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「ほら、これ食べて」

「ううん……おかゆ……?」

 空腹ではあるがおかゆはちょっと……と言いたげな表情。

 まるで顔に書いてあるかのように解ったよ。でも風邪を引いたときはおかゆ、それが一番。

「味はどう?」

 毎日朝食を作ってるから料理には自信があるんだけど。

「不味い」

「本当に? 味見したんだけどな」

 鮭が残っていたので細かく刻んで作った鮭おかゆ、味見した時は我ながら流石だと自画自賛してたのに。

「ふん、いいわ……げほっ」

 咳き込んだのは風邪のせいであって鮭おかゆのせいでは無いと思いたい。

 暫しの時間が経過して今の時刻は十時十五分。

 もう学校では二時限目が始まっているものの俺は自宅にいる。

 一時間ほど前に浩太からのメールにて、『今日はどうしたんだ?』との事だがその時俺はおかゆでも作っていた頃だったと思う。どたばたしていたので気づかなかった。

 メールを返しておこう、余計な心配は掛けたくない。

 とりあえず『今日は休むよ』とだけ返信。後で学校のほうにも連絡を入れておくとする。

 理由はそうだな、目が覚めたら具合が悪かったとかそういうありがちなもので誤魔化しておくか。

 まったく、サボるのも面倒なものなんだぜ? 解ってんのか大鰐よ。

 文句を言いたいところだが彼女は風邪薬の効果もあってぐっすり眠っている。

 薬を飲んでからは顔色のそこはかとなく良くなったかな。

「……そう」

 すると彼女は眉間にしわを寄せて口を開く。だがまだ夢の中、寝言のようだ。

「そう、すけ……お願い」

「そうすけ?」

 言い終えると力が入り始めていた全身はぐったりと力が抜けて、その後は落ち着いた寝息をたてる。

 そうすけ、聞き覚えのある名前。

 小学校の時のクラスメイトだった藤崎宗助。

 彼を思い出したが、偶然同じ名前だったのかもしれない。

 ただ、彼を思い出して懐かしいなあなんて過去の思い出を蘇らせて暫し思い出を堪能。

 中学は別々になってしまって、お互い連絡も取り合わず疎遠になってしまったが今彼はどうしてるのだろう。

 といってもだ、俺の想像している宗助と彼女の言うそうすけとは同一人物であるとは限らないがね。

 すると唐突に携帯電話が震えだす。

 バイブレーション機能、それに音を出さないサイレントモード中なので考え事なんかしてると時々驚いてしまう。

 携帯電話の画面には名前表記無しの電話番号のみ、最近よく電話番号の交換などを頻繁にしていたので登録し忘れていた友人でもいたかな?

