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第3章ー㉒ それぞれの夜、それぞれの決意

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


ジャンクタウンで過ごす最後の夜は、驚くほど静かだった。

昼間はスクラップの山を崩す重機の唸りや、どこかで金属を叩く音が絶えないこの街も、夜になると油と鉄の匂いを残したまま、ひと息ついたように息を潜める。


工房の屋上に出ると、冷えた夜気が頬をなぞった。

星は少ない。空気に混じる煤と熱が、遠い光を曇らせている。それでも、ロゼッタはその暗さが嫌いではなかった。闘技場の天井より、ずっと広い。


腰を下ろし、膝を抱える。

昼に磨いてもらった腕輪が、月明かりを鈍く返した。


(明日、出立ですね)


オラクルの声が、いつものように頭の奥に落ちる。

抑揚はないが、どこか慎重で、距離を測るような間があった。


「はい。

 朝の定期便で」


(確認しました。

 ……短い滞在でした)


ロゼッタは小さく息を吐く。


「でも、楽しかったです」


声に出したのは、それだけだった。

セリカとスクラップヒルを歩いたこと、工房で金属の匂いに包まれた時間、即席の武器を手に必死で戦ったこと。どれも短く、濃く、確かに残っている。


義手を動かす。

改修された関節は滑らかで、力を込めても違和感がない。


(右腕の状態、良好)


(あの人たちに、ちゃんとお礼を言えましたか)


「はい。

 言えた、と思います」


思い出すのは、ぶっきらぼうに背を向けたセリカの父と、いつも通り元気に手を振ったセリカの姿。

別れの言葉は短かった。それでいいと思えた。


ロゼッタは、腰に下げた剣の柄にそっと触れる。

ここに来た目的は、武器の可能性を探すことだった。だが、それ以上のものを持ち帰ることになるとは、思っていなかった。


(ロゼッタ)


オラクルの声が、少しだけ低くなる。


(あなたは、ここで「選ばなかった」選択肢も、正しく理解しています)


「……?」


(留まること。

 ここで戦い、ここで生きる可能性)


ロゼッタは首を横に振った。


「それは……違います」


言葉は、迷わず出た。


「私はハンターです。

 行く場所は、まだ先にあります」


一瞬の沈黙。


(判断、妥当)


(あなたは進むべき経路を選びました)


屋上の扉がきしりと開く。

セリカが顔を出し、夜風に髪を揺らしながら近づいてきた。


「こんなとこで何してんだよ。

 明日早いんだろ?」


「少しだけ……夜を見てました」


セリカは隣に腰を下ろし、同じ空を見上げる。


「ま、ジャンクタウンの夜なんて、たいしたもんじゃねーけどさ」


そう言いながらも、視線は空から離れない。


「……また来いよ」


何でもない調子で、ぽつりと落とされる。


「素材でも、修理でも、なんでもいい。

 あたしら、ここにいるから」


ロゼッタは、ゆっくりとうなずいた。


「はい。

 また、必ず」


その約束が本気だと、セリカは何も言わずに分かったようだった。


夜が、さらに深くなる。

遠くで、誰かが工具を片づける音がした。


(出立準備は整っています)


(休息を推奨します)


ロゼッタは立ち上がり、最後にもう一度だけ街を振り返った。

鉄と油と、危険と逞しさの街。短い間だったが、確かに彼女を前へ進めてくれた場所。


「……行きましょう」


そう言って、屋上を後にする。


オラクルは、静かに応じた。


(はい、ロゼッタ)


(次の目的地へ)


ジャンクタウンの最後の夜は、何事もなく、更けていった。




工房の奥、夜用のランプだけがぼんやりと金属棚を照らしている時間帯だった。

昼間の喧騒が嘘のように引いたその場所で、セリカは工具箱を片づける父親の背中を、しばらく黙って見つめていた。


「……父さん」


低く、普段とは明らかに違う声だった。

いつもなら「親父」と呼ぶその口が、今夜だけは違う呼び方を選んだことに、父親はすぐ気づいた。


手を止め、ゆっくり振り返る。


「どうした」


セリカは一歩、踏み出す。

その動きに、いつもの勢いはない。


「……あたしさ。

 ロゼッタについていきたい」


言葉は短いが、覚悟を詰め込んだ響きだった。


「友達、って言うには変だし……

 でも、妹みたいでさ」


視線を床に落とし、歯を噛みしめる。


「ほっとけないんだよ。

 あの子、強いけど……一人で全部背負おうとする目、してる」


父親はしばらく黙ったまま、セリカの顔を見ていた。

やがて、小さく息を吐く。


「……俺もな」


静かな声だった。


「同じこと、感じてた。

 あの嬢ちゃん、道具を見る目も、危ない場面での間合いも、どこか無理してる。

 何かはわからないが ”急ぎすぎている”」


ランプの光が、父親の無精ひげに影を落とす。


「ありゃ、守られる側に慣れてない目だ。

 それでいて、守る覚悟だけは出来ちまってる」


ため息まじりに、鼻を鳴らす。


「……面倒な子だ」」


セリカは、驚いたように顔を上げる。


「じゃあ……」


「条件付きだ」


父親は、はっきり言った。


「行くなら、遊び半分じゃ許さねえ」


棚の上から、ひとつの包みを取り出す。

中には、ロゼッタに渡した即席モーニングスター――鎖の先に棒状の打撃部をつけた、粗削りな代物が入っていた。


父親はそれを持ち上げ、眺めてから鼻で笑う。


「材料の見極めと、機械の扱いは、まあまあだ。

 義手だのロボだの、そっちは悪くねえ」


それから、武器を軽く振ってみせる。


「だが、武器の作り方は……正直、褒められたもんじゃねえな」


セリカはむっとした顔になる。


「実戦で使えたろ!」


「 “使えた” と “いい武器” は別だ」


父親は即座に返す。


「だからだ。

 あの荷物を持ってきた知り合いの鍛冶屋――あそこに弟子入りしろ」


セリカは息をのむ。


「武器と防具の作り方を、一から叩き込んでもらえ。

 素材の選び方、熱の入れ方、重心の取り方……全部だ」


一拍、間を置く。


「中途半端なまま、誰かの隣に立つな」


セリカは、拳を握った。


「……はい」


父親は、少しだけ口元を緩める。


「それとな」


視線を天井に向ける。


「修行に出てたあいつが、もうすぐ帰ってくる」


その言葉に、セリカの目が見開かれる。


「え……!兄貴が!」


「あいつが戻るなら、工房も回る。

 お前が外に出る理由としては、ちょうどいい」


父親はセリカの頭に、ぽん、と手を置いた。


「行ってこい。

 恥ずかしくねえ職人になって、戻ってくりゃいい」


セリカは一瞬、何か言おうとして、結局言葉にできず、ただ深くうなずいた。


「……ありがと、父さん」


その呼び方に、父親は何も言わなかった。

ただ、ランプの明かりの下で、静かに背を向けて作業に戻る。


工房の外では、ジャンクタウンの夜が、変わらず重く静かに息づいていた。

だがその奥で、ひとつの決意が、確かに形を持ち始めていた。


続く

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