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第3章ー㉛ ある日のギルド酒場

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


ギルドの奥、酒場スペースは相変わらずだった。

昼だというのに酒は飛び、皿は鳴り、笑い声と怒号と金属音が入り混じっている。


「追加ぁ! 肉! あと樽そのまま持ってこい!」

「無茶言うな! 椅子が足りねぇ!」


テーブル同士が近く、誰かが立ち上がるたびに肩がぶつかる。

床には乾ききらない酒の染み、壁には過去の依頼書や落書き、武器の先端が無造作に立てかけられている。


そんな喧騒の中、少し奥の丸テーブルに――ロゼッタ、セリカ、ミレイア、リンの四人が集まっていた。


「というわけで! 今日はお疲れさま会!」

リンがジョッキを掲げる。


「かんぱーい!」


木製のカップと金属製のジョッキがぶつかり合い、

**カン!**と乾いた音が騒音に溶けた。


ミレイヤはすでに皿に山盛りの料理を確保している。

「まずは食べる。話はそのあと」


「早っ」

セリカが目を丸くする。


テーブルの上には、豪快な料理が次々並ぶ。

分厚く焼かれた肉、香辛料たっぷりの煮込み、油で揚げた謎の塊、黒パン、骨付きソーセージ。


「で、みんな何が好き?」

ミレイアが唐突に聞いた。


「好きな食べ物よ。こういうとこ来たら分かるでしょ?」


リンは即答だった。

「肉! 塩コショウのみ! 余計な味いらない」


「リンらしい……」

ロゼッタが苦笑する。


セリカは少し考えてから、照れくさそうに言った。

「私は……煮込みかな。

 工房で食べるの、だいたいそういうのだったし」


「家庭派!」

ミレイアが指を鳴らす。

「いいねぇ、胃にくるやつ」


視線がロゼッタに集まる。


「ロゼッタは?」

「……パンと、スープ」


一瞬、間が空いた。


「質素すぎ!」

「修道院か!」


二人同時に突っ込まれて、ロゼッタは思わず肩をすくめた。

「慣れてるだけ」


――【栄養効率は良好だが、嗜好性は低い】


頭の奥で、オラクルが余計な評価を下す。


「ちょっと黙ってて」

ロゼッタは小声で返す。


「え? 何?」

セリカが首をかしげる。


「ううん、なんでもない」


その横で、ミレイアはすでに次の話題に移っていた。

「でもさ、セリカの防具、最初見たときびっくりしたわ」


「重そうだったでしょ?」

「重いっていうか…… “覚悟” って感じ」


リンが骨を噛み砕きながら頷く。

「前に立つ人の装備だよね」


セリカは照れたように頭を掻く。

「親方に “見た目は捨てろ” って言われてさ」


「正解よ」

ミレイアはジョッキを傾ける。

「派手なやつほど、だいたい最初に倒れる」


周囲では、別のテーブルが騒ぎ出していた。


「おい! それ俺の肉だろ!」

「知らねぇな、早い者勝ちだ!」


**ガシャン!**と皿が落ち、誰かが笑い、誰かが怒鳴る。

だが誰も止めない。これがギルドの酒場だ。


「……ここ、すごいね」

セリカが周囲を見回す。


「慣れるよ」

ロゼッタが言う。


「慣れたくなる場所でもあるしね」

リンが付け加える。


ミレイヤは黙々と食べながら、ぽつりと呟いた。

「生きて帰った人しか、ここにいない」


その言葉に、一瞬だけテーブルが静かになる。


そしてセリカが、ぱっと笑った。

「じゃあ、また生きて帰ってこよう」


「そうね」

「うん」


四人はもう一度、カップを合わせる。


カン。


騒々しいギルドの酒場の中で、

その小さな音は確かに――仲間の音だった。


一方別の場所では



酒場の喧騒は、時間が進むにつれてさらに熱を帯びていった。

ロゼッタたちのテーブルから少し離れた位置――柱の陰に近い長卓では、武器を壁に立てかけた数人のハンターが酒をあおりながら、ちらちらとあちらを盗み見ていた。


「なあ……あの四人、最近よく見るよな」


「どれだよ。ああ、あいつらか」


誰かが顎で示すと、自然と話題はそちらに流れる。


「なあ……さっきから気になってたんだがよ」


