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第3章ー⑬ 祝勝会の夜

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。

ギルド本部の奥、石造りの回廊を抜けた先にある食堂は、その夜、いつになく賑わっていた。

高い天井に吊るされたランタンの橙色の灯りが、長い木卓と無数の食器を照らし、肉を焼く匂いと香草の香り、そして人の笑い声が混ざり合って、戦場とは正反対の熱を生み出している。


「無法者討伐、完了だ! 生きて戻った連中に乾杯!」


誰かの声を合図に、木杯が一斉に掲げられ、ガンッ、ガンッと豪快な音が響く。

ロゼッタはその輪の中、少し小さめの椅子に座り、両手で杯を持ったまま周囲をきょろきょろと見回していた。


「……すごいですね。こんなに……人が」


戦いの最中には見えなかった、ハンターたちの“素顔”。

鎧を外し、武器を壁に立てかけ、誰もがどこか力を抜いた顔をしている。


「ここがギルドの腹の中だ」

グレンが豪快に笑いながら、骨付き肉をかじる。

「依頼の成否も、生死も、全部ここで流される。だから、飲める時に飲め」


そう言って、ロゼッタの杯に、とろりとした琥珀色の酒を注いだ。

果実酒だ。甘い香りがふわりと立ち上る。


「え、あの……これ……」


「度数は低い。安心しろ」


そう言われ、恐る恐る口をつける。

舌に広がる甘酸っぱさに、ロゼッタは目を瞬かせた。


「……おいしい」


その一言に、周囲のハンターたちがどっと笑う。


「新人、かわいい反応するじゃねえか」

「戦場じゃ別人だったのにな」


ロゼッタは少し頬を赤くしながら、木杯を両手で抱え直す。

数口、また数口。

体がぽかぽかしてきて、頭の奥がふわりと軽くなる。


「……あれ?」


その頃には、彼女の視線は少しだけ定まらなくなっていた。


食堂の中央では、討伐の流れを再現するように、身振り手振りで語る者がいる。

別の卓では、武器談義に花が咲き、刃の角度や銃身の癖について熱く語り合っている。


ロゼッタは、その話題に耳を傾け、ふと真剣な顔になる。


「……あの」


隣に座るグレンと、向かいのミレイア、リンを見る。


先ほど見た、車両搭載の重火器。

圧倒的な制圧力。

剣闘士としての経験では、どうにもならない距離と火力。


「今日……車両の火力を見て、思ったんです。

 剣だけじゃ、届かない場面があるって」


自分の剣を、そっと撫でる。


「前に出るだけじゃなくて……

 もっと、戦い方の幅を広げたいです」


その言葉に、数人のハンターが頷いた。

グレンは一瞬考え、ゆっくりと口を開く。


「いい考えだ。

 前に出る奴ほど、視野を広く持たなきゃならん」


「だがな」

そう前置きして、杯を一口飲む。


「全部を一度にやろうとするな。

 まずは “今のお前にできること” を確実に増やせ」


ロゼッタは真剣な表情で、何度も頷く。

その様子が、あまりにも素直で、周囲から小さな笑いが漏れた。


「……ほんと、真面目だよな」


「動き方も、選択も……もっと、広げたいです」


少し酔いが回っているのか、言葉は素直で、飾りがなかった。


グレンは骨付き肉を皿に戻し、少しだけ真面目な顔になる。


「前で斬れるのは強みだ。

 だがハンターは、斬るだけが仕事じゃねえ。

 距離、遮蔽物、味方の火力……全部ひっくるめて“戦場”だ」


グレンは、少しだけ目を細める。


「焦るな。

 だが……考え始めたのは、悪くない」


その一言に、ロゼッタはほっとしたように微笑む。

そして、そのまままた果実酒に手を伸ばした。


――数分後。


「……えへ……」


ロゼッタの頬は、はっきりと赤い。

視線はとろんとして、言葉の間隔もゆっくりになっている。


