第3話 case 2-苛立ち
その男は苛立っていた…いや、苛立ちを通り越し諦めていた。
授業を受ける気も無い、理解しようともしない学生どもに…そして、この無意味な時間に…
背後から聞こえる学生どもの低レベルな私語を背中で消すように、男はただ黒板と向き合っていた。
カツ、カツ、カー、カーカツ、カッカツ、カー
男は黒板に当たるチョークの音だけを聞いていた。
一通り図を書き終えると、振り返る事なく、黒板に話しかける様な小さな声で授業を進めた。
「この図のように、x軸上を等速で運動する物体が… … … …右方向をx軸正の向きとして…… … …移動距離がxであるから… … …」
カッカッカッ、カッカツ、カツ、カー、カツ
「次の図は、x軸上を… … 速度vと時刻tとの関係を示した… … …物体Aは6m/sで一定の… …物体Bは初めの1秒間は… … … 加速している… … … … …物体Cは … … … …時刻0から3秒までの間に、各物体が… … … … … …それぞれの速度が異なることから… 」
「… … …この数式を覚えておくと、更に複雑な… … … … …物体の運動の基礎であるから、理解しておくように」
男がこの授業中に初めて振り返った。
教卓の上に置かれていた教科書を手に取り、閉じた。
ジリリリリリリリリリリ
授業の終わりを告げるベルが教室に響いた時には、男はすでに自分の椅子に深く腰をかけ、窓から外を眺めていた。
ふぁ〜、あ〜、ふぅ〜
学生達は次々と大きなあくびしていた。
「長かったなこの時間、全然聞こえねぇよ」
「だな、スミスのやつ授業する気ねぇだろ」
「おい聞こえるぞ、それよりランチ行こうぜ、腹減ったわぁ」
(スミス)
全部聞こえている。目上の人間に気遣いも出来ない愚か者は、ホットドッグでも食べて帰れ。
「ねぇねぇ、今日の授業分かった?」
「分かるわけないでしょ、ずっとあんたと喋ってたじゃん」
「確かに」
「√ ?ルート?無理無理、意味分かんない」
「「キャハハハハ」」
(スミス)
は?√すら理解していないのか?今までの数式をどう理解しているんだ…そうか、解いてすらいないのか、まあこいつらには無理か。
「数学って難しいなぁ」
「いや、今の時間って物理でしょ、物体の運動がどうとかって…」
「物理だったの?物理なんか興味ねぇわぁ」
「お前、数学も物理も点数悪いよな」
「うるせぇなぁ、お前もだろ」
(スミス)
物体の運動など、物理学では基礎の基礎。この時点で見失っているようなら、もう私の授業を受ける資格すらない。もう来るな。来ないでくれ。
ここは、イギリスの片田舎にある高校。スミスはこの学校の物理教師である。
授業を終えた後も「早くこの部屋から出て行け」と言わんばかりに、学生達に背を向けたままである。




