第2話 マンドラゴラと放送事故
深夜1時55分。
俺は吸い寄せられるように、本来なら反応しないはずのボタンを押した。
ノイズの向こう側に、今日も彼女はいた。
『はい! こんばんは。今夜も始まりました「ルルのドキドキ♡クッキング」!』
ルルちゃんは相変わらず、直視できないほど可愛い笑顔で立っている。
『今夜のメイン食材は、これ! どこの家庭でもお馴染み、今朝捕まえた「マンドラゴラ」ですっ!』
まな板の上に置かれたのは、顔のついた大根のような植物。
マンドラゴラは、まな板に乗せられた瞬間、顔中の穴という穴を見開いて「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」と、画面が震えるほどの咆哮を上げ始めた。
「家庭にお馴染みじゃねーよ! あと、うるせえ! 4Kテレビの音質をこんな叫び声で使うな!」
スピーカーが割れんばかりの絶叫。
近所迷惑を恐れて音量を下げようとしたその時、ルルちゃんが人差し指を口に当ててウィンクした。
『この子、絞める時にすっごくうるさいんですよね。だから、これを使います。――「沈黙の魔法」!』
ルルちゃんが杖を軽く振ると、画面がキラキラとした光に包まれる。
「……ま、魔法!? ――でも、これでやっと静かになるか」
そう思った瞬間、異変が起きた。
テレビから、一切の音が消えた。
マンドラゴラが必死に口を開けて叫んでいる。
ルルちゃんも、何かを一生懸命解説しながら身振り手振りで笑っている。
だが、環境音すら聞こえない。
完全なる、静寂。
「……何も聞こえねーよ! 魔法、マンドラゴラじゃなくて放送全体にかかってんじゃねーか! 放送事故だろ、これ!」
無音の中、ルルちゃんは楽しげに調理を進めていく。
マンドラゴラの頭部を躊躇なく引き抜き、中から出てきた緑色のワタのようなものをボウルに移す。
ルルちゃんが何か重要なポイントを喋っているようだが、口の動きが早すぎて1ミリも読み取れない。
そのまま無音のまま5分が経過し、画面の隅に『できあがり!』というテロップ(もちろん異世界文字なので読めない)が出た。
皿の上には、よく分からない、ドロドロのゼリー状の物体。
(……これが、完成品?)
『………………!!』
ルルちゃんが満面の笑みで、サムズアップをこちらに向けている。
おそらく「美味しいですよ!」と言っているのだろうが、音がないせいで、何か不吉な儀式の完了報告にしか見えない。
プツン。
テレビが切れると同時に、ようやく日常の音が戻ってきた。
「……今回もルルちゃんが可愛いこと以外、何一つ分からなかった。あと、魔法は加減を考えて使え」
俺は、コンビニの冷めたツナマヨおにぎりを口に放り込んだ。
パリッという海苔の音。
音が聞こえる。
それだけで、少し泣きそうになった。
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