第1章ー⑥ 代償と決意
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ホーゲルのアジトでひとまず身を落ち着けたロゼッタは、修復ベッドの上で静かに横たわっていた。
内部ユニットの冷却がようやく安定し、頭の中の警告表示も徐々に消えていく。
だが――
ひとつだけ、どうしても消えなかった赤い警告がある。
《右腕ユニット:再生不能》
ロゼッタは唇を噛みしめながら、右腕の肘から先を見つめた。
黒龍兵との戦闘で受けた損傷は想像以上に深く、衝撃波を使用した為、
内部骨格が粉砕され、信号経路も断裂していた。
自動再生システムは完全に停止している。
ホーゲルが作業台から戻り、重い足取りでロゼッタの側に立った。
「……ロゼッタ。悪い知らせだ」
「分かってる。もう治らないんでしょ?」
ホーゲルは苦い顔で頷いた。
「お前の義手は、特にその右手は言ってしまえば旧世界の遺物だ。今の俺の設備でも部品の互換性がない。
つまり“元の強度”で再構成することは不可能だ」
ロゼッタは目を伏せた。
剣闘士として戦っていた頃から、右腕は攻撃の軸だった。
機械棺桶から復活した後も、その力は健在で、敵の強化兵すら圧倒できた。
その“柱”が折れた。
「でも……代わりを作れるんでしょ?」
「もちろんだ。ただ、使えるのは廃材から拾った民生用の旧式義手だ。
強化兵の力には耐えられん。戦闘で振り回せばすぐ壊れるだろう」
ホーゲルは箱の中から一本の義手を取り出した。
細い。軽い。
工業作業用の簡易アームで、戦闘など想定していない。
握力も、反応速度も、衝撃耐性も――以前のロゼッタの百分の一以下。
「……これが、私の新しい右腕?」
「すまん。本当はもっとマシなものを用意してやりたいが……今はこれしかない」
ホーゲルは自嘲気味に笑った。
しかしその目には、深い誠実さが宿っていた。
「俺は、お前を戦闘兵器に戻したい訳じゃない。ただ、生き延びてほしい。
そのための腕だ。戦うためじゃない。前へ進むための腕だ」
”前へ進む” ロゼッタはその言葉に胸が締めつけられた。
「……でも、戦わなきゃいけないかもしれない。
私が何者なのか知るために。
黒龍部隊が追ってくる限り、私は――」
「戦うさ。お前は強い。だが、“力だけ”が強さじゃない」
ホーゲルは義手を優しく持ち上げた。
「この腕で十分にできることもある」
ロゼッタは黙ってうなずいた。
彼の言葉は、ただの慰めじゃない。
彼自身が、生きてきた中で何度も失ったものを抱えながら、それでも立ち続けてきた証のように聞こえた。
「……お願い。装着して」
ホーゲルは慎重に接続作業を始めた。
冷たい金属の感触が右肩に伝わり、内部神経端子が新しい義手へゆっくりと接続されていく。
微弱な電流が走り、義手の指がわずかに震えた。
「動かしてみろ」
ロゼッタは意識を集中し、ゆっくりと指を曲げる。
ぎこちない。
軽すぎて、力がまるで乗らない。
細い義手は自分の体の一部というより、借り物のようだった。
「……弱い」
「ああ。だが――まだ終わりじゃない。
部品さえ手に入れば、いずれはもっと強い腕を組んでやれる」
「部品……どこにあるの?」
ロゼッタが尋ねると、ホーゲルの目がわずかに険しくなった。
「旧帝国の中枢工房 通称「再構成試験区画《Re-Frame 07》」だ。
あそこには失われた軍用パーツが眠っている。
……そして、おそらくお前の“設計情報”もな」
ロゼッタは息を飲んだ。
黒龍部隊と、自分の過去。
その糸は同じ場所へと繋がっている。
弱くなった腕を握りしめながら、ロゼッタは静かに言った。
「……行かないといけないね。私の全部を知るために」
ホーゲルは深く頷いた。
「だがまずは、ここで体を休めろ。
弱い腕でも――生きるための力にはなる。”工夫”を忘れるな、ロゼッタ」
彼女はそっと義手を胸の前で握り締めた。
確かに弱い。壊れやすい。
でも――
“たとえ弱くても、前に進むための腕だ”
その思いが、ロゼッタの胸に新しい火を灯していた。
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