第2章ー⑯ 恐怖と憧れ
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
――制圧された記憶、強さへの憧れ
夜は、静かすぎた。
車輪の音と、
エンジンの低い振動だけが、
途切れずに続いている。
ロゼッタは、
膝を胸に引き寄せ、
暗がりの中で目を伏せていた。
右腕の義手が、
わずかに熱を持っている。
それに触れるたび、
あの瞬間が蘇る。
――地面。
冷たく、硬く、逃げ場のない感触。
(……演技だった)
何度も、心の中で繰り返す。
分かっている。
最初から決められていた動き。
帝国を欺くための、必要な芝居。
それでも――
胸の奥に残る重さは、
消えてくれなかった。
襲いかかった瞬間。
全力だった。
迷いは無かった。
躊躇も無かった。
それなのに――
一瞬で、終わった。
腕を取られ、
体の軸を崩され、
呼吸を奪われる。
痛みは、ほとんど無い。
だからこそ、
余計に怖かった。
(……強い)
ロゼッタは、
唇を強く噛む。
闘技場で知った強さは、
全部、分かりやすかった。
刃が重い。
拳が速い。
血が出る。
勝つか、
死ぬか。
でも――
バルカの強さは、
何も壊さなかった。
ロゼッタ自身を、
傷つけず、
終わらせず、
それでも完全に止めた。
(……あれは)
力じゃない。
技でもない。
「覚悟」だ。
自分が、
どう動くか。
どう選ぶか。
どう責任を取るか。
その全部を、
もう決めている人間の動き。
(……怖かった)
正直な感情が、
胸に沈む。
皇帝を前にした時の恐怖とは、違う。
皇帝は、
「抗えない」と思わせる存在だった。
でも――
バルカは、
「任せてしまいそうになる」。
それが、
怖かった。
地面に押さえつけられながら、
一瞬だけ思ってしまった。
――この人に任せれば、
――間違わない。
その考えに、
自分で驚いた。
(……弱い)
そう思った瞬間、
悔しさが込み上げる。
誰かに委ねる事が、
楽だと感じてしまった自分。
ロゼッタは、
義手を握りしめる。
軋む音が、
現実に引き戻す。
そして――
思い出す。
耳元で、
誰にも聞こえないように落とされた声。
「よくやった」
短く、低く、
確かな声。
責めるでもなく、
慰めるでもない。
ただ、
認める声。
その一言が、
胸の奥に、深く残っている。
(……憧れ)
言葉にすると、
少し恥ずかしい。
でも、否定出来ない。
剣闘士として強くなりたい、
という気持ちとは違う。
勝ちたい。
倒したい。
生き残りたい。
それら全部の奥に、
新しい願いが芽生えていた。
(……私も)
ロゼッタは、
そっと前を見る。
運転席に座る、
バルカの背中。
ぶれない。
迷わない。
(……ああいう強さが欲しい)
誰かを叩き伏せる強さじゃない。
誰かを選び、
止め、
責任を背負う強さ。
(……いつか)
今は、遠い。
でも――
目標は、はっきりした。
ロゼッタは、
胸の中で静かに誓う。
(私は、
誰かに選ばれる側じゃない)
(……選ぶ側になる)
車は、夜の中を進み続ける。
その後部座席で、
一人の少女は、
剣闘士でも、
ただの子供でもない場所へ――
確かに、一歩踏み出していた。
奪還編も大詰めとなってきました。今しばらくお付き合いくださいませ。
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