第3章ー⑱ 新たな選択肢
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ロゼッタは受け取った警棒を胸の前で抱えるようにし、少しだけ背筋を伸ばして口を開いた。
この町の油と鉄の匂いに、もう慣れ始めている自分に気づきながら。
「この警棒を……芯にして、打撃武器にしたいんです。
切るんじゃなくて、叩くための武器に」
言葉にした瞬間、工房の空気がわずかに変わった。
セリカの父は眉をわずかに動かし、もう一度警棒を手に取って、今度は“武器として”ではなく“構造物として”眺め直す。
「……なるほどな」
警棒の端を指でなぞり、内部のバランスを頭の中で分解しているのがわかる。
打撃、衝撃、反動、芯材のしなり――そういったものを、無言で計算している職人の顔だった。
「刃を付けるより理にかなってる。
特に機械相手ならな」
セリカが横でうんうんと大きく頷く。
「でしょ? だから言ったじゃん、叩けばいいって!」
「お前は黙ってろ」
親父は即座に一蹴し、ロゼッタに視線を戻す。
「芯にするなら、この素材は申し分ねぇ。
あとは外側をどう組むかだが……それはギルドの親方の仕事だな」
そう言ってから、ふと、視線が下に落ちた。
ロゼッタの右腕――革のグローブの下に隠された義手に。
その視線に気づいた瞬間、ロゼッタの胸が、わずかに強張る。
闘技場でも、街でも、この視線には慣れているはずなのに、どうしても反射的に身構えてしまう。
だが、セリカの父の目には、哀れみも好奇心もなかった。
あるのは、純粋な“機械屋”の目だけだ。
「……いい加工だ」
親父はそう言って、低く息を吐いた。
「関節の逃がしも悪くねぇし、動力伝達もちゃんと考えてある。
だが――」
一歩近づき、断定するように言う。
「急ごしらえだな。
実戦に耐えさせるための補修で、長期運用は考えてねぇ」
ロゼッタは何も言わなかった。
否定できないからだ。
これは“生き延びるために作られた義手”であって、“使い続けるための義手”ではない。
親父は少し考え込み、顎に手をやってから、作業台の奥を親指で示した。
「ちょうどいい。
さっき運び込んだ警護ロボの残骸、あれ――使わない部材がいくつかある」
セリカが「え?」と声を上げる。
「父ちゃん、あれ予備用じゃ――」
「余ってんだろ」
一言で黙らせてから、ロゼッタを見る。
「条件は簡単だ。
あのロボの素材と引き換えに、その義手、ちゃんと“使える形”に直してやる」
油に汚れた指で、義手の位置を軽く示しながら。
「関節の耐久、動作範囲、衝撃吸収。
打撃武器を使うなら、今のままじゃ負担がでかすぎる」
ロゼッタは一瞬、言葉を失った。
武器の話をしていたはずなのに、気づけば――自分の体の話になっている。
だが、それがこの工房では自然なのだと、なぜか直感で理解できた。
「……お願いします」
深く頭を下げると、親父は鼻で笑った。
「礼はいらねぇ。
“ちゃんと使うつもりの腕”なら、直す価値があるってだけだ」
セリカがにっと笑って、ロゼッタの背中を軽く叩く。
「よかったじゃん。
武器も腕も、まとめて強くなれるよ」
工房の中で、金属が触れ合う**カン、コン**という音が響く。
ロゼッタは警棒と義手、その両方を意識しながら思う。
これはただの修理じゃない。
ハンターとして “これから先も戦う体” を選び取る一歩なのだと。
そしてその選択は、静かに、確かに、彼女の中で重みを増していった。
工房の奥、天井から吊るされた古い照明が低く唸り、金属粉の舞う空間の中で、ロゼッタは作業台の前に座っていた。
右腕の義手は外され、分解された状態で布の上に並べられており、その姿はまるで解剖される生き物のようで、けれど不思議と怖さはなかった。
