第1章ー⑤ 希望の灯り
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
廃線地下道を抜け、崩れたビルをよじ登って外へ出た瞬間、
ロゼッタはひんやりとした夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
空には薄雲がかかり、朽ちた高層ビル群が影絵のように連なっている。
ロゼッタにはなぜかこの景色がとても”綺麗に”感じられた。
「ここまで来れば、一旦は撒けたはずだ」
ホーゲルは肩で息をしながら、手首の古い端末で周囲の探知状況を確認する。
端末の画面はところどころノイズが走るが、追跡反応は今のところ出ていない。
「もうすぐ俺のアジトがある。そこで一度休憩だ」
「アジト?」
「ああ、廃都市を探索するため、少しずつ物資などを運び込んだ。あそこなら機材や作業台、簡単なメンテナンスもできる」
二人は廃ビルの隙間を縫うように移動しながら、旧区画の路地へ降りていく。
地上に戻ったとはいえ、黒龍部隊の索敵網が完成するのは時間の問題だ。
ロゼッタは無意識に周囲の音へ反応し、戦闘モードの警戒アルゴリズムが過敏に作動していた。
「ロゼッタ、肩の力を抜け。今は戦場じゃない」
「……分かってる。でも、体が勝手に反応するの」
ホーゲルは苦笑し、ロゼッタの背を軽く叩いた。
その親しみのこもった仕草に、ロゼッタの胸の奥が少し熱くなる。
古い高架道路をくぐり抜けると、廃都市とは思えないほど静かな一角に出た。
至る所に廃墟があり、瓦礫が散乱している。
そこに潰れかけた小さな工場跡があった。
「ここが……?」
「そうだ」
ホーゲルは、錆びたシャッターの横にあるインターロックへ手をかざす。
内部で仕込まれた認証が作動し、シャッターが低い音を立てて半分ほど開いた。
「さあ、入れ」
ロゼッタが身をかがめて中に入ると、そこは別世界のようだった。
天井には簡易照明が吊り下げられ、大小さまざまな機械部品が棚に整然と並んでいる。
壁際には作業台、中央には古い医療ユニットを改造した修復ベッド。
所々にホーゲルの手書きメモが貼られ、彼の几帳面さと独特の癖が混ざりあった空間だった。
「……意外と綺麗にしてるんだね」
「整備士は何よりも手元の環境が命だからな。散らかってるように見えて、俺には全部場所が分かる」
ホーゲルは工具箱を下ろし、痛む腕をかばいながら椅子に腰を下ろした。
「ホーゲル、その腕……」
「心配するな。骨は折れてないし、再生薬で筋繊維も部分的に再生中だ。応急処置は済ませてある。だが、少し休ませてやらんとな」
ロゼッタは近づき、そっと彼の腕に触れた。
彼女の指先は冷たいが、彼の腕に確かな“温度”を感じることができた。
「ここにいれば、黒龍部隊は来ない?」
「来にくい、が正確だな。そもそもこの区画は旧ネットワークから外れてる。廃棄された古い都市インフラの盲点だ。奴らの検索パターンじゃ辿り着けん」
ロゼッタは少し安心したように息をつく。
しかし次の瞬間――
また別の感情が胸の奥に湧き上がった。
「ホーゲル……私、逃げるだけじゃ嫌なの」
ロゼッタは拳を握りしめる。
「何のために黒龍部隊を使って私を”捕獲”するのか……
そして私自身のこと、知りたい。
どうして剣闘士になって、どうして捨てられたのか。どうして造られて、
そして、何のために“復活”させられたのか」
ホーゲルはしばらく黙ってロゼッタを見つめた。
やがて、深く、重い息を吐いた。
「……その覚悟があるなら、手を貸す。だが、まずは休め。今のお前は限界に近い。内部ユニットも相当ダメージを受けてる」
「でも――」
「生きたければ、戦う前に直すんだロゼッタ。これは修復士としての忠告じゃない。仲間としての頼みだ」
ロゼッタは目を瞬かせた。
“仲間”――その言葉が、胸のコアに深く突き刺さる。
「……うん。ありがとう、ホーゲル」
ロゼッタにとって初めての“居場所”だった。
外では、廃都市の風が静かに吹き続けていた。
しかしその夜、ロゼッタの世界には、確かな灯りがひとつ灯ったのだった。
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