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第3章ー㉓ 旅立ちの朝

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


出発の朝は、ジャンクタウンにしては珍しく空気が澄んでいた。

錆びた鉄骨の隙間から差し込む朝日が、工房の前の広場を淡く照らし、夜の間に冷え切った金属たちがゆっくりと温度を取り戻していく。


ロゼッタは、定期便のトラックの荷台に、セリカの父から預かった木箱をひとつひとつ積み込んでいた。

中身は、鍛冶屋の親方宛の依頼品と、義手や機械部品の試作品、それに――打撃武器と防具用として選別された素材の束。

旧文明の警棒を芯に使う予定の素材も、丁寧に布で包まれている。


「……よし、これで全部かな」


ロゼッタが確認のために振り返った、その時だった。


「おーい、ちょっと待ちな!」


軽やかな声と同時に、金属がぶつかる音が近づいてくる。

振り向くと、セリカが大きなリュックと長細い箱を抱え、息を切らしながら駆けてきていた。


「セ、セリカ……?」


ロゼッタが目を瞬かせている間に、セリカは荷台の横に来て、何でもないことのように言った。


「それ、積むスペースあるよな?」


「え……? それって……」


セリカは、にっと笑う。


「あたしも行く。

 途中までじゃない、最後まで」


ロゼッタは、言葉を失ったまま固まった。

予想外すぎて、驚きがそのまま顔に出てしまう。


「で、でも……」


「父さんと話はついてる。

 弟子入りして、ちゃんと修行する条件付きだ」


一瞬の沈黙。

それから、ロゼッタの表情が、ゆっくりとほどけていった。


驚きは、やがて安堵に変わり、そして――抑えきれない喜びが、素直な笑顔となってこぼれ落ちる。


「……一緒に、行けるの?」


「当たり前だろ」


セリカは肩をすくめる。


「一人で行かせるわけないだろ、あんな危なっかしい旅」


ロゼッタは思わず、くすっと小さく笑った。

その笑顔は、これまでのどんな戦闘の後よりも、ずっと柔らかかった。


そこへ、工房の扉がきしむ音を立てて開く。


「セリカ」


父親が、工具箱を抱えて出てきた。

長年使い込まれたそれは、角が削れ、油の染みが刻み込まれている。


「持ってけ」


セリカの胸に、ずしりと工具箱を押し付ける。


「基礎一式だ。

 ハンマー、レンチ、計測具……足りねえもんは、向こうで稼いで買え」


セリカは、一瞬だけ真剣な顔になり、しっかり受け取った。


「……うん」


父親は、短くうなずく。


「頑張ってこい。

 中途半端で帰ってくるなよ」


「わかってる」


そのやり取りを、ロゼッタは少し離れたところから見ていた。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。


――いい家族だ。

そう、素直に思った。


その時だった。


少し離れた別のバス停に、一台の定期バスが滑り込む。

エアブレーキの低い音とともに、扉が開いた。


降りてきたのは、一人の若い男だった。

筋肉質で、無駄のない体つき。

鋭さの奥に落ち着きを宿した、知的な顔立ち。


男は、辺りを見回した次の瞬間、目を見開く。


「……父さん?」


次の瞬間には、荷物も放り出しそうな勢いで駆け出していた。


「父さん!!」


呼ばれた父親が振り向き、ほんの一瞬、驚いた顔をする。

それから、ゆっくりと表情が崩れた。


「……帰ってきたか」


男――セリカの兄は、息を切らしながら立ち止まり、笑う。


「ああ、やっとついた

 話はあとの方がいいかな?」


父親は、セリカとロゼッタ、そして積み込まれた荷物を一瞥し、ふっと息を吐いた。


「……ちょうどいい」


父親が何か言おうとしたその時、

定期便のエンジンが低く唸る中、セリカは一歩前に出て、ロゼッタの肩を軽く叩いた。


「紹介するよ。

 あたしの兄、ラベート」


呼ばれた男は、背筋を自然に伸ばし、穏やかな笑みを浮かべて一礼した。

筋肉質だが威圧感はなく、動きに一切の無駄がない。視線の配り方も、足の置き方も、どこか洗練されている。


「ラベートだ。

 妹が世話になったみたいだな」


その声は落ち着いていて、柔らかいのに芯があった。


「ロ、ロゼッタです……」


名乗りながら、ロゼッタは胸の奥で小さく首をかしげていた。

――技術者の立ち居振る舞いじゃない。

工具を扱う人間特有の癖も、重量物を扱う者の重心の置き方もない。

それなのに、身体の動きは異様に静かで、いつでも動ける余白を残している。


剣闘士として、戦場に身を置いてきた感覚が、無意識のうちにそう告げていた。


その時、ラベートの視線が、ロゼッタの胸元で止まった。


「……それは」


ロゼッタが下げていた革紐の先、そこに揺れる金属製のプレート――ハンターギルド証。


「ハンター、なんだな」


「は、はい。まだ登録したばかりで……」


ラベートはわずかに目を細め、どこか感心したようにうなずいた。


「そうか。

 俺もハンターギルドに所属している」


「えっ?」


ロゼッタが思わず声を上げると、セリカが横から口を挟んだ。


「言ってなかったっけ?

 兄貴、ハンターだよ」


「ラ、ランクは……?」


ロゼッタの問いに、ラベートはあっさり答えた。


「Cだ」


一瞬、時間が止まった。


「C……っ!?」


ロゼッタは思わず息を呑んだ。

Eランクでやっと依頼に慣れてきた自分から見れば、Cは遥か上。

街でも一目置かれる存在だ。


ラベートは、その反応を見て小さく笑った。


「驚くことはない。

 ランク上げは、モンスターを倒すだけじゃないからな」


「え……?」


「ギルドにとって価値のある貢献なら、評価はされる」


ラベートはそう言って、自分の指先を軽く見つめた。


「俺は主に、加工品や武器、防具をギルドに卸している。

 前線で使われる装備の質が上がれば、それだけ生存率も上がる。

 それも立派な“狩り”だ」


ロゼッタは、目を見開いたまま聞き入っていた。

ハンターとは、剣を振るうだけの存在だと思っていた。

だが、ギルドという組織は、もっと広く、深い。


「だから、素材が必要な時は……」


ラベートは、ちらりとセリカを見る。


「妹みたいな連中や、信頼できるハンターと一緒に集めに行くこともある。

 前に出るのは、彼らだ」


セリカは肩をすくめて笑った。


「兄貴は後ろで指示してるだけ、って顔して、

 いざとなると一番ヤバいとこに立つんだけどね」


「余計なことを言うな」


ラベートは苦笑しながらも否定しなかった。


ロゼッタは、改めてラベートを見つめる。

静かな佇まいの奥に、確かな経験と実力がある。

剣闘士の世界とは違うが、同じ“生き残ってきた者”の匂いがした。


「……ハンターって、すごいんですね」


ぽつりと漏れた言葉に、ラベートは首を振る。


「すごいのは、続けられることだ。

 生きて、戻って、また次に備える。

 それができる者だけが、上に行く」


その言葉は、ロゼッタの胸に静かに沈み込んだ。


定期便の運転手が、出発を告げる声を上げる。

新しい旅路、新しい出会い。

ロゼッタは胸のギルド証をそっと握りしめ、心の中で小さく誓った。


――自分は、ハンターとして、ここから先へ進む。


続く

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