 とりあえず電話に出てみるとしよう。 

「もしもし」

「夏木桃子ですが今日はどうしたのかな?」

 あんたかよ、電話に出ないほうが良かったな。

 けれど夏木先生がどうして俺の電話番号を知ってるんだ。

「あーげほっ。すみません、連絡できずに。風邪を引いてしまって今日は辛いので休みます」

「そう……。解ったわ、お大事にね、お見舞いは必要よね?」

「結構です」

 直ぐに俺は電話を切った。

 何だか会話していると悪い流れを生み出してしまいそうだ。

 お見舞いという言葉が出た時点で家に来る口実を作ろうとしていたのではないか。あの人ならやりかねない、ああ、本当にさ。

 しかし連絡する手間も省けてやる事が無く暇である。

 まだまだ起きそうに無い大鰐、表情がやや辛そう。

 額に貼った湿布が火照っているのかもしれない。俺は静かにゆっくりを意識して湿布を張り替える。

 すると先ほどまで力が入っていた眉は緩やかに上がる、気持ちよさそうで何よりだ。

 それにしてももうやる事など探しても無く暇の一文字が俺の状況。

 なるべく寝室から動かないほうがいいというより極力無駄な行動を起こして物音は立てたくない。

 ここにあるのは寝室とは言えないようなものばかり。

 母さんが仕事で使っていたものを、役目が終わったらここに放り込んでしまっていたので解読不能なメモや鉛筆、固く紐で縛られた書類などで他は主に古着だ。

 他には読み飽きた漫画本や雑誌。

 ああ、これなら暇つぶしにはなる、一度読んでも久しく読んだ時はもう一度楽しめるからね。

 それから二時間後、腹の虫が鳴り始めた頃だ。

「……何か、飲み物頂戴」

「具合はどう?」

 冷水を差し出すと大鰐は上体を起こしてゆっくりと飲み、一息ついた。

 顔色は良好、もう一杯! と差し出す手の動きに快活さが戻り始めているので薬も効いているね。

「まだ身体はだるいけど、少し楽にはなった」

「でもどうして公園なんかに? あの様子だと野宿してたよな?」

「別に、色々とあって家には帰りたくなくて泊まる場所が無かった。それだけ」

 それだけ、と四文字で済ませるには随分と質の濃い四文字だこと。

「学校はどうしたんだ? 昨日も公園にいたよな? それも朝から」

「辞めた、それだけ」

 それだけって言えば何でも解決すると思ってるのかこいつは。

 といってもあまりに唐突な事実に思わず声を漏らしたが、冷静すぎる彼女を前にするとこちらも自然とすぐに、ああそうなんだ……と受け入れてしまった。

「でもどうして?」

「プライバシーの侵害なり」

 でも、本当に君はあの大鰐姫子なのか? なんて口にしてはいけない疑問が頭の中でぐるぐると回っている。

 あまりにも……ああ、あまりにも中学の頃に輝いていた彼女と目の前にいる頭の湿布が剥がれかけているのも気づかず、寝癖もひどくて外見からして才色兼備など感じられない彼女とどうにも一致出来ない。

 出来ないし、したくないのもある。

 学校を辞めた、そんで野宿してたとなれば考えられるのは、学校を辞めて親と喧嘩かなんかして家を飛び出し野宿。

 大体そんな事情と流れかな? 推測にすぎないがな。

 しかしながら彼女の口から説明を求めるのは今は止めておこう。

 風邪を引いている今はそっとしておくのが一番だ。

 それからは昼食を用意して、薬を飲んだ大鰐は午後になるとまた眠りについた。

 母さんが帰ってきたらなんて説明しようかと考えながら夕方には夕食作りをしていると大鰐は目を覚まして、おかゆを食べさせて風邪薬を飲むと彼女は再び眠りについて、よく寝る奴だなと感想を漏らしたのが夕方六時過ぎ。

 それから数分後、

「ただいま、母さんのご帰宅よ」

「おかえり、息子のお出迎えだよ」

 ここ最近は酒を飲んで帰宅はあまりなく、自宅で酒を飲むのが多い母さんの帰宅は結構早い。

「晩御飯何?」

「ぺペロンチーノスパゲティ」

 茹でて味付けするだけなので作る側としてはかなり楽な料理だ。

 それに母さんは辛いのが大好きなので辛めに味付けすれば文句など言われないし言わせない。

「最っ高」

 にんまりと口元を緩めてスーツを放り投げながら居間へ。

 母さんはいつもこうだ。

 だから俺は居間に着替えを事前に用意して置いておくと母さんはそれに着替えて、カシュッっと缶を開ける音が聞こえたら食事の準備完了。

 俺は調理を素早く済ませて食卓に。

「この辛さ、たまらんちん」

 最後にちんをつけるのは何なんだろう。

「また料理上手くなったね」

「お蔭様で」

 文句を言われるから上手くなったわけで、普通なら母さんが作る側だと思うが。

「そんないやーな目つきしないの、髪も伸びてきたしそろそろ切ってあげようか? いつも美味しい料理作ってくれるお礼にさ」

「いいよまだ。先生に注意されたら切るし伸びるの遅いから」

「ならキスしてあげる、母さんのあっつあつのキス」

「なんかキスされたらひりひりしそうだしやだ」

「ひりひりって何さ」

「唐辛子的な意味でさ」

「もー、たまには母さんに息子孝行させてよね」

 そんな会話の中、俺はどう説明しようかと考えていた。

「……あの、さ」

 とりあえず、隠すよりはいいので報告はしておくべきだな。

 風邪を引いた女の子を拾ってきたので看病してるとか、もう勢いに任せて言ってしまおうと思う。

「女の子でも連れ込んだ?」

 出鼻を挫かれて、俺はスパゲティの絡んだフォークを落とした。

「いや、ね。玄関に知らない靴があるし女性物の靴だなあとか思っちゃってね。あたしは別にあんたがいちゃいちゃしようと構わないわよ?」

 そういえば靴は隠してなかったな、別に隠す必要も無かったからだが。

「いちゃいちゃしてないよ。知り合いが風邪引いて倒れてたのを偶然見かけて、家には帰りたくないとか言い始めるし仕方ないから家に運んだだけであって」

「つまり衰弱した女の子を連れ込んだのね? いやらしいわあ」

 解釈の仕方がおかしいだろ。

「喜んでくれ。俺は今日から母さんとは金輪際口を利かないと決めたから」

「冗談よ、いや、ね。別にあんたが何をしよがあたしは構わないの。信じてるわよお我が息子よ!」

 ああ、よくよく考えれば特に深く説明を考える必要は無かった。

 いつも最後は「あんたが何をしようが私は構わないの」だからな。

 それでも一応説明は必要だと思ったが、結局のところ母さんには説明よりも結果だけを話せばいいのかもしれない。

 まったく、息子を信用しすぎるっていうのもどうかとは思うぞ。

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