第1話 case 1-カルダシェフ・スケール
バタンッ!
勢いよく扉を閉め、その男は真っ先に寝室へ入り、ベッドへうつ伏せのまま倒れ込んだ。
「あぁーっっっ!」
外に声が漏れないよう、枕に顔を埋め約5秒間手足をバタバタ動かしながら叫んだ後、何事も無かった様にスッと立ち上がりリビングへ向かう。
テーブルの上にある、おそらく数日は洗ってないであろう、シミで真っ黒になったコップを手に取ると、入っていた水を一気に飲み干した。
「すぅーーー、ふぅーーー、すぅーーー、ふぅーーー、すぅーーー、ふぅーーー」
男は大きく深呼吸を繰り返し、鞄から紙とペンを取り出すと、複雑な計算式をひたすら無心に解き出した。
A4サイズ程の紙にぎっしりと数式を書き終わると、新しい紙を取り出し更に数式を解き出す。
4枚目を書き終えた男は、自分が解いた数式の解を眺めていた。
「4069707208…いやいや、ありえない。このままなら何年後だ」
「ん?ここの式は2倍ではなく、2乗か?…ダメだ…そこは2倍で間違いない…」
男はぶつぶつと独り言を繰り返しながら再び計算をやり直す。
1枚目…2枚目…、…6枚目、7枚目
「4088036177…??…計算間違いか」
最初の解と、今回の解を比較しながら
「誤差だな、カルダシェフのやつ、どんな計算してんだ」
その後、何度も計算をやり直したが、同じ解にしか辿り着けなかった男は、ようやく帽子とコートを脱いだ。
翌朝、椅子に座ったまま寝ていた男はコートを着て、帽子を被り、扉の横に掛けてある鏡を一瞬見て、家から出て行った。
研究室までの道中でも、男は頭の中で常に昨晩の計算式に間違いが無いか、計算に含まれていないエネルギーは無いか、エネルギーの考え方は間違えていないかを自問していた。
「アレクサンドル、いつもこの時間だね」
研究室がある建物の前の大きな交差点で、信号待ちをしていた男は、声の主が誰なのか振り返る事なく理解し、鞄から昨晩の紙を取り出した。
「カルダシェフ、俺の計算式のどこが間違いだ?俺には分からない」
カルダシェフは紙を受け取りしばらく見た後、一歩前に進みアレクサンドルの横に立った。
「完璧だよ、アレクサンドル。少し単純な計算ミスはあるけど、間違えていないよ」
「嘘だろっ!この計算が合っていれば、この地球の文明レベルは0.73ってことだぞ!昨日言ってたレベル1に到達するまでにまだ数百年かかるぞ、産業革命から200年以上経ってるんだぞ」
「そうだね、僕も最初は驚いたけどね。でもそれが数学だよ。数字は嘘をつかないよ。文明レベル1の設定をどこにするかにもよるけど…」
「1945年に日本に投下された原子爆弾。とんでもない威力だったと聞くぞ」
「う〜ん、あれも核分裂反応を利用したもので、現段階でも核融合にすら辿り着けていない。0.7gの質量がエネルギーに変換されただけだよ。でも核融合が成功すれば、一気に文明レベルは飛躍するだろうね」
「アインシュタインのあの方程式か…クソッ!俺たちの地球はまだこんなレベルなのかっ!」
アレクサンドルはつい興奮し、カルダシェフの正面に立ってしまった。すなわち道路へ飛び出してしまった。
「アレクサンドル!危なっ…
ッドォンッッッ!!
ブレーキが間に合うはずもなく、アレクサンドルは車にはねられた…
即死だった…
この事故の半年後の1964年8月にカルダシェフは宇宙文明の発展度を示す3段階のスケールを考案し発表した。
いわゆるカルダシェフ・スケールだ。
2025年時点では7段階までのスケールが示されているが、未だ地球の文明レベルは0.7程度である。
チチチチチ…チチチチチ…シューン
"個体No.Kt13864 人間体験終了"
音声案内の様なものが流れる。




