすぐさま電源を切るんだがな。

 買い物を終えて家に帰るや、

「遅い、遅すぎる! げほっ」

 怒り心頭に発する大鰐が待ち受けており、機嫌を取るどころか不機嫌にさせてしまうわ、更には咳が頻繁に出るようになってしまうわで踏んだり蹴ったり。

 結局聞こうとした事も聞けず。

 厄日、そう言わざるを得ない。


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