第3章ー⑳ 導き手の声
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
翌朝、工房にまだ朝の冷えが残っている頃だった。
油の匂いと金属音が混じる静かな時間を破ったのは、作業台の端に置かれた古い受信機の、短く荒いノイズだった。
「――こちらスクラップヒル……助けが要る……」
途切れ途切れの声。
聞き慣れた住人のものだった。
セリカの父は工具を置き、無言で受信機を押さえ込むように聞き取る。
表情が険しくなるにつれ、工房の空気も重くなっていった。
「……前大戦の車両が動いてる、だと?」
その一言で、セリカが振り向く。
「は? あの辺に残ってんの、全部死んでるはずだろ?」
「だから“暴走”だ」
父は短く答え、視線を上げた。
「住人が逃げ遅れてる。
人手が足りねぇ」
ロゼッタは、そのやり取りを聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷えるのを感じた。
スクラップヒル――昨日も歩いた場所。
人の手が加わらなければ、ただの鉄の墓標でしかないはずの場所。
「親父、行くよ」
セリカが即座に言った。
「私も。あそこは慣れてる」
父は一瞬だけ考え、ロゼッタに目を向ける。
「……お前は?」
問いというより、確認だった。
ロゼッタは迷わなかった。
「行きます。
足手まといには、なりません」
その声は静かだったが、確かだった。
数分後、二人は工房の裏口から外へ出ていた。
ロゼッタの背には、昨日セリカが作った即席のモーニングスター。
鎖の先には棒状の金属が結び付けられており、簡素だが、打撃に特化した構造をしている。
ロゼッタはそれを握り、軽く振ってみる。
**シャッ……**と鎖が空気を裂く音が、耳に心地よく残った。
「それ、まだ使うとは思わなかったな」
セリカが苦笑する。
「でも、機械相手なら悪くない選択だよ。
刃より、壊すほうが早い」
スクラップヒルに近づくにつれ、地面が微かに震え始めた。
ゴゴ……ゴゴゴ……
重く、鈍い振動。
やがて、それは姿を現した。
前大戦の装甲車両。
半分以上が錆び、装甲板は歪み、履帯の一部は欠けている。
それでも内部の動力が生きているのか、暴れるように前進し、鉄屑の山をなぎ倒していた。
「……最悪だな」
セリカが歯を食いしばる。
「完全に制御ユニットがイカれてる。
人を“障害物”としか認識してない」
車両の近くで、数人の住人が瓦礫に挟まれて動けずにいた。
装甲車は、その方向へと進路を変える。
ロゼッタの体が、自然と前に出ていた。
「セリカ、住人を」
「分かってる!」
短い合図。
それだけで十分だった。
ロゼッタはモーニングスターを構え、走り出す。
地面を蹴るたび、昨日の戦いの感触が腕に蘇る。
(切れないなら――壊す)
装甲車の側面へ回り込み、鎖を振り回す。
遠心力が乗り、金属棒が唸りを上げる。
ブォン――ッ!
両手で振り下ろした一撃が、履帯の接続部に叩きつけられた。
ガンッ!!
衝撃が腕を震わせる。
だが、確かに手応えがあった。
履帯が軋み、動きが一瞬だけ鈍る。
装甲車が反応するように砲塔を回す。
センサーが、ロゼッタを捉えた。
(来る)
ロゼッタは即座に跳び退り、次の一撃のために距離を取る。
背後では、セリカが住人を引きずり出しながら叫んでいた。
「ロゼッタ! もう少しだけ時間稼いで!」
ロゼッタは頷き、再び鎖を振るう。
シャララッ!
鎖が空を切り、金属棒が装甲を叩く。
一撃、二撃、三撃。
装甲は凹み、内部から嫌な音が響き始める。
(……効いてる)
刃ではない。
技でもない。
ただ、壊すための力。
それでも今は、それで十分だった。
暴走する鉄の怪物に立ち向かいながら、ロゼッタははっきりと感じていた。
――自分はもう、闘技場の中だけの存在じゃない。
誰かを守るために、ここに立っているのだと。
装甲車両は、もはや兵器というよりも、壊れた意思だけで動く鉄の獣だった。
ロゼッタの打撃で履帯は悲鳴を上げ、装甲は歪み、内部の制御系が限界に達しているのが目に見えて分かる。それでも車両は、戦闘をやめようとはしなかった。
次の瞬間――
バチィィッ――――!!
壊れかけの武装ユニットから、制御を失った電撃が放たれた。
青白い閃光が弧を描き、空気を焦がしながらロゼッタのいた場所を薙ぐ。
「っ――!」
ロゼッタは反射的に跳び退く。
電撃は瓦礫の山へ直撃し、
ドガァンッ!!
鉄骨と旧部品が吹き飛び、衝撃が地面を伝った。
その衝撃で、ロゼッタのポケットから何かが弾き出される。
――カラン。
転がったのは、あの腕輪。
腕輪とも時計ともつかない、旧文明の遺物。
次の瞬間だった。
瓦礫に走った電流の余波が、腕輪を直撃する。
パチ……ッという微かな音とともに、死んでいたはずの四角い液晶に、淡い光が灯った。
「……?」
ロゼッタがそれに気づいた瞬間。
―――《接続確認。電力供給、安定》
頭の内側に、声が“直接”響いた。
低く、落ち着いた、感情の起伏を感じさせない声。
だが不思議と冷たくはなく、むしろ頼もしい。
(使用者の生体反応を確認。
戦闘状況を解析中)
ロゼッタの呼吸が、一瞬だけ乱れる。
(……なに?)
言葉にしようとした、その瞬間。
(発声は不要。
現在、外部へ情報を漏らすべきではありません)
制止。
冷静で、感情を排した判断。
ロゼッタは口を閉ざし、歯を噛みしめる。
だが不思議と恐怖はなかった。
声は、敵意を持っていないと直感できた。
(対象:旧文明・自律装甲車両
制御系統:深刻な損傷
推奨行動を提示します)
視界の中で、ひとつの場所がはっきりと“意識に浮かび上がる”。
(左側面、第二冷却口
装甲破損率が高く、衝撃伝達効率が良好)
(そこを叩け、ということ……)
理解は一瞬だった。
ロゼッタはモーニングスターを構え直す。
鎖が**シャラ……**と音を立て、遠心力が徐々に増していく。
(衝撃を集中させれば、動力炉は停止します)
跳躍。
全身の力を両腕に集める。
ブォォン――――ッ!!
振り下ろされた一撃が、教えられた位置へ叩き込まれる。
ゴォンッ!!!
これまでとは明らかに違う、芯を捉えた破壊音。
直後、装甲車両の内部から
ギャリッ……ギャリギャリッ……
致命的な軋みが連続して響いた。
(有効打を確認)
次の瞬間、車両は完全に沈黙した。
砲塔は止まり、履帯は力を失い、ただの鉄の塊となる。
スクラップヒルに、静寂が戻る。
ロゼッタは荒い息を吐き、膝をついた。
セリカが住人を避難させ終え、駆け寄ってくる。
「ロゼッタ! 今の一撃、すごかったぞ!」
ロゼッタは答えようとして、口を開きかけた。
「……いま、頭の中に――」
(その件については、後ほど)
即座に、声が制する。
(現在は安全確保を優先してください)
ロゼッタは言葉を飲み込み、静かに頷いた。
誰にも見えない場所で、確かに“何か”が自分と繋がっている。
それを悟られないよう、彼女は腕輪をそっと拾い上げ、胸元に戻した。
スクラップヒルの鉄屑の中で、
音もなく、確実に――
ロゼッタの中に、新たな“導き手”が根を下ろした。
続く
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