「……このお酒……あまくて……」


「飲みすぎだ」

グレンが呆れたように言うが、止める気はなさそうだ。


そこへ、料理担当の職員が、大皿を運んでくる。

焼き菓子と、蜂蜜をたっぷり使った甘味。


「デザートだぞー!」


その瞬間、ロゼッタの顔がぱっと明るくなる。


「……あっ」


一口、口に運んだ瞬間。

表情が、完全に崩れた。


「……おいしい……」


目は細まり、頬は緩み、警戒も思考もどこかへ消えている。

ただ純粋に、甘さに溶けている顔。


その瞬間、テーブルの何人かが、同時に思った。


(……かわいいな)


誰も口には出さない。

だが、場の空気が一段、柔らかくなる。


戦場で剣を振るい、怒りで叫び、判断に悩んでいた少女が、

今はただ、甘いものを食べて幸せそうに笑っている。


「それでいい。

 オンは命を賭ける場所、オフは生きる場所だ。

 混ぜちまうと、どっちも壊れる」


その言葉は、叱責でも教訓でもなく、長く生き延びてきた者の実感だった。

ロゼッタは、甘い菓子をもう一口かじりながら、ゆっくりと頷く。


グレンは何も言わず、杯を煽る。

だがその口元は、ほんの少しだけ、緩んでいた。


ロゼッタは、そんな視線に気づくこともなく、

もう一口、と菓子を頬張り、満足そうに息を吐く。


その夜、食堂の笑い声は遅くまで続いた。


祝勝会は、ただの祝いではなく――

ロゼッタが、仲間として迎え入れられた証のように、静かに続いていた。




祝勝会の喧騒が少しずつ落ち着き、食堂の灯りが夜の色に溶け始めたころ、ロゼッタはすっかり果実酒にやられていた。

椅子に座ったまま、背筋は伸びているのに、目だけがとろんと半分ほど閉じていて、手にしたカップを両手で大事そうに抱え込んでいる。


「……あまい……まだある……?」


小さく呟くその声に、ミレイアとリンは顔を見合わせた。


「……これは、完全に出来上がってるね」


ミレイアが苦笑しながら立ち上がり、ロゼッタの肩にそっと手を置く。

触れた瞬間、びくりと反応するのに、逃げる様子はない。


「ロゼッタ、宿に戻ろう。歩ける?」


「……はい……だいじょうぶ……です……たぶん……」


言葉は丁寧だが、足取りは明らかに怪しい。

リンが反対側から支え、三人で食堂を後にした。


夜のギルド街は静かで、昼間のざわめきが嘘のようだ。

石畳に足音が規則正しく響き、ロゼッタは二人に挟まれながら、ふらふらと歩いている。


「……ほんとに、何も知らないんだね」


リンが、ぽつりと言う。

ロゼッタは首を傾げ、意味が分からないように瞬きをした。


「……なにも……?」


その反応が、かえって心配になる。


宿に着き、簡素な部屋のベッドにロゼッタを座らせると、彼女はそのまま布団を抱きしめるようにして、ほっと息をついた。


「……きょう……たのしかった……」


そう言って、安心しきった顔で微笑む。

その無防備さに、ミレイアは思わず目を伏せた。


(……本当に、守られてなかったんだな)


装備のことも、街のことも、人との距離の取り方も、すべてが手探り。

戦場ではあれほど鋭いのに、日常では驚くほど何もない。


部屋を出る前、リンが小さく呟く。


「……何もなさ過ぎて、逆に心配だよ」


ミレイアは頷き、ドアノブに手をかけたまま振り返る。


「ね。

 今度……買い物、連れて行こうか」


「うん。服とか、靴とか……甘いもの屋も」


二人は顔を見合わせ、静かに決めた。


その頃、ロゼッタはすでに眠りに落ちていた。

戦いも、選択も、しばし忘れ、穏やかな呼吸だけが部屋に残る。


――次は、少しだけ“普通”を教えよう。

そう心に決めながら、ミレイアとリンは宿の廊下を静かに歩いていった。


続く

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