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第3章ー⑨ 勘違いの上に成り立つ関係 ー脱走剣闘士ー

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


ギルドの掲示板は、昼下がりになると独特の熱を帯びる。

鉄板に打ち付けられた無数の依頼票と、その横に並ぶ更新された戦歴の写し――血と汗と運の結果が、淡々と紙に刻まれている場所だ。


ロゼッタは、その前に立っていた。

背伸びをするように、少し顎を上げて、自分の名前を探す。


――**ロゼッタ・スカーレット**

――変異種討伐記録:**ブロンズ(★)**


小さな星。

スモール・ブロンズ。


それだけだ。

けれど、その一行が持つ重みを、彼女は ”知った”


「……本当に、載ってる」


自分の名前を指でなぞる仕草は、どこかおそるおそるで、壊れ物に触れるみたいだった。


「おいおい、新人でそれかよ」


背後から、少ししゃがれた声がかかる。

振り返ると、見慣れない男が立っていた。年は三十代半ば、肩に古傷の走る、独特の色彩の使い込まれた革鎧を身に着け、腰の銃は手入れが行き届いている。


「スモールとはいえ、変異種だ。

 運だけじゃ、生きて帰れねえ」


値踏みするような視線。

だが、嘲りはない。


「……あ、はい。ありがとうございます」


ロゼッタは、きちんと返事をする。

その様子を見て、男は少しだけ口元を緩めた。


「礼儀がある。悪くねえ。

 名前、覚えとく」


それだけ言って、去っていった。

短い会話だったが、周囲の空気がわずかに変わったのを、ロゼッタは感じていた。


――見られている。

――“新人”としてではなく。


そのとき。


「ロゼッタ!」


明るい声が飛ぶ。

振り向くと、ミレイアとリンがこちらに歩いてきていた。


ミレイアは赤褐色の長髪を高く結い、軽装ながら引き締まった体つき。

リンは淡い金髪を短く整え、狙撃銃のケースを肩に提げている。


「見たよ、掲示板!」

「スモール・ブロンズって……普通にすごいよ、それ!」


二人の反応は率直だった。

羨望と驚きが、隠れていない。


「いえ……皆さんのおかげです」


ロゼッタはそう言って、ぺこりと頭を下げる。

その拍子に、腰の剣がわずかに揺れた。


――そこで、ミレイアの視線が止まる。


「……ちょっと待って」


一歩、近づく。

剣を見る。

柄に、鍔に、全体のバランス。


「その剣……前と違くない?」


リンも気づいたように、目を細める。


「うん。柄、長くなってる。

 両手持ち前提の改修……だよね?」


ロゼッタは、一瞬だけ戸惑ってから、素直にうなずいた。


「はい。鍛冶屋さんに……教えてもらいました。

 前より、重いですけど……振り切れるので」


ミレイアは目を丸くする。


「新人で“改修”って発想が出るのがまずおかしいんだけど……

 しかも、ちゃんと自分用に合わせてる」


リンは、感心したように息をついた。


「剣闘士……じゃないよね?」


冗談めかした問い。

ロゼッタは、少しだけ間を置いてから、首を横に振った。


「……ハンターです」


その言い方が、不思議とまっすぐだった。


二人は顔を見合わせて、小さく笑う。


「そっか。

 じゃあさ――」


ミレイアが、にっと笑って言う。


「その剣、いつか本気で振るところ、見せてよ。

 変異種一個じゃ、まだ判断できないからさ」


リンも頷く。


「次は、もっと危ない依頼。

 一緒になるかもね」


ロゼッタは、少し驚いたように目を瞬かせてから、

胸の前で、ぎゅっと拳を握った。


「……はい。

 その時は、よろしくお願いします」


掲示板の前。

ざわめくギルドの中で。


小さな星を刻んだ新人は、

知らぬ間に、**“次”を期待される場所**へと足を踏み入れていた。



ーその後しばらくして


ギルドの喧騒から少し離れた休憩区画で、ロゼッタは腰掛けたまま剣の柄を拭いていた。

改修された柄は、彼女の手の内に吸いつくように馴染み、重さも長さも、今では身体の一部のように感じられる。


その様子を、少し離れた位置からミレイアとリンが見ていた。


「……やっぱり、普通じゃないよね」


ミレイアが小さく言う。

声の調子は軽いが、視線は真剣だった。


「うん。剣の扱い方もそうだけど……構えが“試合”じゃない」


リンが続ける。

狙撃手らしい、対象を切り取るような観察眼だった。



ロゼッタは、二人の視線に気づいて顔を上げる。


