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第3章ー⑲ ガラクタの中の宝物?

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


義手の調整が終わり、工房の空気が少し落ち着いたころ、ロゼッタは右腕をゆっくりと動かしながら、改めて深く頭を下げた。

金属の重さも、可動の感触も、以前とはまるで違う。これがどれほどの価値を持つか、彼女には痛いほど分かっていた。


「……直してもらって、ありがとう御座います。

 何か……お礼に、出来ることはありませんか」


素直な問いだった。

闘技場では、与えられることに慣れすぎていたが、ここでは違う。

“してもらったら、返す”――それが普通なのだと、今は理解している。


セリカの父は一瞬だけ手を止め、ロゼッタを横目で見たあと、ふっと息を吐いた。


「礼なんざ、要らねぇと言いたいところだがな」


顎に手を当てて少し考え込み、やがて作業台の隅に置かれた木箱を指さす。


「鍛冶屋の親方に届けてもらう部品がある。

 ただ、仕上がりまで二、三日はかかる」


それだけ言って、あとは興味なさそうに別の部品へと視線を戻す。

だがそれは、十分すぎる“お願い”だった。


「はい。必ず」


即答すると、セリカが肩をすくめて笑った。


「じゃ、その間ジャンクタウン案内するよ。

 危ない所は避けるし、見るだけでも楽しいからさ」


――そうして、二人は街へ出た。


ジャンクタウンは、やはり独特だった。

都市部のハンターギルドとは違い、ここでは露骨なまでに“武器”が前面に出ている。

通りの両脇には、重火器、即席砲、改造ライフル、肩掛け式の発射装置が並び、どれもこれも実用一点張りだ。


「……大きいですね」


ロゼッタが思わず呟くと、セリカが頷く。


「ここじゃ“止める”より“壊す”が基本だからね。

 機械モンスター相手なら特に」


確かに、剣や槍は少ない。

あっても補助的なものばかりだ。


歩いているうちに、ロゼッタは一つの露店の前で足を止めた。

小さな机の上に、雑多に並べられた旧文明の遺物。その中に――

腕輪のようでもあり、時計のようでもある、妙な形の装置があった。


金属のバンド。

中央には四角い液晶らしきものが埋め込まれているが、完全に沈黙している。

ひび割れもあり、明らかに“壊れている”。


それなのに。


「……気になる」


自分でも驚くほど、はっきりした言葉が口をついて出た。

胸の奥が、ちくりと疼く。


セリカが首を傾げる。


「それ? ただのガラクタだと思うけど」


分かっている。

理屈では、価値がないことも、使えないことも。


――けれど。


(勘が……何かあるって言ってる)


バルカの言葉が、ふと脳裏をよぎる。

“迷ったら、自分の勘を疑うな。勘は、経験の積み重ねだ”


ロゼッタは露店の主人を見る。

年老いた男で、こちらを値踏みするような目つきだ。


(……交渉)


