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第2章ー㉗ 剣や銃よりも危険なもの

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。

夕方の空は低く、街外れの空気は一日の熱をまだ抱え込んでいた。

訓練の後片付けが終わり、αチームはそれぞれ距離を保ちながら、廃れた倉庫の影で休息を取っていた。

ロゼッタは、瓦礫に腰を下ろし、剣を膝に乗せたまま、ぼんやりと遠くを見ている。


その表情は、疲労よりも、考え込む色を帯びていた。

今日一日で、彼女は何度も「判断」を迫られ、そのたびに遅れ、迷い、怖さを知った。

それでも彼女は、誰かに言われた通りに動いた。

疑わず、従い、必死に応えようとした。


ベルベットは、それを少し離れた場所から見ていた。

帽子の影に目を隠し、表情を読ませないまま、ロゼッタの仕草一つひとつを観察する。


歩き方。

視線の動かし方。

誰かが声をかけた時の、反応の速さ。


(……素直すぎる)


それは美点だ。

だが同時に、狙われる性質でもある。


ベルベットは、わざと足音を殺さずに近づいた。

ロゼッタは即座に顔を上げる。

警戒ではない。

期待に近い反応だった。


「……お疲れ」


短い声。

柔らかいが、距離を測るための言葉。


ロゼッタはすぐに姿勢を正す。


「はい。ありがとうございます」


その即答に、ベルベットは内心でため息をついた。


「もしさ」


何気ない調子で、地面の石を蹴る。


「俺が今、“帝国の連絡役だ”って言ったら、どうする?」


ロゼッタは一瞬だけ戸惑い、だがすぐに答えを探し始める。

嘘かどうかを疑うより先に、「どう対応すべきか」を考えている。


「……話を、聞きます」


その答えを聞いた瞬間、ベルベットの口元が、ほんのわずかに歪んだ。


「だよな」


彼はそれ以上は言わず、視線を逸らした。


そのやり取りを、少し離れた場所でバルカが見ていた。

彼はすぐには近づかず、時間を置いた。

ロゼッタが自分の答えを反芻し、何かを感じ取るまで待つ。


やがて、バルカはゆっくりと歩み寄った。


「ロゼッタ」


名前を呼ぶ声は、低く、穏やかで、余計な感情を含まない。


「今のやり取りで、何を感じた?」


ロゼッタは、すぐには答えられなかった。

胸の奥に残った小さな違和感を、言葉にできずにいる。


「……間違えた、気がします」


正直な答えだった。


バルカは頷く。


「そうだな。

 だが、それは“悪い判断”ではない」


ロゼッタは顔を上げる。


「お前の判断は、

 “闘技場では正解”だった」


視線を遠くに向ける。


「指示に従い、

 権威ある者の言葉を疑わず、

 速く応える」


それは生き残るために必要な態度だった。


「だが、外の世界では違う」


ベルベットが、今度ははっきりと口を挟む。


「その素直さ、

 金になるし、

 利用価値が高い」


淡々と、事実だけを告げる声。


「助けるふりをする奴、

 守るふりをする奴、

 正しいことを言うふりをする奴」


「全員、お前を“使える”と思う」


ロゼッタの指先が、わずかに強く剣を握る。


「……じゃあ、どうすれば……」


その問いに、バルカは即答しなかった。

代わりに、静かに言葉を選ぶ。


「迷った時だ」


「判断材料が足りず、

 誰の言葉も同じ重さに聞こえる時」


一歩、距離を詰める。


「その時は、

 自分の“勘”を使え」


ロゼッタは、困惑したように眉を寄せる。


「……勘、ですか」


「そうだ」


ベルベットが肩をすくめる。


「勘ってのはな、

 運でも直感でもねぇ」


「経験が、

 頭より先に答えを出してるだけだ」


バルカが続ける。


「お前はもう、

 人の視線、

 声の震え、

 間の取り方を、

 無意識に見ている」


「それを信じろ」


ロゼッタは、しばらく黙り込んだ。

闘技場では、勘に従う余地はなかった。

だが今日、重火器の前で生き残った瞬間、

確かに“考える前に身体が選んだ場所”があった。


「……あの時」


小さく呟く。


「安全な場所を選んだのは、

 考えたからじゃありませんでした」


バルカは、静かに笑った。


「それでいい」


「勘は、

 お前が生き延びてきた証拠だ」


ベルベットは、少しだけ柔らかい声で付け加える。


「疑えって言ってるわけじゃねぇ」


「ただ、

 “すぐ信じるな”」


「信じるなら、

 一拍置け」


ロゼッタは、深く頷いた。


「……はい」


その表情には、迷いはあっても、折れはなかった。


バルカは確信する。

この少女は、

誰かに操られる器ではない。

だが――

学ばなければ、必ず狙われる存在だ。


だからこそ、教える価値がある。


「いいか、ロゼッタ」


最後に、バルカは告げる。


「強さだけでは、生き残れない」


「だが、

 自分の勘を裏切らなければ、

 致命的な間違いはしない」


夕暮れの光が、ロゼッタの横顔を照らす。

彼女はまだ未熟で、危うい。

それでも――

確実に “外の世界で生きるための感覚” を手にし始めていた。


第2章ー㉘へ続く

読んでいただいてありがとうございます。ご意見ご感想お待ちしております。

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