第3章ー㉚ 防具の重み
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ギルドの大扉をくぐった瞬間、空気が変わる。
金属と革、汗と酒、紙とインクの匂いが混じり合った――ここは戦場の“手前”だ。
その中央を、セリカは歩いていた。
新しい防具は、無骨で重い。
胸と腹を覆う厚い装甲、肩の張り出し、実戦を前提に組まれた関節部。
装飾はほとんどない。色も地味だ。
だが、一歩一歩の足取りは安定している。
「……おい、あれ見ろよ」
受付前の掲示板付近で、若いハンターがひそひそ声を上げる。
「何あの防具。壁じゃん」
「重すぎない? あれで動けるのかよ」
くすくすと笑い声が混じる。
だが同時に、酒場側のテーブルでは、別の反応があった。
「……悪くねえ」
「前衛用だな。いい構成だ」
年季の入ったハンターたちが、顎に手を当ててセリカを見る。
視線は装甲の厚み、継ぎ目、重心の位置へと自然に流れていた。
「派手さはゼロだが……」
「当たる場所が、ちゃんと分かってる」
ロゼッタはその声を聞き、内心で小さく頷く。
(うん。ハンターに必要なのは“目立つこと”じゃない)
――【生存率を上げる装備は、最終的に信頼を得る】
頭の奥で、オラクルが淡々と補足する。
受付カウンターの前に立つと、グレンがこちらに気づいた。
鋭い目がセリカの防具を一瞥し、次にロゼッタたちを見る。
「……ああ、噂の連中か」
そう言って、口元を少し緩める。
「最近な、四人組の話がやたら耳に入る。
無茶はしない、でも手は抜かない。
変な組み合わせなのに、生き残る――ってな」
ミレイアが肩をすくめた。
「褒め言葉、でいいのよね?」
「ギルドじゃ最高級だ」
グレンはそう言ってから、セリカに視線を向ける。
「で……そっちが噂の新人か?」
ロゼッタが一歩前に出る。
「セリカです。
最近、私たちと動いてます」
セリカは少し緊張した様子で、だが真っ直ぐに頭を下げた。
「セリカです。よろしくお願いします」
グレンは鼻で笑い、腕を組んだ。
「その防具……笑うやつもいるだろ」
実際、背後で「ゴツすぎだろ」という声が聞こえた。
周囲から、ひそひそと声が漏れる。
「なんだあれ、重そうだな」
「今どき、あんな無骨なの着るやついるのか?」
くすっと笑う者もいた。
だが――
「悪くない」
低い声が混じる。
振り返ると、古傷だらけのベテランハンターが、防具を値踏みするように見ていた。
「胸と腹、ちゃんと守ってる。
関節も潰してない。
あれは“生きて帰る”装備だ」
別の年配のハンターも頷く。
「派手さはねえが、実戦向きだ。
最近の若いのは、見た目ばっかり気にしすぎる」
酒場側を顎で示すと、数人のベテランがちらりとこちらを見た。
グレンはセリカに視線を戻し、真面目な顔になった。
「覚えとけ。
ハンターに派手なだけの装備はいらねえ」
「必要なのは――」
「生きて帰ることだ」
セリカは一瞬、目を見開き――そして、強く頷いた。
「はい」
グレンはその反応を見て、満足そうに口角を上げる。
「いい目だ。
”前に立つ覚悟” があるやつの目だ」
掲示板の前では、別のハンターたちが依頼書を剥がしながら話している。
「四人組、また出るらしいぞ」
「前のクエスト、護衛完遂だったな」
「壁役が増えたなら、次はもっとヤバいの行けるんじゃね?」
ギルドはいつも通り、ざわついている。
だがそのざわめきの中に、確かに“期待”が混じり始めていた。
ロゼッタはセリカの横に立ち、静かに思う。
(……ここは、戦う人たちの場所)
――【評価は戦果と生還でのみ確定する】
オラクルの声が、いつも通り冷静に締めくくる。
セリカは無意識に、防具の留め具に触れた。
重みは、まだ新しい。
だがこのギルドの空気の中で、その重さは少しだけ“誇らしいもの”に変わりつつあった。
荒れた石地に、金属を擦る音が走った。
ギルドからほど近い討伐区域。数は多くないが、装甲の硬い機械モンスターが徘徊している。
先に動いたのは敵だった。
低い駆動音とともに、鈍重な脚が地面を叩き、一直線に突っ込んでくる。
「来るよ!」
リンの声より早く、セリカは一歩前に出た。
新しく作った防具が、ずしりと肩に重みを伝える。
逃げようと思えば逃げられる距離。
だが、セリカは下がらなかった。
「――私が受ける!」
セリカは叫ぶように言い、踏み込んだ。
ガンッ!
衝突音が響き、重い衝撃が防具越しに伝わる。
胸当てが鳴った。
だが、弾かれたのはセリカではない。
機械獣の一撃が、正面から受け止められていた。
「……よし」
短く息を吐く。
設計通りだ。
受けて、耐えて、前に立つ。。
敵の体当たりが、正面からセリカにぶつかる。
衝撃が全身を揺さぶる。
視界が一瞬白くなるが、防具が衝撃を受け止め、力を逃がす。
「……っ!」
歯を食いしばり、膝を曲げて重心を落とす。
防具は重い。だが、それは“踏みとどまるための重さ”だった。
後ろにいる仲間の気配が、背中越しに伝わる。
――通さない。
――ここは、私が守る。
セリカは右足を半歩ずらし、体を斜めに構えた。
正面から押し返すのではなく、受け流す。
次の瞬間、ハンマーの柄を横に突き出す。
ゴッ!
鈍い打撃が、敵の関節部に食い込む。
装甲を壊すほどではない。
狙いはそこじゃない。
「今!」
姿勢を崩した敵が、わずかに前のめりになる。
その“わずか”を、セリカは逃さなかった。
体重を乗せたまま、今度は足元を払うようにハンマーを振る。
低く、重く、確実に。
ガギンッ――!
金属脚が弾かれ、敵の重心が完全に浮いた。
「ナイス!」
ロゼッタが間髪入れずに踏み込み、
新しいウォーハンマーを振り下ろす。
ズン、と空気が沈む音。
打撃が芯を捉え、機械モンスターはそのまま地面に叩き伏せられた。
残骸が動かなくなるのを確認して、セリカはようやく息を吐いた。
「……守れた」
誰に言うでもなく、ぽつりとこぼれる。
ロゼッタが隣に立ち、防具を一瞥する。
「ちゃんと機能してるね」
セリカは照れくさそうに笑った。
「見た目はね、正直イマイチだけどさ」
頭の中に、工房での光景がよぎる。
叩かれ、直され、笑われた防具。
「見た目は気にするな。性能だ」
そして、もう一度前を見る。
「でも――
前に立つなら、これでいい」
防具には傷が増えていた。
だが、それは――役目を果たした証だった。
重い防具が、今ははっきりと“味方”に感じられた。
守る意思を形にしたそれは、確かにセリカの体を支えていた。
続く
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