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第3章ー㉑ 新たな ”相棒”

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


スクラップヒルから戻った頃には、日がすっかり傾いていた。

セリカの家――工房の奥の居住スペースは、外の鉄と油の世界とは違い、古いが落ち着いた空気に満ちている。


作業台の上に、例の腕輪が置かれた。

見た目は相変わらずだ。

金属の帯に、角ばった四角い液晶。傷だらけで、外装もくすんでいる。


「ただの旧文明の情報機器だな」


セリカの父親が、工具を置きながら言う。

外装は擦り切れ、刻印もほとんど読めない。四角い液晶は小さく、今どきの重火器に付いている戦術補助端末と大差ない。


「通信、情報取得、簡易解析……この手のは珍しくない。

 しゃべるタイプもあるが普通だ。そこそこのハンターなら、ひとつやふたつ付けてる」


セリカも頷く。


「だな。スクラップヒルじゃ、もっと変なの山ほどあるし」


ロゼッタは黙って腕輪を見つめていた。

――“普通”。

外から見れば、確かにそうだ。


(……その "認識" でしたら、非常に好ましいですね)


また、頭の奥に声が響く。

低く、落ち着いていて、どこか余裕がある。


(結論から言わせて頂きますと、

 “頭の中に直接響く” 仕様であることは、秘匿した方がよろしいかと)


(やっぱり……?)


(ああ。音声出力型の情報端末は、この世界ではありふれている。

 だが、思考直結型となると話は別だ)


ロゼッタの意識の中で、声は淡々と続ける。


(余計な興味を引きます。

 そして分解されます。

 場合によっては、貴方と引き剥がされます)


一瞬、ぞっとする。

それが「嫌だ」と感じた自分に、ロゼッタは気づいた。(よく対処しました、ロゼッタ)


作業台の向こうで、セリカの父が腕輪を戻してくる。


「細かいことは分からんがな。

 危険なもんじゃない。むしろ、当たりだ」


セリカがにっと笑う。


「だってさ。

 変なもん拾ったと思ったけど、大正解じゃん」


ロゼッタは腕輪を受け取り、そっと右腕にはめた。

液晶は今は暗いまま。

ただの、少し古びた情報機器にしか見えない。


(この外見、気に入っています)


頭の中で、あの声が続ける。


(控えめで、実用的です。

 あなたに、よく似合う)


ロゼッタは何も言わず、ただ静かに頷いた。



工房の奥で、セリカの父は黙々と作業を進めていた。

作業台の上に固定された腕輪は、分解され、割れ欠けていた液晶は慎重に外されていく。角の欠けた部分、内部に入り込んでいた細かな砂と金属粉、それらが一つひとつ取り除かれ、代わりに保管していた旧文明規格の代替パネルがはめ込まれた。


「完全な同型じゃねぇが、表示領域と耐久は上だ」


そう言って、父は軽く指で叩く。

カツ、と澄んだ音がした。


次に、くすんでいた金属の外装が磨かれる。

研磨布が円を描くたび、長い年月を経た灰色は少しずつ鈍い光沢を取り戻し、傷は“使い込まれた跡”として馴染んでいった。


ロゼッタは、その様子をじっと見つめていた。

自分でも理由は分からないが、胸の奥が少しだけ温かくなる。


作業が終わり、腕輪が返される。


「見違えたな」


セリカが素直に感心した声を出す。


「うわ……普通に“いい装備”じゃん。

 最初のボロさ、どこ行ったの」


ロゼッタが腕に通すと、サイズはぴたりと合い、液晶は淡く、安定した光を灯した。

情報表示は最小限。派手さはないが、どこか洗練されている。


(外装および表示系の改善を確認)


あの落ち着いた声が、頭の中に響く。


(視認性、耐久性ともに向上しています。

 ……満足です)


ロゼッタは思わず小さく笑った。


(よかったですね)


(はい)


ほんのわずか、その応答には“機嫌の良さ”のようなものが混じっている気がした。


ロゼッタはふと考え、内心で問いかける。


(あの……あなたのこと、どう呼べばいいですか)


一瞬の沈黙。

ほんの、ほんの一拍。


(識別名の設定をご希望ですか)


(はい。

 ずっと「あなた」も変なので)


(合理的な判断です)


そして、はっきりとした意識の波が届く。


(私の正式識別名は――

 O.R.A.C.L.E.)


文字列が、頭の中に自然と展開される。


(Omnidirectional Route Analysis & Combat Logic Engine)


(全方位経路解析・戦闘論理機関。略称:オラクル)


ロゼッタは、目を瞬いた。


(……オラクル)


(はい)


その声は、どこか誇らしげで、しかし押しつけがましくはない。


(短く、呼びやすく、意味も適切です)


ロゼッタは腕輪にそっと視線を落とした。


「……オラクル」


声に出してみると、不思議としっくりきた。


(呼称、正常に認識)


(ありがとうございます、ロゼッタ)


一方で、少し離れた場所から様子を見ていたセリカは、首をかしげていた。


(……なんだろ)


ロゼッタは特に独り言を言っているわけでもない。

腕輪を見て、少し微笑んで、名前を一つ呟っただけだ。


(普通だよね。

 普通……なんだけど)


胸の奥に、ちょっとした違和感が残る。


(あの腕輪、しゃべらないはずだし)


セリカは肩をすくめ、深く考えるのをやめた。


「ま、ロゼッタだし。

 変なとこあっても今さらか」


工房には、いつもの油の匂いと金属音。

そしてロゼッタの腕には、きれいに磨かれた腕輪。


誰にも見えないところで――

オラクルは静かに稼働を続けていた。


(状況:良好)


(この環境、嫌いではありません)


ロゼッタは、何も言わず、ただ一歩、前に進んだ。

彼女は、新しい“相棒”と、静かに歩き始めていた。



続く

某アメリカドラマのしゃべる車のオマージュです。今でも大好きです。



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