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「え?」

「手伝うって」

「いいのね? ほんとね? 嘘じゃないよね? 絶対よね?」

「了解した、了承した、承諾した、承認した」

 これでもう確認の必要は無いだろ、そろそろ肩から手を離してもらえるとありがたいんだが。

「だから、急ごう」

 ある程度なら場所は憶えている、一言で片付けるならここからでは遠い。

 急いで行ったとしても一体何時に帰ってこれるのやら、それと周りの心配がどれほどその掛かる時間によって拡大していくかだ。

「そうね、先ずは家に戻って奏に履かせる靴を取りに行かないと」

「スリッパはとても歩きづらいわ」

 奏もスリッパには眉間にしわを寄せるくらいの不満さ。

 ただ今から家に戻るのはかなりの時間ロスだ。

「観光通りに行けば靴屋もあるし、そこで買おう。時間は少しでも節約しないとな」

 手持ちも靴一つ買うくらいなら何とかってところ。

「それもそうね」

「忝い」

 どういたしまして。

「面倒なんであたしは帰っていいっすか?」

「駄目に決まってる、あと携帯出して?」

「なんで?」

「早く出せ」

 栄子さんの立場はかなりよろしくない、だからこそ素直に彼女は姫子へ携帯電話を差し出した。

「これは預かるからね」

「くっそ何だよ……」

「あ゛?」

「い、いえいえ何でもございません……」

 肩身狭いですね。

「ちゃんとついて来なさいよ、はぐれたらその瞬間携帯粉々にするから」

「はあ? なんであたしがついていかなきゃならんのさ!」

「だってあんたをここで帰したら面倒な事してきそうなんだもん、心配しなくてもあとでちゃんと帰すから」

 それもそうだ。

 また警察に通報されたらたまったもんじゃない。

 さらにそれで清次さんへの脅しのネタにされかねないもんな。

 時刻は既に夕方五時過ぎ、やや急ぎ足で俺達は靴屋を探して奏の足のサイズに合う靴を購入。

 お金は俺が出そうかと思ったのだが、

「栄子、金」

「は? なんであたしが?」

「あ゛? 金持ってんだろ? クソ親父から脅して出させた金がよ。それともあんたの煙草吸ってる写真とか誰かに買ってもらって金作ればいいのかな?」

「すみません、出します、勘弁してください……」

 ちょっと可哀想に感じてきた、姫子には何も言えないけど。

「新しい靴だよ、どう?」

 嬉しそうな奏、今は別に軽そうな靴なら何でもいいだろうとお洒落要素の無い極普通の白い靴を選んだが汚れ一つ無い新品の白は本当に綺麗で確かに履いてるところは見せたくなるな。

