第3章ー⑩ ハンターギルドの ”本気”
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
夕刻、ギルド併設の酒場の喧騒が、壁一枚隔てただけで遠くなる場所。
グレイヴは机に座り、何やら書類に目を通していた。
木の机は使い込まれ、表面には無数の傷が走っている。
それらは、この街が長く危険と向き合ってきた証でもあった。
その前に、ロゼッタが立っている。
どこか言い出しにくそうに、両手を前で組み、視線を少し泳がせていた。
「……グレイヴさん」
「ああ、どうした」
短く答え、手は止めない。
その距離感が、彼なりの“聞く姿勢”だった。
「……私、剣闘士の脱走者だと、思われているみたいです」
ロゼッタの声は落ち着いていたが、言葉を選ぶ指先は、わずかに強張っていた。
その言葉に、グレイヴの手が止まった。
顔は上げないが、空気がわずかに変わる。
グレイヴは腕を組み、黙って続きを促す。
元傭兵らしい、無駄のない姿勢だ。
「ミレイアさんやリンさんが思っている“剣闘士”と、
私の知っている剣闘士は……違います。
でも、その勘違い……訂正しない方が、楽で……」
言い終えてから、ロゼッタは少しだけ視線を落とした。
グレイヴは、しばらく沈黙したあと、低く言った。
「……なるほどな」
驚きはない。
むしろ、納得に近い低い声だった。
「この街でも、剣闘士って言葉は二種類ある。
表の競技会と、裏の闇剣闘。
お前の動きと経歴の薄さなら、後者に見えるだろう」
「正しい判断だ」
即断だった。
同情も、詮索もない。
「この街じゃ、過去より“今どう生きてるか”の方が重要だ。
闇剣闘から逃げてきたって話なら、皆、深入りしない」
ロゼッタは、少し驚いたように顔を上げる。
「……怒られないんですか?」
「 ”ハンターになること” に対して、怒る理由がない」
「だがな……
その“脱走剣闘士”の噂、最近ちょっと厄介な形で現実になってきてる」
「厄介……?」
グレイヴは、机の上に地図を広げる。
街の外縁、荒れた丘陵地帯に、赤い印がいくつもついていた。
グレイヴは地図に視線を向ける。
その目は、戦場を知る者の色をしていた。
指で印を叩く。
「 “本物の” 脱走剣闘士たちがいる。
ハンターにもならず、無法者になった連中だ」
ロゼッタは息をのんだ。
「……被害が?」
「もう出てる。
商人の荷車、農家の倉庫、通行人への脅し。
殺しはまだだが、時間の問題だ」
「すでに被害が出始めている。
近々、正式な討伐依頼が出る」
グレイヴは、低く言い切った。
「剣闘士は、戦い方は知っている。
だが、戦う理由を失うと――
刃は簡単に、弱い方へ向く」
ロゼッタの胸が、静かにざわつく。
「……私も、行くことになりますか?」
グレイヴは一瞬、ロゼッタを見つめた。
剣を持つ手、立ち姿、目の奥。
「行かせるかどうかは、ギルドが決める。
だが――」
少し間を置く。
「お前が関わる可能性は、高い」
ロゼッタは、黙ってうなずいた。
グレイヴは地図を畳みながら、言葉を続ける。
「この依頼は、数人でこなす“便利な狩り”じゃない。
被害が出ている以上、ギルドは ”本気” を出す」
その言い方に、ロゼッタは顔を上げる。
「……本気、とは?」
グレイヴの声が、少しだけ低くなる。
「複数パーティの投入。
情報屋、補給、医療班の待機。
討伐ではなく “殲滅” に近い形になる」
ハンターギルドは、自由な集まりに見える。
だが、その裏には、治安を守るための組織としての顔がある。
「情けは、かけない。
相手がどんな過去を背負っていようとだ」
ロゼッタは、無意識に剣の柄に触れていた。
(……剣闘士)
かつての自分。
そして、今、無法者として刃を振るう者たち。
「ロゼッタ」
グレイヴが呼ぶ。
「勘違いされていることを、気に病むな。
だが――」
彼の目が、真っ直ぐに向けられる。
