第3章ー⑥ 迷い
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
討伐を終えてギルドの街へ戻る頃には、夕暮れが石畳を赤く染め、昼間の緊張が嘘のように街全体が柔らかな喧騒に包まれていたが、ハンターギルドの建物に足を踏み入れた瞬間、その空気はさらに濃く、熱を帯びたものへと変わった。
扉を開けると、酒と油と汗の匂いが混じり合い、木製の床を踏み鳴らす足音や、戦果を誇る笑い声、ジョッキがぶつかり合うガンッという音が一斉に押し寄せてくる。
「お、帰ってきたぞー!」
誰かの声が上がると、いくつかの視線がこちらに向き、血や埃のついた装備を見て、察したように口笛が鳴った。
リンはその流れに乗るように手を上げ、
「採掘跡の獣、片付けてきたよー!」
と明るく宣言し、すぐさま拍手と歓声が湧き起こる。
ミレイアは控えめに頷くだけだったが、受付に戦果を報告すると、依頼完了の印が押されるカチャンという音に、ほんのわずかに肩の力が抜けたように見えた。
「よし、今日は祝勝会だな」
ベテランのハンターがそう言って、いくつかのテーブルが自然と一つに寄せられ、料理と酒が次々と運ばれてくる。
ロゼッタは、少し端の席に座りながら、その光景を静かに眺めていた。
闘技場で見てきた歓声とは違う、誰かの生存を祝う音。
それが、胸の奥でじんわりと広がっていく。
「ロゼッタ、飲める?」
リンが木杯を差し出す。
「……水でいい」
「堅いなぁ」
笑いながらも、水を持ってきてくれるその距離感が、どこか心地よかった。
やがて話題は自然と、今日の戦いへと移る。
「やっぱさ、弾幕があると全然違うよね」
リンが突撃銃《バルカンリーフAR-7》を壁に立てかけながら言う。
「前に出る敵を止められるし、近づく前に削れる」
ミレイアも、静かに頷く。
「銃は“距離を支配できる”。
それが最大の強み」
ロゼッタは、二人の言葉を聞きながら、無意識に自分の右手――剣を握る癖の残る指を見つめていた。
今日の戦いで、何度も感じた。
銃声一つで、敵の動きが止まり、
距離が保たれ、
危険が“手前”で終わることを。
「……銃は、強いな」
ぽつりと漏れたその言葉に、リンが顔を上げる。
「そりゃね。
だから皆、使う」
ミレイアは少し考えてから、静かに言った。
「ただし、万能じゃない」
「?」
「弾切れ。
整備不良。
視界不良。
狭所」
短い言葉が、順に積み重なる。
「銃が使えない場所は、確実にある」
その一言が、ロゼッタの胸に深く落ちた。
闘技場。
檻の中。
観客席に囲まれた狭い空間。
――銃は、使えなかっただろう。
「……それでも」
ロゼッタは、迷いを含んだ声で言う。
「銃があれば、守れる範囲が広がる」
リンは、少しだけ真面目な顔になる。
「うん。
だから、悩むんだよ」
ミレイアが続ける。
「自分の武器を増やすか、
磨き続けるか」
ロゼッタは答えを出さなかった。
出せなかった、と言うべきかもしれない。
周囲では、笑い声が続き、
誰かが勝手に歌い出し、
ギルドの夜は深まっていく。
その賑やかさの中で、ロゼッタは静かに思う。
銃は強い。
だが、すべてを任せていいのか。
剣しか持たなかった日々。
剣だけで生き延びてきた記憶。
そして、今日初めて知った、
「仲間が撃つ銃の背中で戦う」という感覚。
迷いは、恐怖ではなかった。
それは、
ハンターとして前に進むために、
避けて通れない問いだった。
ロゼッタは、水の入った杯を両手で包み、
その表面に揺れる灯りを、じっと見つめていた。
銃声の残響と、剣の重みが、
胸の中で静かに交差していた。
祝勝会の喧騒が少し落ち着いた頃、ロゼッタはギルドの奥、窓の近くの椅子に一人で座り、背中を壁に預けながら、膝の上に剣を横たえていた。
中からはまだ笑い声やジョッキのぶつかる音が聞こえてくるが、ここまで来るとそれは遠く、まるで別の世界の出来事のようで、夜風が頬をなぞる感触の方がずっとはっきりしている。
剣の柄に触れながら、ロゼッタは今日の戦いを思い返していた。
銃声。
ズドンッという狙撃の一撃。
ダダダダッと空気を裂く連射。
あれほど離れた距離から、
あれほど確実に敵を止める力。
「……強い」
口に出してしまうと、その言葉は思った以上に重く、胸の奥に沈んだ。
自分は、剣で近づかなければならない。
間合いに入らなければ、何も始まらない。
だが銃は違う。
近づかせない。
危険を“遠く”で終わらせる。
それが正しいのではないか、
そんな考えが、頭をよぎる。
その瞬間だった。
――「強いから選ぶ、は違う」
どこからともなく、
低く、落ち着いた声が、記憶の底から浮かび上がる。
バルカ。
荒野の夜、地図を広げながら、
あの男が何気なく口にした言葉。
――「選ぶってのはな、
“捨てる覚悟”とセットだ」
ロゼッタは、思わず目を伏せる。
捨てる。
剣を?
それとも――自分自身を?
――「全部持とうとするな。
全部使える人間なんていない」
風が吹き、剣の刃がかすかに鳴る。
ロゼッタは、その冷たい音に、
闘技場の記憶を重ねていた。
檻の中。
逃げ場のない距離。
観客席に囲まれた空間。
そこでは、
銃は使えない。
――「場所が違えば、正解も変わる」
バルカの声が、続く。
――「だがな、
自分が“立つ場所”だけは、
自分で決めろ」
ロゼッタは、剣を持つ右手を見つめる。
この手で、
何度も振り下ろした。
何度も耐えた。
何度も、生き残った。
――「迷ってる時はな、
頭で考えるな」
ふっと、苦笑混じりの気配まで思い出される。
――「勘に頼れ」
勘。
それは、
闘技場で積み重ねた生存。
αチームと逃げた道。
今日、銃声の中で踏み込んだ一歩。
全部が、
今の自分を作っている。
――「勘ってのは、
才能じゃない。
経験が勝手に出してくる答えだ」
ロゼッタは、ゆっくりと息を吐いた。
銃は、強い。
だが、銃が使えない場所もある。
剣は、危険だ。
だが、剣でしか立てない場所もある。
どちらが正しいかではない。
どちらを“自分の軸”にするか。
ロゼッタは、剣を握り直す。
「……私は」
声は小さい。
だが、はっきりしていた。
「私は、近くで戦う」
遠くで守る者がいて、
弾幕を張る者がいて、
その隙間を縫って踏み込む役目。
それが、今の自分だ。
銃を知る。
銃を恐れない。
だが――
銃に頼りきらない。
それが、
自分の選択。
回廊の奥から、誰かがロゼッタを呼ぶ声がする。
ロゼッタは立ち上がり、
剣を腰に戻した。
迷いは、消えてはいない。
だがそれは、
前に進むための重さだった。
ロゼッタは、静かに歩き出す。
選ぶという責任を、
胸の奥に抱いたまま。
続く
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