「いいね、似合ってる」

「似合ってねーよクソタコがあ……高ぇの選びやがって……」

 不貞腐れる栄子さん、いいのかなあそんな事言って。

「おい、もう一度言ってみな?」

 ほうらきた。

 鬼のような顔をした姫子の機嫌をとらないと大変な事になりますよ。

「あっ、いえいえお似合いですよ奏ちゃん!」

 両手を擦り合わせて媚び諂う栄子さん。上品で清楚とか清潔感あるとか俺の抱いていた印象をつくづく粉砕してくれる。

 他には念のためと近くの店から懐中電灯や飲み物を購入、もちろん全て栄子さんのお支払い。

「さあ、向かうとしますか。よろしくっ」

 よろしくっ、って言われてもね姫子……。 

 店を出て、目的地までの距離を考えると歩きでは片道一時間ってところ。

 いいや、もっと時間が掛かるかもしれない。

 ならば、だ。

「バスで近くまで行こう」

 思い出の場所には流石にタクシーで行けないが近くは住宅街があったのでそこらまではバスで時間短縮を図ろう。

「それよりタクシーね」

 でもタクシーって高いよね。

「栄子、よろしくっ」

「よろしくっじゃねーよ!」

「あ゛?」

「払わせていただきます、タクシーも拾ってきますね」

 へいタクシーと勢いのある口調で、やややけくそ気味にも感じられるも栄子さんはすぐにタクシーを停車させた。

 助手席には俺、後部座席には女子三人が乗り込んだ。

 栄子さんは真ん中に座っており、しかも縮こまってるのでなんだか逮捕した犯人の護送中みたいな感じに見えるね。

 自分の記憶を頼りに、運転手へ道筋を教えて目的地へと進んでいくにつれて不安は膨れ上がっていく。

 ここ数年ほど、住宅地拡大のために小さめの森林地帯や何も無い丘などは住宅地へと移り変わっていってる。

 思い出の場所ももしかしたらもう無くなってるのではないかと、考えたくは無いものの考えてしまう。

 それから十分後に到着、やはり車を利用すればすぐだ。

 憶えてるのは近くに小さな駅があったのと、北側には森林がいくらか見えた光景。

 その森林を少し進めば丘が出てくるのだ。

 あたりは住宅街がかなり広がっているものの、北側に目を向けると森林が昔と変わらずに残っていた。

 近くには川が流れており、住宅は増えたものの自然は変わらずに残っていて木々が震える音や川の流れる音が自然の香りもあって心地良さを抱かせる。

 ほっと、溜め息さえついてしまうね。

 すごく安心したのもある、思い出を壊さないここら周辺の音、空気、雰囲気、それらが心から落ち着かせる安心感を引き出してくれた。

「懐かしいね」

「そうだな、懐かしい。でも懐かしがるより今は足を動かさなきゃ」

 日も暮れ始めてる、完全に日が暮れる前に目的地に到達しなくてはならない。もっと時間があれば深呼吸でもしたいところではあるがね、それはいつかまた機会があったらするとしよう。

 今は皆で足を動かすとする。

 この地域は高低差もあるので住宅街から森林へ向かうのもほとんど上り坂。

 急がなくてはならないものの、体力面を十分に考えてのペースにしなければ疲れ果ててしまうので気をつけねば。

「昔は簡単に登れたのに、今では中々辛いわ。私も老いた」

「老いたって言うにはまだ早いと思うぞ」

 時々ふらついて大丈夫かなと心配になる。

 奏は入院していたから体力があまり無いはずだからね。

「私は完全に老いたと思う」

「お前は怠けすぎただけ」

 奏と姫子、二人の疲れ具合を見る限り姫子がやや表情に表れ始めてる程度。

 栄子さんに関しては煙草のせいか肩が上下に揺らいで眉間には深いしわができてしまってる。

 ようやく森林付近まで到着したが昔と違って住宅が建てられていたりで、近くの空き地から行くものの、立ち入り禁止の標識と有刺鉄線の柵。

 昔はこんなもの無かったが森林へ行かせないようにとの配置したと思われる、その理由は解らないが。

「邪魔ねこれ……。よし栄子、飛び込め」

「あたしに死ねと?」

「そうね」

「おいションベン小僧! こいつの頭の中を何とかしろ!」

 ションベン小僧ってもしかして俺の事!?