ベルベットの教えを、思い出す。

嘘をつく必要はない。

顔と間を使え。


ロゼッタは装置を手に取り、少し困ったように眉を下げた。


「……これ、壊れていますよね」


わざと確認するように言う。

液晶を軽く指で叩き、反応しないことを示す。


「動きませんし、修理出来るかも分かりません」


露店の男が肩をすくめる。


「旧文明のもんだ。直せる奴は少ねぇ」


そこで、ロゼッタは少しだけ視線を伏せ、弱気そうに続けた。


「……でも、捨てるには、少し可哀そうで」


ほんの一瞬、間を置く。

その沈黙が、相手に“値を下げる理由”を考えさせる。


「おいくらですか?」


男が言った額は、明らかに相場より高い。

だがロゼッタは、驚いた顔をしない。

代わりに、少し首を傾げて、申し訳なさそうに微笑む。


「……直らなかったら、ただの飾りですよね。

 それでも欲しいと思うのは、私の勝手ですけど」


セリカが横で、面白そうに口角を上げている。


男は鼻を鳴らし、しばらく黙り込んだあと、値を下げた。

それでもまだ、高い。


ロゼッタは、右腕の義手を軽く見せるように動かす。


「……お金、大切に使わないといけないので」


それだけ言って、装置をそっと机に戻す。

“買わない選択肢”を見せる――ベルベットの基本だ。


数秒後、男が舌打ちした。


「……持ってけ。

 その代わり、文句は言うなよ」


ロゼッタの胸が、小さく跳ねた。


「ありがとう御座います」


装置を受け取り、深く頭を下げる。

セリカが歩き出してから、ぽつりと呟いた。


「……あんた、交渉うまいね」


「……習っただけです」


ロゼッタは腕輪とも時計ともつかないそれを、そっと握りしめる。

まだ何なのかは分からない。

けれど、自分の勘が“拾え”と言った。


壊れているのに、確かに何かが眠っている。

そんな気がしてならなかった。


ジャンクタウンの喧騒の中で、ロゼッタは小さな予感を胸に抱え、セリカと並んで歩き続けた。




夕暮れがジャンクタウンの鉄屑の山を赤く染め始めたころ、セリカは両腕いっぱいに抱えたジャンク品を揺らしながら工房へ戻ってきた。

歯車の欠けた小型エンジン、配線がむき出しの制御基板、用途不明の金属筒――どれも一見すればガラクタだが、セリカにとっては「使えるかもしれない未来」そのものだった。


「ただいまー親父! 今日は当たり多いぞ」


床にどさどさと荷を下ろし、満足そうに息を吐く。

ロゼッタも一歩遅れて中へ入り、工房特有の油と金属の匂いに包まれる。


「それでさ、親父」


セリカは何気ない調子で言いながら、ロゼッタの方を親指で示した。


「ロゼッタがさっき変なもんが気になったらしくてさ。

 壊れてるっぽいのに、どうしてもって買ってた」


ロゼッタは少し照れたように、ポケットから例の腕輪とも時計ともつかない装置を取り出した。


「なぜかはわからないのですが、とにかく気になって……」


正直な言葉だった。

期待しすぎるのも違う、と自分に言い聞かせている。


セリカの父はちらりと視線を向け、最初は興味なさそうに鼻を鳴らした。

だが、装置が作業台の上に置かれた瞬間、その目つきが変わった。


「……ほう」


無言で手袋を外し、ゆっくりと装置を手に取る。

重さを確かめ、金属の継ぎ目をなぞり、液晶部分を角度を変えて眺める。


工房の空気が、わずかに張り詰めた。


「どうだ? やっぱただのガラクタ?」


セリカが軽い口調で聞くと、父は答えず、代わりに小さな工具を取り出して裏蓋を慎重に開けた。

中から現れたのは、極端に細かく組まれた回路と、見たことのない結晶体。


「……詳しくは、分からん」


低く、しかし断定的な声だった。


ロゼッタの胸が、きゅっと締まる。


「だが――」


父は続ける。


「旧文明の遺物なのは、間違いない」


セリカが目を見開く。


「マジで?」


「ああ。素材も加工も、今の技術じゃ再現が難しい。

 それにこの構造……武器でも動力源でもない」


父は結晶体の周囲を指で示した。


「多分だが……通信機だ」


その言葉に、ロゼッタは思わず息を呑んだ。


(通信……)


誰と、何を、どこへ。

分からないことだらけなのに、不思議と胸の奥がざわつく。


「今は死んでるがな」


父は装置を元に戻し、作業台に置いた。


「電源も系統も分からん。

 下手に弄れば、完全に壊れる」


それでも――と、ちらりとロゼッタを見る。


「勘で拾ったなら、大事にしろ。

 旧文明の遺物は、持ち主を選ぶことがある」


セリカが肩をすくめて笑った。


「だってさ。

 やっぱ変なもん引き寄せる体質じゃん」


ロゼッタは装置を胸に抱き、静かに頷いた。


「……はい」


まだ何も始まっていない。

けれど確かに、何かが “繋がる可能性” だけは、そこにあった。


続く

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