「その勘違いの先にいる“本物”と向き合う覚悟だけは、
今のうちに決めておけ」
窓から差し込む夕暮れの光が、二人を包む。
脱走剣闘士の噂。
無法者となった元剣闘士たち。
そして、近づく討伐依頼。
ロゼッタの胸の奥で、
静かに、しかし確かに、次の戦いの予感が芽生えていた。
討伐準備は、静かに、しかし確実に進められていった。
無法者たちに動きを悟られぬよう、掲示板に派手な依頼は出ない。
酒場での噂話も、意図的に別の話題で塗り替えられていく。
補給品は「定期点検」の名目で倉庫へ運ばれ、医療班は「巡回診療」として街に滞在した。
ロゼッタは、その“異様な静けさ”の中に身を置いていた。
依頼をこなす日常は続いているのに、空気だけが張りつめていく。
誰も大声では語らないが、皆が同じ方向を向いているのが分かった。
――数日後。
ギルド本館の奥、普段は使われない大部屋の扉が開かれた。
石造りの室内は広く、天井は高い。
中央には長机が並べられ、壁際には簡易地図と黒板が立てられている。
そこに集められたのは、十数名。
ベテランと中堅、そして数名の若手。
重装備の前衛、銃を担ぐ後衛、回復役。
即席ではない、明らかに“選ばれた”編成だった。
ロゼッタも、その一人として呼ばれていた。
(……場違い、ではない)
そう思える程度には、彼女ももうギルドに馴染んでいた。
やがて、扉が閉まり、外の音が遮断される。
前に立ったのは、ギルド幹部の一人――白髪交じりの男性だ。
その立ち姿だけで、この場が冗談ではないと分かる。
「――これより、郊外無法者集団の討伐作戦を説明する」
低く、通る声。
室内が一瞬で静まる。
黒板に、簡略化された地図が描かれる。
街の外、丘陵地帯、廃れた農地、そして崩れた旧施設。
「対象は元剣闘士を中心とした無法者集団。
確認されている人数は十二から十五」
ロゼッタの喉が、わずかに鳴る。
「全員が近接戦闘に長けており、
一部は投擲武器、旧式銃を所持している可能性がある」
地図の一点に、赤い印が打たれる。
「現在の根城は、ここ。
周囲は見通しが悪く、夜間行動に慣れている」
幹部は一度、参加者全体を見渡した。
「――ここからが重要だ」
声が、さらに低くなる。
「この作戦は“捕縛”ではない。
逃走を許さず、戦闘不能になるまで ”制圧” する」
殲滅。
誰もが、その言葉を頭の中で補った。
「理由は二つ。
一つ、すでに市民被害が出ていること。
二つ――」
一瞬の間。
「連中が、ハンターに成り得なかった存在だからだ」
重い沈黙が落ちる。
「ギルドは、腕のある者に居場所を与える。
だが、それを拒み、力を私利私欲に使った時点で、守る理由はない」
説明は淡々としていた。
感情論ではなく、線引きの話だった。
「編成は三班。
正面制圧、側面包囲、後方遮断。
情報班と医療班は、戦闘区域外で待機する」
指示が次々と出され、役割が割り振られていく。
ロゼッタの名前が呼ばれた。
「ロゼッタ・スカーレット。
第二班、前衛補助。
――突破力を期待する」
一瞬、視線が集まる。
だが、異論は出なかった。
「作戦開始は、明後日の夜明け前。
それまでに装備を最終確認し、休養を取れ」
最後に、幹部はこう締めくくった。
「これは、ギルドからの “正式な依頼” だ。
迷いがある者は、今ここで名乗り出ろ」
誰も、動かなかった。
ロゼッタは、静かに息を整えながら、胸の奥で思う。
(……剣闘士じゃない。
ハンターとして、行く)
大部屋を出るとき、
彼女の背中には、もう新人の影だけは残っていなかった。
続く
【作者からのお願い】
もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!
また、☆で評価していただければ大変うれしいです。
皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!