「あの」

「どうしたの奏、のど渇いた? お腹すいた? 疲れた?」

 奏には天使のような笑みを見せる姫子。

「これ」

 奏が指差したのは柵の下。

「潜れる」

 奏の指差してる場所は他の場所より凹んでいた。

「少し掘れば潜れるわね、流石奏!」

 手で掘るのは中々大変だがその役割を担うとすれば俺と栄子さんかな。

 ちらりと俺と栄子さんを見たので無言の命令に俺達は目を合わせて、お互いやるしかないと決意して掘る。

 若干乾燥しているので掘るにはそれほど苦労せず、あとは潜る時に鉄線のとげがついていない部分を注意して上に引っ張ってやれば難なく潜れる。

 無事に全員通り抜けられたがここからが問題だ。

 日が暮れ始めて橙色は既に黒色が染め始めているこの時間帯、少し歩いてたどり着いたのは生い茂る木々。

 小さい頃に感じたのは広大な森、今ではあの頃よりも広くは感じない……と思いたい。

 思いたいだけで目の前にはあの頃と変わらぬ広大な森があるわけだが。

「あとは頼んだわよ」

 期待の眼差しを向けないで。

「大丈夫なのかよおい」

 周りに俺達以外人がいないからって煙草吸い始めないで。

「……大丈夫?」

 大丈夫じゃないよ奏。

 森の中に入るや、もはや夜と変わらない暗さに懐中電灯をつけて進んで行く。

「煙草の吸殻捨てないでくださいね」

「黙れクソガキ」

 ああ、昔の栄子さんに戻って欲しい。

「捨てんなよ?」

「は、はい……すみませんでした」

 姫子と俺とじゃ態度が違いすぎて辛いね。

 昔の記憶を頼りに歩いていき、我ながら記憶がぼやけていても体が行き先を覚えている事に安心する。

 この森は少しでも方向を間違えると近くの山へ、それか川に、下手をすると何も無い空き地へたどり着いてしまい丘には正確なルートを通らないとたどり着けない。

 方位磁石でも持ってくればよかったかな、自分の体が覚えているからいいけどあればあればで方位磁石の見方が解る今なら頼りになる道具だからね。

 幸いなのは季節が夏に入っていないので草はまだ伸び始めで膝くらいまでしか長さが無く進むのが楽だ。

 森の中に入ってしばらくの事。

「おい、いつでも何かあったらすぐに電話できるようにしておけよ」 

「え? どうかしたんですか?」

 栄子さんは先行する俺に近づいて耳元で唐突にそう話しかけてきた。

「あいつ、足遅くなってるだろ」

 あいつとは、一番後ろで姫子に手を引かれながら歩いている奏を指しているようだ。

「そうですね、でもそれが?」

「あたしもあんま詳しく知らねえんだが、あいつやべえんだろ?」

 ま、まあやべえらしいですね。

「運動機能も低下していくんだっけか、そうなるともうやべえ兆しとか姫子の親父が言ってたからな」

「そ、そうなんですか?」

 奏に関しての情報は全てを確認したわけじゃない、USBメモリに入ってた内容を最後まで読むべきだったかもしれない。

 運動機能の低下、もしかしたら奏は動けなくなる……?

「そんな事も知らなかったのかよ。ま、あたしは携帯取られてるからてめえに任せるぞ。むしろ今から警察なり何なりに連絡しちまえよ」

「それは出来ません……二人のためにも」

「かっ、どうなろうが知らねえからな」

 煙草を取り出してまた吸い始める栄子さん。

 煙草の独特な匂いは苦手ではあるが森の香りがそれをすぐにかき消してくれる。

 やっぱり自然に囲まれるっていいね。

「そういえば、以前栄子さんが言ってた妹さんのお話は……その……」

「本当かって?」

 以前の栄子さんとの話もどこまでが本当でどこまでが嘘なのか線引きがもう滅茶苦茶だ、だからふと気になった妹さんの話これはどちらなのかをどうせまだしばらく歩くから暇つぶしにと聞いてみた。

「かっ。それは本当だ、身体は弱えくせに姫子みてえな生意気な妹だ。鬱陶しいからあいつの親父を脅して病院に入院させたがな」

 なんだろう、こうして思うと栄子さんって、

「やっぱり貴方はいい人ですね」

「どこが? あたしは自分をクソ以下だと思ってるぜ? 姫子の監視役だってよお、あれは金を貰ってたからやってたしそれでも物足りねえから脅して高菜の入院費もあいつ持ち、生活費もよこせって言ったくらいだからなあたしは。かかっ」

 高菜っていうのは栄子さんの妹の名前のようだ。

「俺は貴方がそれほど悪い人間には思えないです」

 妹さんのために何が何でもっていう印象、そりゃあ手段は褒められないものではあるけどこの人は根っからの悪い人間じゃない。

 俺はそう思う。

「馬鹿め、そんな奇麗事言うてめえみてえな奴は嫌いだ」

「す、すみません……」

 煙草を吸い、吐き出すや口はへの字になって若干不愉快そうな栄子さん。

「だが奇麗事言わないなら嫌わないでやる」

「え?」

「さ、さっさと歩け!」

 肩を強打されて慌てて俺は先行。

 栄子さんの本性には最初は驚いたけど、こうして話すとやっぱりこの人は良い人だ。

 姫子はどう思ってるか解らないけどさ。

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