「……どうか、しましたか?」


その問いに、ミレイアは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を泳がせ、やがて肩をすくめた。


「いやさ、さっき ”剣闘士”って言ったんだけど」

「悪く思ってるつもりでもないし、怒らないで聞いてほしい」


ロゼッタの胸が、ほんのわずかに強く脈打つ。


この世界にも剣闘士は存在する。

一つは、某国で近年“復活”したと喧伝されている競技会――表向きは合法、観客も貴族や富裕層、勝者は英雄として扱われる、華やかな剣闘士試合。

血は流れるが、命までは奪わない、という建前の上に成り立つ見世物だ。


「観客席付きで、スポンサーも付いて、

 “合法”を名乗ってる剣闘士試合」


ミレイアの声には、薄い嫌悪が混じっている。


「でもさ、あれって結局――

 負けたら終わり、だよね」


リンが静かに補足する。


「表向きは“競技”。

 裏じゃ、身体改造や薬物使用も黙認。

 勝てなくなったら、使い捨て」


ロゼッタは、剣を拭く手を止めなかった。

だが、指先がわずかに強張る。


そして、もう一つ。


「それとは別に……」


リンが言葉を継ぐ。


「闇剣闘。

 こっちは、完全に裏」



闇剣闘。


名も、身分も、過去も消された“訳アリ”の存在が、

死ぬまで戦わされる文字通り ”死合” である。



そこでは金が動く。

想像を超える金が。

賭け金は天井知らずに跳ね上がり、裏社会の金が渦を巻く。

貴族、商人、軍、裏社会――誰もが噛んでいる。。

表の ”興行” があったときから、既に ”存在していた” とされている。


ミレイアは、ロゼッタをちらりと見る。


「そこから逃げてきた剣闘士、

 たまにハンターになるんだよ」


ロゼッタは、ぱちりと瞬きをした。


「……そう、なんですか」


その反応が、二人にとっては“答え”だった。


リンが思う。


(……あの子 ”どっちか” だよね)


ミレイヤも同じ結論に辿り着いていた。


(たぶん、いや、まず闇の方。

 だから、名前も経歴も曖昧)


お互いの結論が”眼”で物語っていた


ロゼッタの剣の扱いは、競技の型でも、街の喧嘩剣術でもない。

生き残るための、無駄のない殺し合いの動き。


ロゼッタは、その会話を聞いていない。

だが、二人の視線と間の取り方から、何を誤解されているかは、なんとなく察していた。


――剣闘士。


その言葉が指すものが、

自分と彼女たちで、まったく違う。


ロゼッタが思い出す“剣闘士”は、

帝国の闘技場で、番号で呼ばれ、

勝てば延命、負ければ処分される存在だった。


競技でも、裏稼業でもない。

ただの“装置”。


だからこそ。


(……勘違い、してくれる方が、助かる)


ロゼッタは、心の中で静かにそう結論づけた。


闇剣闘からの脱走者。

過去を語りたがらない新人。

剣の扱いだけが異様に上手い少女。


その方が、説明がつく。

その方が、詮索されない。

その方が――生きやすい。


リンがわざと軽い口調で言う

「ロゼッタ。

 ……過去のこと、無理に聞かないからさ」


その声は、思ったより優しかった。


ミレイヤも、軽く肩をすくめる。


「ここはギルドだ。

 腕があれば、それでいい」


ロゼッタは、一瞬だけ目を見開き、

それから、小さく、でもはっきりとうなずいた。



「……ありがとうございます」


ロゼッタは、少しだけ柔らかく笑った。


「勘違い、してくれるなら……」


言葉を飲み込む。

その先は、胸の中だけにしまう。


「いえ。

 今は、ハンターですから」


ミレイアは、その言い方に少しだけ引っかかりを覚えたが、深追いはしなかった。


「そ。

 なら、次の依頼も一緒になったら頼むよ」


リンも、軽く手を挙げる。


「改修剣、ちゃんと活躍するところ見せて」


ロゼッタは、改めて剣の柄を握り直す。

両手で。

しっかりと。


「……はい。

 その時は、全力で」


二人が去ったあと、ロゼッタは一人、しばらくその場に座っていた。


“脱走剣闘士”


勘違いの上に成り立つ関係。

だが、今はそれでいい。


ロゼッタは、自分の改修剣の柄を、そっと握り直す。


真実を語る日は、まだ遠い。

――それでいい、と彼女は思っていた。


今はまだ、

ハンターとして歩くために。


続く

裏とか闇ってつくと何とも言えないかっこいい雰囲気になりますよね。



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