ここにいるのは“兵器”ではなく、“使う者の未来”を考える職人だからだ。
セリカの父は無言で部品を一つひとつ手に取り、古い義手の構造を確かめるように指先で叩く。
コツ、コンと響く音だけで、内部の空洞や応力の逃げを把握しているのが分かる。
「……やっぱりな」
低く呟き、義手の前腕部を指で示した。
「芯は悪くねぇ。素材も軽いし、耐久もそこそこある。
だが拡張性がねぇ。使い捨て前提の構造だ」
ロゼッタは静かに頷いた。
闘技場で与えられた義手は、勝つため、生き残るためだけのものだった。
“先”など、誰も考えていなかった。
「だからだ」
親父は作業台の引き出しを引き、細長い円筒状の部品を取り出す。
旧文明の警護ロボから外したものだろう、摩耗はあるが芯はしっかりしている。
「まずは内部フレームを組み替える。
この義手は、武器を振る前提で作り直す」
カン……カン……
ハンマーが小さく鳴り、フレームが僅かに広げられていく。
ほんの数ミリの調整だが、それが可動域と耐久を大きく変える。
セリカが横から覗き込み、楽しそうに言う。
「拡張スロット作るんだよね?」
「ああ」
親父は短く答え、今度は別の部品を並べる。
細いワイヤー、巻き取り用のスプール、小型の射出機構。
ロゼッタが目を瞬かせた。
「……それは?」
「ワイヤーショットだ」
何でもないことのように言うが、その意味を理解した瞬間、ロゼッタの胸が小さく跳ねた。
「撃ち出して、引っ掛けて、引く。
移動、拘束、引き寄せ、応用はいくらでもある」
セリカが腕を組み、うんうんと頷く。
「機械相手なら関節に絡めて転ばすのもアリだし、
高所移動にも使えるよね」
親父はちらりとロゼッタを見る。
「剣一本で戦うのも悪くねぇが、ハンターは“状況”で戦う。
その義手に、選択肢を増やしてやる」
作業は黙々と進んだ。
義手の内部に新しいフレームが収められ、ワイヤー用の溝が掘られ、射出口が前腕の下部に設けられていく。
キィ……カチ……
精密な音が、工房のざらついた空気の中に溶け込む。
最後に、親父はワイヤーの先端を見せた。
小さな鉤爪状のヘッドで、展開すると三方向に開く構造になっている。
「旧文明の作業用アンカーだ。
引っ掛かれば、簡単には外れねぇ」
義手が再びロゼッタの腕に装着される。
革ベルトが締められ、内部でカチリとロックが噛み合う感触が伝わってきた。
「動かしてみろ」
ロゼッタはゆっくりと指を開閉し、手首を回す。
以前よりも、動きが滑らかで、重心が自然だった。
打撃を想定した構造のためか、腕全体が“振れる”感覚がある。
「……軽い」
思わず漏れた言葉に、親父は満足そうに鼻を鳴らした。
「撃ってみるか」
前腕の内側、親指の付け根に近い部分に、僅かな突起がある。
そこに意識を向けると、内部機構が反応するのが分かった。
ガシュン!
鋭い音と共に、ワイヤーが一直線に射出され、工房の柱にガンッと突き刺さる。
次の瞬間、内部で巻き取りが始まり、ロゼッタの体がぐっと前に引かれた。
「――っ!」
慌てて踏ん張るが、引きは強い。
それだけ信頼できる力だ。
「慣れるまでは注意しろ」
親父が言う。
「だが、これでお前は“殴れる”だけじゃなく、“掴める”。
それが義手の強みだ」
ロゼッタはワイヤーを解除し、静かに義手を握りしめた。
金属の冷たさの奥に、確かな可能性を感じる。
これはもう、闘技場の名残じゃない。
ハンターとして、生き残るための“腕”だ。
セリカがにっと笑って言った。
「いいね、その腕。
次は武器の方も、派手にいこうよ」
ロゼッタは小さく、けれど確かに笑った。
新しい力を得た実感が、胸の奥で静かに燃えていた。
続く
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