第3章ー⑦ 前に立つ者として
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ギルドの訓練場は昼下がりになると少しだけ人が減り、鉄の匂いと乾いた土の感触だけが残る場所になっていて、ロゼッタはその端に立つグレンの背中を見つけると、いつもより少しだけ緊張した足取りで近づいていった。
グレンは木製の標的を相手に斧を振るっていたが、ロゼッタの気配に気づくと動きを止め、肩に担いだまま振り返り、いつもの豪快な笑みを浮かべる。
「おう、どうしたロゼッタ。
珍しく考え事してる顔だな」
「……相談があります」
短く、だがはっきりとした声。
グレンはその言い方だけで、冗談ではないと察し、斧を地面に立てて腰掛けるように促した。
「いいぞ。
武器の話か?」
ロゼッタは頷き、腰の剣に手を添える。
「銃の強さを知りました。
だが、場所によっては使えません。
だから私は、その時その時で“選びたい”」
グレンは、少し目を細めた。
「……いい考えだ」
即答だった。
「武器ってのはな、
一つで全部やろうとすると、
逆に全部中途半端になる」
そう言って、ロゼッタの剣を指さす。
「だが、その剣。
作りは悪くねえが、少し“決め打ち”すぎる」
「決め打ち?」
「片手前提だ。
速さはあるが、押し合いと打ち下ろしに弱い」
ロゼッタは、今日の戦いで感じた感触を思い出し、ゆっくりと頷く。
「……重装の敵には、止められる」
「そうだ。
だからな――」
グレンは立ち上がり、地面に枝で簡単な図を描きながら続ける。
「握りを少し伸ばす。
一握り分でいい。
両手でも持てるようにする」
ロゼッタは驚いたように剣を見る。
「刃は変えない。
間合いも変えない。
だが、持ち方の選択肢が増える」
グレンは、両手で斧を構え、ゆっくりと動かして見せる。
「片手は“動くため”。
両手は“止めるため”。
使い分けるだけで、戦い方がまるで変わる」
ロゼッタは、剣の柄を想像の中で伸ばし、両手で握る感触を思い描く。
「重くならないか?」
「多少はな。
だが、それは“選べる重さ”だ」
グレンは笑った。
「常に両手で振れって話じゃねえ。
必要な時に、両手に切り替えられる。
それが肝心なんだ」
ロゼッタは、静かに息を吸い、そして吐いた。
「……私は、迷うと思う」
正直な言葉だった。
「戦闘の最中に、
片手か、両手か、
踏み込むか、下がるか」
グレンは、その言葉を否定しなかった。
「迷えばいい」
力強く言い切る。
「迷わねえ奴は、
選んでない。
ただ流されてるだけだ」
そして、ロゼッタの目を真っ直ぐに見る。
「その時その時を選べ。
生き残るために」
ロゼッタは、深く頭を下げた。
「……ありがとう」
グレンは照れたように鼻を鳴らす。
「礼はいらねえ。
生きて、次も相談に来い」
その言葉に、ロゼッタは小さく、しかし確かに頷いた。
剣の形は、少し変わる。
だが、芯は変わらない。
それは、
**選び続けるための武器**だった。
ギルド街の外れ、石畳が途切れるあたりにある鍛冶屋は、遠くからでも分かるほど濃い鉄の匂いと、**カン、カン、カン**と一定の間隔で響く金属音に満ちていて、ロゼッタはその音に導かれるように扉の前に立ち、深く息を吸ってから中へ足を踏み入れた。
炉の赤い光が揺れ、天井の梁には年代物の武器や防具が無造作に吊るされ、床には削り屑と煤が積もり、ここが“物を売る場所”ではなく、“戦う者の身体を預かる場所”であることが一目で分かる。
「……ほう」
低く、しわがれた声。
金床の前に立っていた鍛冶屋は、振り下ろしていた槌を止め、ロゼッタの腰に差された剣を見るより先に、彼女の立ち方と視線の置き方をじっと観察する。
「剣の相談か、嬢ちゃん」
「はい。
柄を、少し伸ばしたいと思いまして……」
そう言って剣を差し出すと、鍛冶屋は受け取らず、顎で示す。
「置け」
ロゼッタが台に剣を置くと、鍛冶屋は刃ではなく柄に手を伸ばし、革巻きの擦れ、芯材の癖、重心の位置を確かめるように、指先でゆっくりとなぞった。
「……片手前提。
速さ重視。
だが、止めに来た相手を受ける余地が少ねぇ」
その指摘に、ロゼッタの背筋がわずかに伸びる。
「誰に教わった?」
「……生きる中で、覚えました」
鍛冶屋は鼻で小さく笑った。
「やっぱりな」
炉の火を背にしながら、はっきりと言う。
「嬢ちゃん、
あんた元剣闘士だろ」
空気が、一瞬だけ張り詰める。
否定の言葉を探す前に、鍛冶屋は続けた。
「構えが違う。
相手の“武器”じゃなく、“動き”を見る目だ。
殺し合いを、見世物としてやってきた奴の癖だ」
ロゼッタは黙っていた。
否定も肯定もせず、ただ視線を落とす。
鍛冶屋は、それ以上踏み込まなかった。
「安心しな。
ここじゃ過去は値段にならねぇ」
そう言って、剣を持ち上げる。
「柄を一握り分延ばす。
芯を通して、両手でも扱えるようにする。
刃は変えねぇ。
あんたの距離感は、もう出来上がってる」
ロゼッタは、ほっと息を吐いた。
「……できますか?」
「できる。
ただし――」
鍛冶屋は剣を台に戻し、今度はロゼッタ自身を見た。
「前に出るなら、
武器だけじゃ足りねぇ」
そう言って、壁に掛けられた古い胸当てを叩く。
「前衛はな、場合によっては
“当たらない”より先に、
“耐える”を考えなければならねぇ ”状況” が来る」
金属が**ゴン**と鈍い音を立てる。
「剣は攻めの選択肢だ。
防具は、生き残るための余白だ」
ロゼッタは、自分の簡素な装備を見る。
「軽さを取ってきたな。
悪くねぇ。
だが、次の段階だ」
鍛冶屋は棚から、いくつかの素材を見せる。
獣の硬質殻。
旧文明機械の装甲片。
柔軟性を残した合金板。
「素材を持って来い。
剥いだものでいい。
使えるなら、武器にも防具にもなる」
「……作ってくれるのか?」
「ああ、金は取るがな」
即答だった。
「既製品を買うより、
あんたの戦い方に合わせて削る。
改造もする」
鍛冶屋は、にやりと笑う。
「ハンターの武器はな、
依頼と一緒に育つもんだ」
ロゼッタは、深く頭を下げた。
「……頼みます」
「いい目だ」
鍛冶屋は槌を取り上げ、炉に火を入れ直す。
**ゴォッ**と炎が唸り、鉄が赤く染まる。
「剣も、防具も、
素材も経験も、
持って来りゃ、全部形にしてやる」
その言葉を背に、ロゼッタは剣を預け、店を後にした。
過去を見抜かれた。
だが、否定はされなかった。
代わりに与えられたのは、
**“前に立つ者として生き延びる術”**だった。
ロゼッタは、次の討伐で何を剥ぐかを考えながら、
少しだけ、足取りを軽くして歩き出した。
続く
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