年季の入った革鎧の男が、顎でロゼッタたちの方を示す。

「四人組のあれ。お前ら、誰が好みだ?」

「は?」

隣の若いハンターが目を丸くする。

「今その話します?」


「今だからだろ」

別のベテランが笑い、ジョッキを鳴らす。

「戦場で背中預ける前に、目の保養もしとけ」


「じゃあ俺から!」

ルーキーらしい軽装の男が勢いよく手を挙げた。

「セリカ! ああいう姉御肌、絶対面倒見いい!」


「分かるけど浅いな」

対面のベテランが鼻で笑う。

「前に立つ覚悟が目に出てる女だ。

 甘えたいだけのやつには、骨が折れるぞ」


「それがいいんだろ!」


「俺はミレイヤだな」

別の男が静かに言った。

「無駄なこと喋らねぇ、食う、戦う。

 ああいうのは修羅場で信頼できる」


「お前、絶対怒らせるタイプだろ」

「知ってる」


一同がどっと笑う。


「リン派はいねぇのか?」

誰かが聞くと、今度は年上のハンターが即答した。

「いるに決まってるだろ。

 明るい、場を回せる、空気が軽くなる。

 長旅だとああいうのが一番効く」


「でも危ない橋も渡りそうだよなぁ」

「そこがいいんだよ」


「分かってねぇなぁ」

若いルーキーが鼻で笑う。

「細くて静かな方がいいだろ。ほら、赤い髪の……」


「ロゼッタか?」

「そうそう。ああいうのが剣振るうとき、ギャップが――」


「命知らずだな」

別のベテランが割って入る。

「ああいう目のやつは、踏み込んだら骨まで持ってかれる」


「じゃあ俺はリン!」

また別の若者が勢いよく言った。

「元気で明るくて、酒も付き合ってくれそう!」


「お前、三日で干からびるぞ」


笑いが起きる。


「ミレイヤは?」

「料理奪われそう」

「無言で殴られそう」

「でも生き残りそう」


そんな無責任な評価が、酒と一緒に飛び交っていた。


――その視線と空気を、当の本人たちは半分も気にしていない。


「……なんか、見られてない?」

ロゼッタが小さく言った。


その手には、いつの間にか果実酒のカップ。

甘い香りに、少し頬が赤い。


「気のせい気のせい!」

リンが笑う。

「ほら、ロゼッタも飲め飲め」


「これは……甘い……」

ロゼッタは慎重に一口、そしてもう一口。


――【アルコール摂取量、増加傾向】

――【判断力低下の可能性あり】


(今は……いい)


数分後。


「……あのですね」

ロゼッタの声が、明らかに柔らかくなっていた。


背筋はまだ伸びているが、

表情がゆるい。普段より、ずっと。


「皆さんと一緒に……こうして食事できるの、

 とても……楽しいです」


言葉を選びながら、丁寧に、でもどこか照れたように言う。


セリカが目を見開く。

「え、なにそれ……」


「かわいい……」

リンが即死した顔で呟く。


ミレイヤは無言で、ロゼッタのカップをそっと遠ざけた。

「これ以上は危険」

ロゼッタは自覚がないまま、パンをちぎって口に運び、

「これ……おいしい……」

と幸せそうに呟く。


周囲のテーブルから、また視線が集まる。


「……あれは反則だな」

「普段との落差がでかすぎる」


「礼儀正しくて、戦えて、酒で崩れる」

「そりゃ好かれる」


「ギャップ強すぎだろ……」


ベテランが腕を組んで言った。

「だから言っただろ。近づくなって」


「でもかわいい……」

「命は一つだぞ」


ロゼッタは知らない。

自分が今、どれだけ注目を集めているかを。


「……ハンターって……たのしいね……」

そう言って、ふにゃっと笑う。


ミレイアはため息交じりに微笑んだ。

「ほんと、オンとオフが極端なんだから」


リンは果実酒のカップをそっと遠ざける。

「これ以上は没収」


「えぇ……」

名残惜しそうに手を伸ばすその仕草すら、どこか幼い。


セリカはその様子を見つめながら、心の中で思った。

――守る側に立つ人が、こんな顔をするんだ。


ギルドの酒場は、今夜も騒がしい。

だがその片隅で、確かに――

ロゼッタというハンターの、誰も知らない一面が溶けていた。



続く

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