第34話 case 4-被告人 高梨央吾
判決は殺人罪で無期懲役。
情状酌量の余地があるとは言え、殺害の残忍さ執拗さから見ても妥当な量刑である。
法廷では裁判官から最後に何か言いたい事があるかと問われ、
「特に…後悔はありません…」
呟く様な小さな声で、視線を下げたまま表情一つ変える事なくそう答えた。
「もう少し量刑が軽くなると思ったがな」
「まあ反省の意思が無いってとこが、裁判官の心象悪かったのかもな」
「なんだか可哀想だわ…」
「いや、どんな理由があろうと殺人は殺人だ、無期懲役は妥当だろ」
「面白い記事を書けそうだな」
裁判を傍聴していた人達は皆それぞれの意見を口にしながら裁判所を後にした。
被告は父、母、姉の4人家族で、その4人が住む家の隣には祖父母の家があった。
ごくごく普通の家庭に生まれ、ごくごく普通の生活をしていくはずだった…
1986年…
まずは被告人である高梨央吾が幼稚園児、5歳の時まで遡る。
ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!
玄関の扉を叩く音がリビングまで聞こえて来た。音だけで友好的ではない事が分かる。
テレビにかじりつき数ヶ月前に放送が開始されたばかりのドラゴンボールを見ていためぐみと央吾はその音に恐怖を感じ体を硬直させ耳を塞いだ。
一気にドラゴンボールの世界から、恐怖の世界へと落とされたのである。
「チロはどこだっ!チロと散歩させろっ!」
チロとは高梨家で飼っている雑種犬の事。
「また郷田さんが来たっ!」
四つ上の姉、めぐみが叫んだ。
かけている分厚く大きな眼鏡が体の震えで落ちそうである。
向かいの長屋に住む郷田は昼間は非常に大人しく暗い性格だが、酒に酔うといつもこうだ。
年は50代中頃、大柄で無愛想、白髪混じりの短髪に無精髭、いつも紺色の作業着を着ている。
時々チロの散歩中に出くわす事があるが、無言でチラチラ見て来るだけの郷田は央吾にとっては恐怖その物であった。
以前は夜も外の犬小屋にいたチロだが、夜な夜な郷田が来ては、繋いである鎖を外し何度もチロを逃すので、今では夕方の散歩が終わると玄関に入れていた。
郷田からすれば、唯一の楽しみを奪われたのかもしれない。
しばらく続いていた玄関からの恐怖の音が
消えた…
2人には長い時間に感じたが、ドラゴンボールがまだ終わっていないところを見ると数分しか経っていない。
ただ、まだ油断は出来ない。近くにいる可能性は高かった。
郷田は酔うと高梨家の敷地内をよく徘徊していた。
そして酔い潰れると玄関先や庭、チロの犬小屋に頭を突っ込み寝ていた事もあった。
まだ2人はドラゴンボールの世界には戻れなかった。
「帰ったかなぁ?」
央吾がめぐみに聞いたが、耳を塞いでいるめぐみには聞こえていない様だ。
めぐみのギョロっとした目が央吾には少し不気味に感じた。
シーンと静まり返ったリビングで2人は物音を立てない様、体を動かす事なく目だけで周囲を確認していた。ドラゴンボールの音声だけが2人の希望の様に聞こえた。




