第1章ー④ 心を持つもの
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
崩れ落ちた歩道橋の下で、ロゼッタは息を荒げながら身を伏せた。胸の内部ユニットがわずかに過熱し、機械の唸りが鼓動のように全身へ伝わる。
黒龍部隊の追撃は、想像以上に早かった。市街地に散らばる監視ドローンが、たった一度の戦闘でロゼッタの存在を“優先捕獲対象”としてネットワークに流布したのだ。
「ロゼッタ、こっちだ……!」
ホーゲルの声が瓦礫の陰から響く。片腕を負傷しているはずの彼は、工具箱を背負ったまま、驚くほどすばやく身を動かしていた。技術畑の彼には似つかわしくない敏捷さだった。
ロゼッタは瓦礫を跳び越え、ホーゲルの背後に滑り込む。直後、上空を黒龍部隊の装甲艇が通過し、スポットライトが地表を横薙ぎに照らした。
「……廃線地下道?」
「そうだ。旧地下鉄網のメンテナンス用入口が近くにある。あそこなら、奴らの探知網をかいくぐれる可能性がある」
ホーゲルは地図を取り出し、所々消えかけた線を確かめるように指でなぞった。
ロゼッタの視界に、一瞬、古い映像のような記憶がフラッシュした。
――地下道の奥で、幼い自分が誰かの手を握っている。
――赤い警報灯の中、金属の扉が閉まっていく。
――「守るから」と誰かが言った。
音声は途切れ途切れで、輪郭はぼやけている。それでも、胸の奥から熱いものがせり上げてくる。
「ロゼッタ? どうした」
「……なんでもない。行こう」
二人は崩壊した高架道路の影を縫うように進む。黒龍部隊の兵影はすぐ後方、遠くない。
やがて、ビルの地下駐車場跡へのスロープが見えた。入口は半ば崩落していたが、奥に“旧地下鉄メンテナンス区画”へと続く脇道が残っている。
ホーゲルが携帯ライトを点けると、埃と錆の匂いが一気に押し寄せた。
地下道の壁面には、今にも剥がれ落ちそうな案内表示が残っている。
「ここから入れば、地上じゃ追いつけん。問題は……」
「問題?」
「――黒龍部隊が、本当に“機械”だけで構成されているのか、だ」
ホーゲルは振り返り、ロゼッタの瞳をまっすぐ見た。
「さっき戦った奴ら、動きが機械仕掛けに近すぎるが、あれは普通の兵士じゃない。おそらく……機械化兵、あるいはそれに類する強化兵だ。君の復活と同じ技術の延長線上にある可能性が高い」
ロゼッタの胸の奥が冷たくなる。
自分と同じ“改造”を受けた兵士たちが、今まさに迫っている――?
その時、地上側で甲高い金属音が弾けた。
黒龍部隊の追撃部隊が到達したのだ。
「急げ!」
ホーゲルがロゼッタの手を引き、地下道の奥へ走り出す。
天井が低く、ところどころ崩れた廃線通路を、金属の足音が二重に響く。
後方から、異様に静かな足取りの追跡が続いてきていた。
人間の呼吸音ではない、規則的なモーター音が混じっている。
「ホーゲル、あとどのくらい?」
「分岐点まで行けば、撒ける!」
だがその直後、頭上で衝撃が走った。
天井の鉄骨がゆがみ、粉塵が降り注ぐ。
「囲まれた……!?」
「いや、違う。上から強行突破で降りてきてる!」
黒龍部隊は、廃線地下道そのものを“地形ごと”破壊して追い詰めるつもりだった。
「ホーゲル、下がって――!」
追撃者の影が崩落孔から飛び降りてきた。
赤い単眼レンズを持つ黒い強化兵。
その姿を見た瞬間、ロゼッタの内部記憶が再びフラッシュする。
――同じ赤いレンズ。
――同じ無感情な歩み。
――かつて私が倒した“誰か”が、こうだった。
「あなたたち……もしかして……元は、私と……」
ロゼッタの呟きは、黒龍兵の無機質な振動音にかき消された。
その瞬間、ホーゲルが叫んだ。
「ロゼッタ! お前は“そっち側”じゃない! “心を持つもの”だ……迷うな!」
胸の奥で何かが弾けた。
ロゼッタは跳びかかる敵の腕を掴み、全力で壁に叩きつける。
地下道に鉄と火花の雨が散った。
「走るぞ、ロゼッタ!」
「……うん!」
二人は再び闇の奥へ駆け出した。
廃線地下道は、果てしない迷路のように続いていく。
その先で何が待ち受けているのか、誰も知らない。
――だがロゼッタは直感していた。
ここからが“自分の物語の本当の始まり”なのだと。
第1章ー⑤へ続く
読んでいただいてありがとうございます。ご意見ご感想お待ちしております。




